爪切り歌が、うつりました
4日目。
「痛い、痛いよ。アズキ」
アズキが私の体を昇ってくるようになった。
カワイイ。カワイイのだけど……。
爪伸びすぎてない?
ちょっと爪切るか。
あれ? ないぞ。
ちょっと聞いてみるか。
「あのぅ、爪切りありませんか? ネコ用の」
「爪切り?」
「はい。ネコ部屋になかったので……」
「結望ちゃん、爪切りできるの?
うちは、いつも病院でやってもらってたわ」
そうなんだ?
この仕事についた時は、爪切りもやるものだと思っていたんだけど。
「子どものころ、飼ってたときにはしてました」
「ちょっと買ってくるわね」
奥様は買いに出かけてしまった。
ん? アズキの様子が……
ケホッ、ケホッ……
オエッ……
何度かえずいて、その後に細長い毛の塊と胃液などを吐いた。
いわゆる毛玉というヤツだ。
「大丈夫かぁ、アズキ」
「ニャ~」
すっきりしたみたいだな。片付け、片付けっと。
まず、口元についた胃液を拭き取る。
それから、床の汚れもきれいにする。
毛の塊は、ネコ好きとしては、ちょっと欲しい気もした。
でも、胃液臭のする塊でもある。
ゴミ箱にポイした。
前に飼ってたホイップは長毛種で、月に1度は吐いてたな。
アズキは短毛種なので、それよりは少ないだろう。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「何種類か、買ってきたわ」
動物病院に置いてあったヤツを全部買ってきたらしい。
豪快な。
子どものころ使ってたヤツを使おう。
なんだか見慣れないものも混じってる
「これは?」
なんだかネコが着るチョッキみたいなのが混じってる。
「爪切補助具とか書いてあったわ」
「ホントだ」
動きを制限するグッズみたいだな。
最近は、こんなのあるんだ。
せっかくだし使ってみるか。
アズキに着せてみたけど、嫌がられなかった。
グッズに掲載されていた写真を参考にして、膝の上に乗せる。
さぁ、爪切りをはじめようか。
子どものころ、勝手に作った歌を口ずさむ。
「♪たのしい、たのしい、つ~めきり~。はい、つ~めだして」
と肉球をやさしく押す。
爪がニュッと出るので、パチッと切る。
「♪はい、え~らいぞ」
同じフレーズを繰り返しながら続けていく。
とにかく、私自身が楽しそうにする。
「♪たのしい、たのしい、つ~めきり~。はい、つ~めだして」
と肉球をやさしく押す。
今度は「ニャ~」と声も出た。
爪がニュッと出るので、パチッと切る。
「♪はい、え~らいぞ」
「ニャ」
……そんな感じで爪切りを終えた。
ホイップのときは、爪切りのたびに何度も抵抗された。
そのうち、「切りすぎたら怖いな」とビビっている自分に気づいた。
もしかすると、ネコも私の不安を感じ取っているんじゃないか。
そこで、自分が楽しそうに爪切りするために編み出したのが、爪切り歌だ。
これを歌い出すようになってから、私のビビりも減り、
ホイップも楽しそうに合わせてくれるようになった。
微妙にクセになるフレーズにしたせいで、
何でもないときまで口ずさんでしまうようになったけれど……。
子どものころに作った歌なので、ちょっと幼い感じがする。
そこが玉にきずだ。
人前で口ずさむと、超絶恥ずかしい。
「あ!」
ふと気がつくと、奥様がそれをじっと見てた。
目が合った。恥ずかしい。超絶恥ずかしい。
「私も楽しくなっちゃったわ。今後も爪切りお願いね」
こうして、私の仕事が増えた。
「そろそろお昼作るわね。何か希望はある?」
「ん~。なんでもいいなら、ソウメンとか」
「冷たい方? 温かい方?」
「温かい方で」
「わかったわ。ちょっと待っててね」
「あ、奥様!」
「名前で呼んでって、言ったじゃない」
「ああ、すみません、智子さん」
でも、つい奥様と呼んでしまう。雇用主だしな。
「なぁに?」
「アズキが毛玉吐きました。一応、報告を……」
「毛玉は?」
「もうゴミ箱に……」
かなり臭いからなぁ。
「あら残念」
「胃液ベッタリなので、かなり匂いますよ」
「そうなのね。一度見てみたかったわ」
ゴミ箱から取り出して見せた。
「こんな感じです」
「なるほど。こんな感じなのね。ありがと」
それにしても、爪切りを何種類も買ってくる人がいるとは。
お金の力か、ネコに対する愛の力か。
少しして、家内放送で呼ばれた。
=♪結望ちゃん、お~昼だよ~。昼休憩~=
爪切り歌のフレーズじゃん。移っちゃったか。
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