第11話 女子高生は逃げ切れない
前回までのあらすじ!
コボルトさんが危うく絞め殺されるところだった!
ちょこまか歩くパルフェの二歩分を、わたしは一歩で歩く。
パルフェは時々立ち止まっては鼻を空に向けたり、耳をピクピク動かしたりしながら森を進んでいく。
街道はもちろん、獣道さえろくにないのに、迷いもせずに。
樹木はいっぱい生い茂っていて、午前の木漏れ日が射し込んでいる。足下には落葉がいっぱい積もっていて、祖父母宅の裏山を思い出しちゃう。
深呼吸をしたらとってもいい気持ち。
「隠れ里って結構遠いね」
「ああ。奥地じゃないと見つかっちまうからな。人類側に見つかっても、魔族側に見つかっても、里は終わりだ。裏切り者として攻め込まれ、おそらく虐殺は避けられねえ」
「ん~でも、誰かが密告したりしないのかな?」
パルフェはちょこちょこ歩きながら背中越しに語る。
「里に一度でも入ってしまったら、二度と出ることは許されねえ。隠れ里ボニータにはそういう規範というか規則があるのさ。許可なしに外に出ようものなら、とっ捕まって牢獄行きだ」
わあ、なんか一気に怖くなっちゃったっ。
「え? だったらわたしたちも帰れなくなるじゃん」
「大丈夫だ。ちょいとした伝手があってな。俺はあそこじゃ特別扱いなんだ」
「特別扱い……?」
「出入りの自由を認められてるってこった。信用があるのさ」
ええ? そんなとこに顔パスだなんて、パルフェってばほんとに何者なの?
コボルトは魔族の下位種族に過ぎないって言ってたのに。
忙しなく動かす足と、三角形のお耳が立った後頭部がカワイイ。
彼が何者かは考えたってわかんないけど、わたしが歩きやすいように、なるべく茂みのないところを歩いてくれてるのは間違いなく紳士だよ。
しかも時々木の実やキノコを採って、背負った革袋に入れる余裕まである。重そうになったら、わたしが持って上げようっと。
「おっ。こいつは食えるキノコだ」
「わあ、水玉模様のキノコって不安だよ」
「ゲハハ。間違ってもせいぜい幻覚見えて楽しくなる程度だ」
「いやだよ……」
「どうせ俺たちの食卓に上がるもんじゃねえ。ボニータで売っ払うしな。ゲハハハハ!」
わあ、紳士どころかとんだ悪党だよ。
「んっ?」
ふいにパルフェが立ち止まって、鼻を空に向けた。少し眉間に皺を寄せて、今度は耳をピクピクと動かす。
「どしたの?」
「いけね。ちっとまずった。カリン、ペースを上げられるか?」
わたしは胸を張って得意げに返す。
「平気だよ。わたし、小さな頃から田舎の祖父母宅に預けられてたから、今の年齢になるまでシバスケと山を走り回って遊んでたもん」
何度か遭難して、シバスケに助けてもらったけど。帰巣本能バンザイだね。
パルフェがシバスケに似てるから、なんとなく迷っても大丈夫な気がするよ。
「なるほど。ならあまり問題はねえか」
「どしたの? ペース上げるの?」
「いや、大したことじゃねえ。後ろから俺たちの匂いや物音を辿って、魔物が近づいてきてるだけだ」
おーまいがー……。大したこと過ぎるにもほどがあるわ……。
「ま、まま魔物って……?」
「だがまあ、山で走り回って遊んでたなら、魔物の扱いにも慣れてるだろ」
「いないからねっ!? わたしのいた山には魔物なんていなかったからね!? せいぜい鹿とか、危険なのでも猪やお猿さんくらいだったからぁ!」
パルフェがくわっと目を見開いて、驚いたように尋ねてきた。
「えっ!? 魔物のいない山なんてあるのかっ!? 山だぞ!? 森だぞ!?」
「あるよう!」
いや、カルチャーショックを受けてる場合じゃないよ!
「ど、どうするの?」
「面倒だ。逃げる」
「賛成!」
パルフェが走り出す。二足でちょこまかと。
あんなに足が短いのに、すんごい速いの。わたしも離されないようにどうにか走る。
倒木を跳び越えて枯葉を踏んで、小川を飛び石で越えて、斜面を登って駆け下りて。
そうしてわたしの息が続かなくなる頃。
パルフェが足を止めて振り返った。
「だ~めだ。引き離せねえな。完全についてきてやがら」
「……はあ……っ……はぁ……っ」
「ボニータまで引き連れてくわけにもいかねえか」
さっきまでとっても綺麗で気持ちのよい森だったのに、今は茂みが風で揺れるだけで怖く思えちゃう。そこから突然飛びかかってきそうで。
「カリンを連れてるうちはなるべく避けたかったが……まあ倒すか」
「う……」
たぶん。うん。たぶん。
わたしがいなかったら、パルフェは背後の魔物を引き離せたんだと思う。だって彼はわたしとは違って、息一つ切らしてないんだもの。
それを口に出さないのが、パルフェの優しさ。わたしのふがいなさ。
この前は断ったけれど、やっぱりわたし、パルフェに鍛えてもらった方がいいのかも。この世界で長く生きていくのなら。
「カリン、俺の後ろに回ってろ」
「う、うん」
立ち止まったパルフェを追い抜いて、わたしはパルフェの背中側に回り込む。パルフェは南側を向いたまま、ポッケから山菜採りに使用していた小刀を取り出した。
ガトーさんを追い返したときの、あの小さなナイフだ。
ヒヒロリロリみたいな名前の稀少金属って言ってたっけ。太陽の光があたると、ほんのり赤く反射して見える。不思議。
魔物って、どんなのだろう。
大きいのかな。怖いのかな。噛むのかな。
「速ええな」
「へ?」
そうつぶやいた瞬間には、わたしたちの全身は、茂みから唐突に飛び出してきたそれの影に呑まれていた。
それはゲームですら見たことのなかった、とっても不気味な生き物だった。
前脚後脚の四肢は動物のようだったけれど、皮膚には体毛が一切ない。鬣らしきものや尾らしきものはあるけれど、体毛じゃなくって太いナメクジのような触手なの。
全身はピンク色の粘液のようなものに覆われていて、体躯は動物園で見るようなライオンやトラよりも少し大きいみたいで、ナイフのような牙を持った生物だった。
「カリン!」
パルフェの体当たりを受けたわたしは尻餅をつく。そのすぐ頭上を、魔物は皮膚の粘液を垂らしながら空間を引き裂いて着地する。
「痛たた……うう」
今わたし、パルフェが助けてくれなかったら死んでた。
実感する。この世界では、死がこんなにも近いってことを。
「あ、あれ……?」
腰が抜けて立てない。
足が震えちゃって力が入らないの。
けれど。ああ、けれども。
魔物を見上げるわたしの視線を遮るように、小さなコボルトは雄々しく立ち塞がる。
わたしよりも狭い背中がすごく大きく見えて、その瞬間にわたしは足の力を取り戻した。
大地を踏みしめるように、膝を立てる。
「ムーンビーストだ」
「ムーン……ビースト……?」
やっぱり。聞いたこともない生物。
パルフェがナイフを逆手に構えて左脚をズイと前に出した。
本物の柴犬のように眉間に皺を寄せて、牙をむき出しにして、軽くうなりながら。これまでになかったほどの真剣な眼差しで。
「ツイてねえな。まったく以てツイてねえ。よりによってムーンビーストとはな」
苦渋に満ちた声。
勇者よりも強いパルフェが、こんなにも警戒してるなんて。
「つ、強いの? パルフェより……?」
「……残念ながら、こいつはそういう問題ですらねえんだ」
恐怖と緊張で、ごくり、と喉を鳴らしたわたしを尻目に、パルフェが顎をしゃくって悔しそうに吐き捨てる。
「食えねえんだッ、あいつッ!」
へ?
「手間かけて倒しても、肉が臭くて食えねえ。革も粘液でベトベトしてて汚えから売れねえし、牙も爪も骨も金属以下の硬度で買い手がつかねえ。クズ魔物だ。犬以下だ」
「いや、うん……うん?」
意味を理解したとき、わたしは安心した。させられちゃた。
ああ、この魔物、わたしはすっごく怖いって思ったんだけど、パルフェにとっては取るに足らないモブなんだなってわかったの。
事実、次の瞬間。
ムーンビーストが飛びかかってきてパルフェと交叉した瞬間にはもう、パルフェのナイフはムーンビーストの喉を真横に斬り裂いていた。
わたしみたいな素人から見ても、正確無比の神業。
着地と同時にムーンビーストの四肢が力なく折れて、巨体がどさりと倒れる。どろりと、斬り口から赤い体液が流れ出した。
「すっご……っ」
でも、魔物を斬ったナイフをスンスンと嗅いで、パルフェは心底嫌そうな顔で吐き捨てるの。
「くっさ! ぅ……ぶしゅんっ!!」
パルフェ、鼻水出ててもカッコイイよぉ。
カメムシの臭いがしたそうです。




