第一話 野営訓練
枝葉の隙間から三日月が覗く夜。
ジョセフは黙々と機械的に、炭を砕き、焚き火の後始末をしていた。
(全く、収穫がない)
内心、ふつふつと怒りの炎をくすぶらせながら。
ここは王都の外、王国が管理する森に用意された野営地だ。ジョセフは野営訓練が始まってから今までずっと、リチャードとサイラスの様子をうかがいつつ課題をこなしていた。
しかし二人は何一つ怪しい行動を取らなかった。密談も内通もなく、ただ真面目に訓練に励んでいた。
(偽物と示し合わせ、丸一日、何食わぬ顔で過ごせる演技力があるとは思えない。サイラスは白、と判断してもいいんだろうが……)
少しでも怪しい動きをしたら尋問しようと考えていたが、あてが外れてしまった。
二人を同時に見張るのは普段よりも神経を消耗するというのに、空振りもいいところである。
(魔法陣は未発見のまま。『影』も魔術師マーティンの足取りを掴めていない。なんなんだ、全く)
ちなみに偽物は現在、切り株の上に足を組んで座り、サイラスに木の葉で仰がせているところだ。つまり、相変わらず我が物顔でリチャードをしている。ジョセフは苛立った。
戴冠式は着々と迫ってきている。他に何か手がかりを得る方法はないかと、ジョセフが策を巡らせていると、
「王子さまっ! 床の用意ができましたっ!」
チームメイトの甲高い声に思考を乱された。
チリーノだ。癖毛を揺らし、小走りでちょこまか忙しなく働く姿は、どことなくリスを彷彿とさせる。
そんな彼がひとりで完成させたテントを見て、ジョセフは呆れ顔を浮かべつつ立ち上がった。
「チリーノ。課題をひとりで終わらせてしまったら、訓練の意味がないだろう」
「でっ、でも! 王子さまに不快な思いをさせる訳には……!」
「いいじゃないか、ジョセフ。このメンバーで一番器用なのチリーノなんだし」
そこでサイラスがチリーノを擁護してくる。
「下手に手伝わせて、坊ちゃんの玉肌を傷付けるよりずっといい」
「……本音は?」
「万が一、坊ちゃんが怪我をして教官に叱られたら嫌だ」
「サイラス〜っ!!」
「はははは」
明け透けなサイラスに焦るチリーノ。口元に手を添え笑うリチャード。
呑気な光景だ。ジョセフは眉間に皺を寄せた。
「相変わらず表裏がなくていいなぁ、サイラスは」
「不敬が過ぎますよっ!」
「チリーノも、もっと忌憚のない意見を申し出てもいいんだぞ?」
「えっ!? いえいえいえ!! 畏れ多いです……!」
「遠慮するな。私が今まで不敬罪を行使したことがあるか?」
「リチャードさま、お手隙なら水を汲んできてください」
上機嫌そうなリチャードに不快感を覚えたジョセフは、腹いせに空の桶を突き出し、肉体労働を命じる。
しかしリチャードは桶を受け取りながら楽しげにニヤつくばかりで、嫌がらせは全く機能していない。
「ひぇ〜。王子さまを顎で使うなんて、信じられない……」
「授業となると、ジョセフは遠慮ないからなぁ」
チリーノは小さく震えているが、付き合いの長いサイラスからすればよくあることで、軽く流す。
そうして間もなく、焚き火の消火は終わり、後はテントの中で寝るだけとなった。
しかしリチャードは、手に持っているランタンの火を消そうとしない。ジョセフは嫌な予感がした。
「さて、優秀な班だった故に時間が余ってしまったな」
「含みのある物言いですが、余計なことはせず、明日に備えて眠るのが最善かと思います」
「肝試しをしよう」
(こいつ……)
この偽物はどこまで巫山戯てるつもりなのか、と罵倒したいところだが、仮に目の前のリチャードが本物だったとしても、肝試しするかしないかで言えば、する。
そこまで再現しなくていいと、ジョセフは心の中で突っ込んだ。
「き、肝試しですか!?」
「聞いたことくらいあるだろう。遺跡にはゴーストが出る! とな」
野営地の近くには、ランテレス王国が建国された年に作られたと伝わる、遺跡がある。
中には女神像があり、時折地元の住人が祈りを捧げているという話だ。
「リチャードさま、野営地の外に出るのは危険です。獣や賊が出るかもしれません」
「ぼ、僕も、行きたくないなぁ、なんて……」
反対するジョセフに賛同したチリーノは、指をもじもじ擦り合わせている。
尤もそれは危険性を危惧してではなく、幽霊を怖がって、だが。
「俺は行くの賛成だな。面白そう」
「サイラス〜っ!? 僕、絶対嫌だからねぇ!?」
「おおっ! 自分の意見が言えるようになったじゃないか、チリーノ!」
素直に忌避するチリーノを見て、リチャードは嬉しそうに頷くと、ランタンを片手に切り株からすっくと立ち上がった。
「と言う訳で、行くか」
「リチャードさま!」
「おし。じゃチリーノ、留守番頼む」
「えっ」
「教官が来たら適当に誤魔化しといてくれ」
リチャードを先頭に出発するジョセフとサイラス。
ジョセフとしては引き留めたい気持ちで山々だが、臍を曲げてサイラスと二人きりで行かれても困る。ここは付き合うしかない、という判断であった。
「いいですか? 直ぐに引き返してくださいね?」
「わかっている、わかっている」
「いざとなれば気絶させてでも連れ戻しますので、そのおつもりで」
「おぉ、既に肝が冷えるな」
そうして一人ぽつんと、野営地に残されたチリーノ。
「……」
ひゅうと吹いた生温い風が頬を撫で、続けてギャアギャアと、姿の見えない獣の鳴き声がどこからともなく届く。
チリーノはびくりと大袈裟に肩を跳ねさせた。
「まっ、待ってぇ〜っ!」
結局、数分ももたずに、彼はリチャード達の後を追いかけたのだった。




