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王太子が偽物と入れ替わっていることに、俺だけが気付いている  作者: 天海二色
第二章 ジョセフの休日

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第四話 魂を入れ替える禁術

「ほ、本当ですか!?」

「正確にはあった、と言うべきかな。古代文明時代の魔術で、未だに解明されていないからね」

「差し支えなければ、詳細を聞いても!?」

「王子サマ思いだねぇ、お付きくん」


 けらけら笑いながらミゲルは杖先をくるくると回すと、宙に浮かんでいた魔術書のうち、最も古めかしい書を手元まで引き寄せる。

 その表紙には、複雑かつ禍々しい魔法陣が描き込まれていた。


「魔術の名前は『スウィッチ』。効果は変身じゃなくてぇ、魂を入れ替えるんだぁ」

「魂を入れ替える……?」

「えーっと、わかりやすく言うとねぇ」


 ふわり

 ミゲルの魔術によって、ジョセフの目の前に二つの硝子瓶が並んで浮かぶ。

 片方は赤い液体で満ちたゴブレット、片方は青い液体で満ちたフラスコだ。


「この瓶が人間の体だとする」


 次いで各々に、赤い魔石と青い魔石が入れられる。


「で、魔石が魂だとして、スウィッチを展開すると入れ替わることができるんだぁ」


 そして液体に濡れた魔石が取り出され、交換する形でゴブレットとフラスコの中へ入れられた。魔石だけでなく少量の液体も入り込んだことにより、色が混ざって瓶の中が濁る。

 瓶という容器ゆえに魔石の入れ替わりが容易に成せているが、人間という名の器に穴など存在しない。魂なるものを取り出すことも、まして他人の中に入ることなど、ジョセフには現実味のない御伽話に聞こえた。


「なんと……。魔術にはそのような、摩訶不思議なものも存在するのですか」

「今は廃れている魔術だから、詳細は不明なんだけどねぇ」


 この魔術書も半分しか読み解けていない、と言いながらミゲルは不満げに表紙の魔法陣を指先でつつく。

 古代魔術の翻訳は魔術師の抱える研究の一つであり、難解な課題だ。ミゲルという天才をもってしても、伝聞が途絶えてしまった魔術の再現に至るには、途方もない時間がかかる。

 だが古代の浪漫と神秘に魅せられ、社交どころか飲食さえも忘れ解読に没頭する魔術師も多いと聞く。

 まるで、魔術に取り憑かれてしまったような――


「でも体のどこかに魔法陣を刻まなきゃいけないのと、発動時、互いに触れ合う必要があるっていうのは知っているよぅ。スウィッチに傾倒してた奴が解読したからねぇ」


 そして例に漏れず、スウィッチにも魅せられた魔術師がいるようだ。


「研究の第一人者がいるのですね? その方は今どちらに? 王国の未来の為、是非ともお話を伺いたく……」

「破門して追い出しちゃったよ」


 あっけらかんと言い放ったミゲルの発言に、ジョセフは耳を疑った。


「……なぜ?」

「ちょっと魔術書を読み解く度に試行してたから。僕が幾らやめな〜って言っても聞かなくてねぇ。そりゃあ実際に魔術を使うのが一番、結果がわかるけどさぁ。王国が禁止している人体実験にまで手ぇ出されちゃうとねぇ。許していたら僕が怒られちゃう」


 そう言って、ミゲルは呆れた様子で腰に手を当てる。

 スウィッチに傾倒している魔術師がいるのに、その者ではなくミゲルの手元に魔術書があるのはそういう訳らしい。


「ミゲルさま。その魔術師は今どちらにいらっしゃるか、わかりますか?」

「わかんない。追い出した奴なんて興味ないからねぇ、僕」

「ですよね……」


 手掛かりを得られそうで得られない。

 もどかしい状況の連続に、ジョセフは歯痒い思いを抱いた。


「ま、でもどっかで自力で研究続けて、悪用されたら困るよねぇ。できる限り情報提供するよぉ」

「ありがとうございます、ミゲルさま」

「えっとねぇ、名前はマーティンでぇ。見た目はこんな感じ」


 ミゲルは杖先で空中に円を描くと、水の玉が展開され、そこに男が映し出された。

 スウィッチ魔術研究者、マーティン。

 白髪と小皺が目立ち、老け込んだ顔をしている。特徴的なのは、右目にかかった錆色の筋状の髪だろうか。容姿に無頓着な印象を受ける男の為、染めているのではなく生まれ付きの髪色だと推測できる。

 魔力の強い人間に稀に発現する、色素異常だ。


「このマーティン曰くねぇ。スウィッチって入れ替わった相手の脳みそ使えるから、記憶も読めんだってねぇ」

「はい?」

「この液体が記憶ってところかな? お互いちょっと混ざりつつ、染まっているでしょ〜?」


 ほんの僅かながら紫色に変色した瓶二つを手に持ち、ミゲルは愉快そうに笑う。

 しかしジョセフの内心はそれどころではなかった。


「待ってください、記憶を読める? それ、体を入れ替わる以上の利点と言えるのでは?」


 事実ならば、スウィッチは諜報に打って付けの魔術になるからだ。


「そうだねぇ。まぁ発動に失敗すると魂が体から抜けたまま死ぬけど。情報収集として使うには命懸けすぎるかなぁ?」

(さらっととんでもないデメリットを言ってくるな、こいつ)

「成功した後でもリスクはついて回るらしいよぅ? 何かの拍子で魔法陣が傷付いても魂が抜けちゃって死ぬとか? 怖いよねぇ〜」


 全く怖くなさそうに、寧ろ楽しそうに語るミゲルに、ジョセフは背筋に冷たいものを感じた。


(スウィッチは記憶の齟齬さえなくせる……。しかし記憶を読んだだけで、あれほど完璧にリチャードを演じられているものか? とは言え、スウィッチが使われた、と仮定した場合、多くの疑問が解消される)


 ただ説明が付けられないことも未だ残っていた。

 偽物の正体は誰か、という点もそうだが——リチャードの体のどこにも、魔法陣が見当たらないという点だ。

 魔法陣は書き込む都合上、指で触れられる場所にあると予想される。しかしジョセフはリチャードの入浴の補助さえ務めているにも関わらず、見付けられていない。


(偽物に瑕がないかどうか、今まで散々確認したんだぞ? 怪しげな魔法陣があれば即刻、尋問しているところだ)


 古代魔術故に伝聞に誤りがあり、本来の条件は異なる可能性もあるが、マーティンが実践していた以上、ある程度の正確さは保証されているはずだ。

 ミゲルの解説といい、少なくとも魔法陣は必須条件と見ていい。


(何にせよ、スウィッチの厄介なところは偽物候補が膨大になってしまう点だ)


 スウィッチで魂を入れ替えた場合、老若男女誰でもリチャードに成り代われてしまう。

 そのうえ記憶が読めるのならば、帝王学を修めていない者でも王族として振る舞える可能性があり、正体を暴くのが無理難題と化す。


(しかし遠隔で入れ替わる魔術はない、とわかったのは収穫だな。偽物が変装しているにせよ、元から瓜二つにせよ、魔術を使っているにせよ——リチャードは必ず偽物、あるいはその協力者と接触している。そしてその日を境に、姿を消したはずだ)


 ならば本物が消えた日を推測し、その日にリチャードへ近付けた人間を洗い出せば、偽物の正体に迫れる。

 頭の中で方針を定めたジョセフはそこで頭を下げ、ミゲルに礼を述べた。


「ありがとうございました、ミゲルさま。身体調査をより一層、強化していこうと思います」

「いえいえ〜。王子サマにもよろしく伝えておいてね〜」

「それはできかねます」

「んえぇ!? なんで〜!?」

「スウィッチの存在が公になれば国中が混乱するからです。情報共有をするにしても、ごく一部の限られた人間にした方がいい」


 ジョセフの説明を聞いてもミゲルは不服そうだ。

 スウィッチの情報を提供したことで、リチャードから褒美が貰えないかと期待していたのだろう。


(俺としてはミゲルと会ったことさえ秘匿したいんだ。諦めろ)


 変身や成り代わりの魔術を調べていた、なんてことが知られれば偽物に警戒されるのは目に見えている。

 ミゲルとの会話内容は漏らす訳にはいかない。


(ミゲルは口が軽そうなところが懸念点だが、引き篭もり気質でリチャードと会う機会も少ないのが救いか。頼むから黙っていてくれよ?)


 それができないのならば、ジョセフはミゲルを今ここで殺す必要が出てしまう。


「ひとまず、危険な魔術研究を続けているかもしれない、という体でマーティンを警戒対象にするよう、近衛兵に伝えておきます。ミゲルさまも何か情報が入りましたら俺にご連絡ください」

「……はぁい」


 それっぽいことを言ったものの、ジョセフはマーティンのことを近衛兵に伝える気はなかった。

 伝えるのならばマーガレット公爵夫人と彼女の手足たる諜報集団、『影』だ。

 何せ、マーティンには“使い道”がある。


(もしもスウィッチを完成させていたとしたら、利用しない手はない)


 スウィッチは情報収集能力としても、変装術としても非常に優秀で便利な魔術だ。確保すれば国家転覆が磐石のものになる。

 ジョセフは密かにほくそ笑む。


(マーティンが協力的でなければ処分するか……)

「ねーねー、お付きくん」

「あっ、はい。なんでしょうか?」


 もう帰る気でいたところに呼びかけられ、ジョセフは顔をあげた。


「スウィッチのこと頑張ってお口チャックするからさぁ」

(一応は軽率な自覚があるんだな?)

「その代わりにまた顔出してよ。週一くらいで」

「は?」


 ミゲルからの思わぬ提案に、ジョセフは間の抜けた声を出してしまう。


「……あのですね、ミゲルさま。俺は学生で、かつリチャードさまに仕える身です。簡単にお会いすることは……」

「え〜? じゃあ言いふらしちゃおっかな〜?」

(こいつ、殺してやろうか?)


 むくりと芽生えた殺意を、ジョセフは深呼吸でなんとか鎮める。


「……わかりました、手を考えます」

「うん。またね〜」

(……面倒な奴に興味を持たれてしまった)


 再会することを前提に別れの挨拶をしてくるミゲルに頬を引き攣らせながらも、ジョセフは最上階を後にした。




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― 新着の感想 ―
この相容れないであろう性格な子同士がすったもんだしているのって、読んでいて楽しいですね^^(ジョセフ君がめちゃくちゃ嫌そうなのがとても良きです) 情報収集回、少しずつヒントになりそうなものが出て来て、…
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