第五話 暗殺者のターゲット決め
「会えないってどういうこと!? お嬢様は自ら、わざわざこんなホコリっぽいところに足を運んだというのに!!」
「約束もなしに無理ですよっ!」
地上階に戻って目にしたのは、壮年の魔術師と侍女らしき女性が言い合っている姿だ。彼らから数歩離れた壁際には、大きな帽子を被り、口元を扇で隠した令嬢がいる。
彼女の顔には見覚えがある。つい最近、晩餐会で見た顔だ。
(うん? カトリーヌ侯爵令嬢? なぜこんなところに)
カトリーヌ侯爵令嬢と魔塔は特別強い接点はなかったはずだ。用があったとしても使いを寄越せばいいのに自ら赴いている(しかも約束もせず)ということは、緊急性の高い用件でもできたのだろうか。
ジョセフは不思議に思って遠巻きに眺めていると、視線を感じ取ったのかカトリーヌ侯爵令嬢と目が合った。
「……貴方、王太子殿下の付き人の……」
「覚えて頂き光栄です、カトリーヌ侯爵令嬢」
話しかけられては応えなければ。
ジョセフは優雅に一礼をし、カトリーヌ侯爵令嬢へ歩み寄った。
「もしやミゲルさまとご面会を? あのお方は本日お忙しいので、難しいかと……」
「えぇ、まぁ、そんなところよ……」
目を泳がせ、なぜかしどろもどろに話すカトリーヌ侯爵令嬢。
後ろめたいことでもあるのかと、ジョセフが邪推していると、カトリーヌ侯爵令嬢自身も挙動不審だった自覚が湧いたのか、顔を赤くし聞いてもいない言い訳を始めた。
「わっ、私には婚約者がいるのよ!? それにあいつのことは男として見てないから!!」
「はぁ」
どうでもいい。
ジョセフは心の中で吐き捨てる。
「ところでカトリーヌ侯爵令嬢」
「何かしらっ!?」
「ひとつお訊ねしたいのですが、人を別人のように仕上げる化粧品や装飾品はあるのでしょうか? 例えば、瞳の色を変える——など」
突然の質問に、きょとんと首を傾げるカトリーヌ侯爵令嬢。
カツラや染め粉は日々、進化していると聞く。偽物が変装術を駆使している可能性を切り捨てられないいま、把握しておくに越したことはない。
王都有数のブティックのパトロンであり、社交界のファッションリーダーたる彼女ならば、最先端の情報を握っているだろう。
「この先、リチャードさまがお忍びで市井を視察するのに必要になるかもしれません。あの方はどうしても目立ちますから」
「あぁ、そういう? 最近は魔導具で目や髪の色を変えられるわよ? それも結構、気軽にね」
「持続時間はわかりますか?」
「所有者の魔力量によるけれど……。半日は保つかしら」
「成る程。有益な情報、ありがとうございます。このお礼は後ほど、必ず」
「お礼なんて要らないわ。それよりもわたくしのブティックにきて欲し……」
そこでカトリーヌ侯爵令嬢の言葉が不自然に途切れる。
彼女の視線はジョセフに釘付けになっていた。
正確にはジョセフの肩に乗った、目玉模様が不気味な紫の蝶を。
「きゃあああっ! 虫ぃっ!!」
直後、甲高い悲鳴をあげカトリーヌ侯爵令嬢は走り去ってしまう。
「お嬢様!? お嬢様〜っ!!」
魔塔を出た彼女を追い、侍女も慌ただしく走って行った。
残されたジョセフは唖然として開きっぱなしにされた扉を眺めながら、肩に乗ったままでいようとする虫ことミゲルの魔術を払ったのだった。
◇
寄宿舎の三階。リチャードの待つ角部屋へ向かって足を進めていたジョセフは、ティーセットが乗ったトレイを持った少年を発見した。
胡桃色の髪に小柄な体格。クラスメイトのチリーノだ。後姿だけでもわかる。
ティーセットの意匠はリチャードが愛用している天使の絵。どうやらリチャードに紅茶を所望されたらしい。
「チリーノ、俺が持とう」
「わあっ!」
ジョセフは斜め後ろから話しかけ、手を差し出す。
「危ないぞ、チリーノ」
「ご、ごめんジョセフ」
おずおずとトレイを渡すチリーノ。
「戻ったんだね、リフレッシュできた?」
「あぁ。ゆったりと雑貨屋巡りをさせて貰ったよ」
嘘である。
ジョセフは心の中で呟く。実際は教会と魔塔を巡り、その帰りに雑貨屋の店頭で売っていたクッキー缶を適当に買ったに過ぎない。
当然、これも計算してのことだが。この時間帯はリチャードのティータイム。茶請けにする土産を用意すればさしたる詮索をせず、彼は満足してくれる。
本物ならば。
「それにしてもチリーノ。またサイラスに小間使いを命じられたのか?」
「小間使いだなんて……。僕はただお手伝いしているだけだよ。それで王子さまのお役に立てるんだから安いものでしょ」
屈託なく笑うチリーノ。
彼とは高等学部からの付き合いだ。生徒会の会計に抜擢されたことをきっかけにリチャードと親しくなり、その縁でジョセフやサイラスとも親交を深めていった。
今では生徒会以外でもリチャードの役に立とうと、積極的に雑用を請け負っている。
「サイラスは少しでも長く、リチャードさまの側にいたいんだろうが……困ったものだな。前回も、こうだったのか?」
サイラスが代打を務めた、前回。それは夏季休暇の終盤、始業日の二日前だ。
リチャードは生徒会の都合から、既に寄宿舎へ戻っていた。当然、ジョセフも帰寮していたのだが、そこで不測の事態が起きる。
その頃、王城に滞在していたマーガレット公爵夫人が、些細なことをきっかけにリチャードの母——王太后の癇に障ってしまったのだ。これ以上の衝突を避けるため、公爵夫人は急遽、辺境へ戻ることとなる。
後見人である彼女を見送らないわけにはいかず、夏期講習で寮に残っていたサイラスにリチャードを任せ、ジョセフは王城へ引き返した。
(偽物がリチャードと入れ替わったタイミング。その確率が最も高いのは、ここだ)
王城の中ではジョセフのみならず、『影』の監視が厳しい。イレギュラーなことが起きれば、すぐに情報共有される。
だが学園及び寄宿舎の中ならば、その監視が緩む。だからこそ学期中、ジョセフはリチャードに付きっきりで仕え、彼の世話と護衛、そして監視を務めている。
始業日の二日前。
八月三十日。
その日だけが、空白の一日に当たる。
「ほんのちょっとだけね。僕が寄宿舎に着いたの夕方だったし、一回お使いを頼まれたくらい」
「そうか。ありがとう。あとはサイラスに確認することとする」
「信用ないなぁ。本当なのに」
口を尖らせるチリーノ。誇張はしていないようだ。
(チリーノは偽物との関係性はほぼない、と見ていいようだな。問題はサイラスか)
王太子たるリチャードは常にジョセフやサイラス、監視役の『影』、その他多くの人間に囲まれている。一人きりになる時間などほとんど存在しない。
しかし従者と二人きりになる時間ならば、幾らでも存在する。
(もしもあいつが偽物の協力者だとすれば、入れ替わりの手引きが容易にできる。そうでなくとも、俺が不在の間、リチャードと最も長く接していたのはサイラスだ。探りを入れる価値は十分ある)
偽物は単独犯なのか共謀者がいるのか、ジョセフのように後ろに巨大な組織がついているのか、現時点では未知数。
しかし確実なのはジョセフが傍にいる間、偽物は第三者と私的な連絡を取っていないということだ。
視線。所作。指文字。読唇。密談。筆談。暗号。魔術。
それら全てを解析できるジョセフに、内通は通用しない。
残る可能性は、サイラスが偽物と密談をしているかどうか、だ。
(丁度、サイラスをメンバーに含めた野営訓練が控えている。二人まとめて監視するのに丁度いい。協力者か否か、見極めさせて貰おうか──)




