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王太子が偽物と入れ替わっていることに、俺だけが気付いている  作者: 天海二色
第三章 謎解きと死体

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第一話 野営訓練

 枝葉の隙間から三日月が覗く夜。

 ジョセフは黙々と機械的に、炭を砕き、焚き火の後始末をしていた。


(全く、収穫がない)


 内心、ふつふつと怒りの炎をくすぶらせながら。

 ここは王都の外、王国が管理する森に用意された野営地だ。ジョセフは野営訓練が始まってから今までずっと、リチャードとサイラスの様子をうかがいつつ課題をこなしていた。

 しかし二人は何一つ怪しい行動を取らなかった。密談も内通もなく、ただ真面目に訓練に励んでいた。


(偽物と示し合わせ、丸一日、何食わぬ顔で過ごせる演技力があるとは思えない。サイラスは白、と判断してもいいんだろうが……)


 少しでも怪しい動きをしたら尋問しようと考えていたが、あてが外れてしまった。

 二人を同時に見張るのは普段よりも神経を消耗するというのに、空振りもいいところである。


(魔法陣は未発見のまま。『影』も魔術師マーティンの足取りを掴めていない。なんなんだ、全く)


 ちなみに偽物は現在、切り株の上に足を組んで座り、サイラスに木の葉で仰がせているところだ。つまり、相変わらず我が物顔でリチャードをしている。ジョセフは苛立った。

 戴冠式は着々と迫ってきている。他に何か手がかりを得る方法はないかと、ジョセフが策を巡らせていると、


「王子さまっ! (とこ)の用意ができましたっ!」


 チームメイトの甲高い声に思考を乱された。

 チリーノだ。癖毛を揺らし、小走りでちょこまか忙しなく働く姿は、どことなくリスを彷彿とさせる。

 そんな彼がひとりで完成させたテントを見て、ジョセフは呆れ顔を浮かべつつ立ち上がった。


「チリーノ。課題をひとりで終わらせてしまったら、訓練の意味がないだろう」

「でっ、でも! 王子さまに不快な思いをさせる訳には……!」

「いいじゃないか、ジョセフ。このメンバーで一番器用なのチリーノなんだし」


 そこでサイラスがチリーノを擁護してくる。


「下手に手伝わせて、坊ちゃんの玉肌を傷付けるよりずっといい」

「……本音は?」

「万が一、坊ちゃんが怪我をして教官に叱られたら嫌だ」

「サイラス〜っ!!」

「はははは」


 明け透けなサイラスに焦るチリーノ。口元に手を添え笑うリチャード。

 呑気な光景だ。ジョセフは眉間に皺を寄せた。


「相変わらず表裏がなくていいなぁ、サイラスは」

「不敬が過ぎますよっ!」

「チリーノも、もっと忌憚のない意見を申し出てもいいんだぞ?」

「えっ!? いえいえいえ!! 畏れ多いです……!」

「遠慮するな。私が今まで不敬罪を行使したことがあるか?」

「リチャードさま、お手隙なら水を汲んできてください」


 上機嫌そうなリチャードに不快感を覚えたジョセフは、腹いせに空の桶を突き出し、肉体労働を命じる。

 しかしリチャードは桶を受け取りながら楽しげにニヤつくばかりで、嫌がらせは全く機能していない。


「ひぇ〜。王子さまを顎で使うなんて、信じられない……」

「授業となると、ジョセフは遠慮ないからなぁ」


 チリーノは小さく震えているが、付き合いの長いサイラスからすればよくあることで、軽く流す。

 そうして間もなく、焚き火の消火は終わり、後はテントの中で寝るだけとなった。

 しかしリチャードは、手に持っているランタンの火を消そうとしない。ジョセフは嫌な予感がした。


「さて、優秀な班だった故に時間が余ってしまったな」

「含みのある物言いですが、余計なことはせず、明日に備えて眠るのが最善かと思います」

「肝試しをしよう」

(こいつ……)


 この偽物はどこまで巫山戯てるつもりなのか、と罵倒したいところだが、仮に目の前のリチャードが本物だったとしても、肝試しするかしないかで言えば、する。

 そこまで再現しなくていいと、ジョセフは心の中で突っ込んだ。


「き、肝試しですか!?」

「聞いたことくらいあるだろう。遺跡にはゴーストが出る! とな」


 野営地の近くには、ランテレス王国が建国された年に作られたと伝わる、遺跡がある。

 中には女神像があり、時折地元の住人が祈りを捧げているという話だ。


「リチャードさま、野営地の外に出るのは危険です。獣や賊が出るかもしれません」

「ぼ、僕も、行きたくないなぁ、なんて……」


 反対するジョセフに賛同したチリーノは、指をもじもじ擦り合わせている。

 尤もそれは危険性を危惧してではなく、幽霊を怖がって、だが。


「俺は行くの賛成だな。面白そう」

「サイラス〜っ!? 僕、絶対嫌だからねぇ!?」

「おおっ! 自分の意見が言えるようになったじゃないか、チリーノ!」


 素直に忌避するチリーノを見て、リチャードは嬉しそうに頷くと、ランタンを片手に切り株からすっくと立ち上がった。


「と言う訳で、行くか」

「リチャードさま!」

「おし。じゃチリーノ、留守番頼む」

「えっ」

「教官が来たら適当に誤魔化しといてくれ」


 リチャードを先頭に出発するジョセフとサイラス。

 ジョセフとしては引き留めたい気持ちで山々だが、臍を曲げてサイラスと二人きりで行かれても困る。ここは付き合うしかない、という判断であった。


「いいですか? 直ぐに引き返してくださいね?」

「わかっている、わかっている」

「いざとなれば気絶させてでも連れ戻しますので、そのおつもりで」

「おぉ、既に肝が冷えるな」


 そうして一人ぽつんと、野営地に残されたチリーノ。


「……」


 ひゅうと吹いた生温い風が頬を撫で、続けてギャアギャアと、姿の見えない獣の鳴き声がどこからともなく届く。

 チリーノはびくりと大袈裟に肩を跳ねさせた。


「まっ、待ってぇ〜っ!」


 結局、数分ももたずに、彼はリチャード達の後を追いかけたのだった。


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