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十二.毒された果実

 

「有花。これはどういう事だ?」

 怒りの篭もった声が、調理場に響く。

 その場には、有花と松風、そして、怜の3人がいた。


「……れ、い」

 突然の社長の登場に松風だけでなく、有花も驚いていたようだった。


「俺は確かに外出の許可は出している。しかし、誰も他の男と仲良くしろとは言っていなかったはずだが?」

 突然の月影怜の登場にも驚いたが、それよりも有花と怜が知り合いだったという事の方が、松風にとっては重大なことであった。


「しかも、相手は、エデンの住人。これはどういう事だ?」

 吐き捨てるように告げる言葉。そして、残虐なその瞳。

 松風だけでなく、それを見たものは、闇の潜んだ瞳に臆してしまうくらいだ。


「……違う」

「何が違うんだ」

 その間に、怜は有花との距離を縮めていく。


「怜は、知っているでしょう? 私が、彼らを好きにならないって事」

 そう言って有花は、笑みを浮かべて告げた。

 怜は、無言で有花に手を差し出した。自分の意志で来いと暗に告げていたのだろう。

 その手を取る為に有花は手を伸ばした。


 しかし、

「ちょっと、待て」

 それを、松風は呼び止めた。


 混乱する事ばかりだ。けれども、このまま行かせてはいけないと頭のどこかで警告音が鳴っていた。


「お前、月影の人間だったのか?」

「…………」

「俺らの事を知ってて近づいたのか?」

「……煩い」

 何かを押し殺したような静かな声が、そこに木魂した。


「なんだって?」

「煩いと、そう言ったの。あなた達のような醜い生き物が、月影に楯突く気?」

 その言葉に、松風の顔が怒りで赤くなった。

「てめぇっ!」

「黙りなさい!!」

「っ!」

「私は、貴方たちのことが大嫌いなの……意味を理解したのなら、それ以上は何も言わないで」



 忘れもしない2年前。それが、俺達の間に起きた事件だった。






 ◇







「……俺は、もう騙されない」

 その言葉に、有花は息が詰まりそうになった。


「あんた、なんで、そうなんだよ? どうして、損な役回りをするんだよ」

「そんなこと、してない」

「俺、そんなに莫迦じゃないぜ? 2年間、月影の所にいたんだろ? あいつに何を言われた?」


 嫌だと思った。この男は、土足で自分の中に入り込んで来る気だ。嫌悪感が溢れ出てくる。早く追い出さないと、取り返しの付かないことになる。


「関係ない」

「関係ある」

「あなたには関係ない!」

 耐え切れなくなった有花は、叫んだ。拒絶の意志を、はっきりと表すことも忘れない。


「これは、私と月影の問題よ。あなたには関係ない!」

「関係ある!」

 相手も負けていなかった。それを否定するように、声を荒げた。


「どうしてよ!?」

「好きなんだよ!」

「!?」


 この男は、今なんと言った? あまりの内容に有花は、自分の耳を疑った。


「俺は、あんたが好きだ。好きな女が苦しんでて、しかも、その原因の一部が自分のことだって分かってて放って置けるわけないだろ?」

「……す、き?」

「ああ、好きだ」


 確かめるんじゃなかったと、後悔した。

 毒針がぐさりと有花の体を刺した。ドクドクと激しいほど心臓が音を発する。

 毒林檎を食べた白雪姫もこんな気分を味わったのだろうか。

 ぎゅっと握った手のひらは、汗をかいていた。嫌な汗だった。


「好きじゃない」

 この甘やかな毒が回る前に食い止めねばと思った。

 助けてくれる王子様なんて、自分には、いないのだ。


「私は、好きじゃない」

 はっきりと目の前の男に突きつける。


「俺が、醜い男だからか? じゃあ、なんでエデンに来たんだよ? ここは、あんたが嫌いな醜い男の巣窟だって事くらい、知ってるじゃねぇか」


 目の前の男は、強敵だった。嫌いだと言っているのに、再度、攻撃を仕掛けてきたのだ。


 冷静になれと、有花は心の中で叫んだ。このまま、彼の波に飲まれてはいけない。気付けば喉元にナイフを突きつけられる羽目になるのは、目に見えている。

 回避しなければならない。失敗は許されない。


「……って」

「なんだって?」

「嫌いになって。私なんて好きになっても、後悔するのは貴方よ」


 その言葉に、松風が眉を顰める。けれども、有花は、その言葉を訂正する気などなかった。

 彼のそれは、単に一時の気の迷いだ。あの話を知れば、彼はすぐに私の事を嫌いになるだろう。

 その熱の篭もった瞳はオセロの白黒みたいに軽く反転され、すぐに冷めた瞳で自分を見つめるようになるのだ。


「貴方もきっと私のことなんか嫌いになる」

「なる訳ねぇだろ!? なんで、そうやって決めつけてんだよ!?」

「それは、有り得ない。有ってはならない。私は、貴方たちに嫌われるために、ここに居る……だって、私は、」

「ちょお、待てや」


 覚悟を決めて、言葉を発そうとしたところで、第三者の声が響いた。

 声のした扉の方へ視線を向ける。


「朱夏……?」

 いつの間に居たのか。気配を感じなかった事に、先ほどの松風の告白で今の自分は、かなり動揺しているのだと、自覚する。

 朱夏は構わず、中に入り込んだ。すっと、有花の前に座る。


「お前、今何言うつもりやった?」

「私が、何を言っても自由でしょう?」

「そやけどな、それはやったらあかん手や。こいつの気持ちを消す為に使うなんて、卑怯者のすることや」

「いいじゃない。私は卑怯者なんだもの」

 朱夏の言葉に、有花は笑みを浮かべて、答えた。


 パチン!


 室内に小さく響いた音の直後、頬に痛みを感じた。朱夏に叩かれたのだと理解し、熱を帯びた頬に手を当てる。


「朱夏さん! あんた何やってんだよ!?」

「うっさい、ボケ! お前は黙ってろ!」

 明らかに怒っていることが分かり、松風は口を噤んだ。こういう時の朱夏は、手に負えないのだと分かっていたのだ。


「良く聞けや。俺は、有花のことが好きや」

「っ!?」

 その言葉を聞いた有花は、松風の時よりも更に動揺していたのが、自分でも分かった。

 思考が白く染まる。息をする事すら、忘れてしまいそうだった。


「嫌いとちゃう。好きやって言うたんや」

「そ、そんなこと、あるわけ、ない」

 なんとか必死で言葉を紡いだけれども、唇の震えは止められなかった。


「あるんや。ちゃんと、存在するんや」

「だって、朱夏は知ってるじゃない!」

「知ってる。忘れてない。それでも、俺は有花の事が好きなんや。その意味が分かるか?」


 耳を塞いでしまいたかった。

 どうして、神様はこんな試練を私に与えたんだろう。


 こんな言葉、聞きたくない。一番欲しくない言葉だ。

 だって、可笑しい。嫌うはずだもの。嫌って欲しいのに、そんな言葉をくれない。


 駄目だと必死で言い聞かせた。いつもの自分を取り戻せと、脳に命令を送る。

 近づいて見れば、それは天使の皮を被った悪魔だったとなれば、それこそ奈落の底に突き落とされる。


「余計な事は考えんな。そんなもん、捨ててしまえ」

 なのに、それすらも、彼は取り払おうとする。


 彼から与えられた毒の方が、更に強力だった。毒林檎の比にもならない。

 遠慮なく、体中に駆け巡っていく。心地よいとも思えるそれは、自分にとっては甘い毒にしかならない。

 それから逃れる為の、縋りつく別の手が欲しかった。


 “私にくらいは、甘えろ”


( れ い )


 別の手じゃない。ちゃんと自分を受け止めてくれる、優しかったあの人の手だけが、恋しい。

 けれども、それは、二度と叶わない願いだ。




「感心しないな。女性の部屋に無断で入り込むなど」


 声が聞こえた。絶対、こんな所には近寄らないだろうと思っていた人物の声だったので、空耳かと思った。


「碧、邪魔すんなや」<BR>

「邪魔? 男二人で女一人に一体何をするつもりだったんだ?」


 間違いではなかったようだ。本当に、目の前に碧がいる。


「何もせんわ! ただ、話してただけや」

「なら、二人とも、そろそろ帰れ」

「……碧は、何の用やねん」

「俺は、初深から有花に言伝を頼まれただけだ」


 何かするとでも思ったのか、そう付け加えると、朱夏の瞳が細められた。

 けれども、武道を嗜んでいる男に力技で勝てるわけがないと悟ったのか、肩をすくめて立ち上がった。


「松風、帰るで」

「え、ああ」

 チラリと、松風は一瞬だけ有花に視線をやった。どこか辛そうな表情を浮かべたように見えたが、今の有花は、それを気にするだけの余裕はない。バタバタと去っていく足音だけ、耳に捉えた。



「……お前の存在は、ここでは奇異なんだ。掻き回すくらいなら、早急に出て行け。迷惑だ」

 大きなため息が吐かれた後に、きっぱりとした口調で言われた。

 酷い事を言われているのは分かっている。けれども、今は、それが聖者の言葉にすら思えた。

 そして、この空間を占めていた息苦しい雰囲気が、消え去ったことに安心して、有花は無意識に止めていた息を吐く。


「初深からだ。お前に渡すように頼まれた」

 そう言って、有花に紙を手渡した。本当に用件だけだったようで、それを渡すと、碧はすぐにその場から辞した。


 パタリと音を立てて閉まった扉を呆然と見つめる。



 ――俺は、あんたが好きだ

 ――俺は、有花のことが好きや



 初っ端から、面倒な事が増えたな。

 そう思うと、溜息を吐かざるをえなかった。

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