第二話 遺跡の謎解き
「雰囲気のある遺跡だな」
「あまり奥には行かないでください、リチャードさま」
絶壁の側面に作られた石門を潜り、一行は遺跡の中へ入る。
「王子さま〜! ジョセフ、サイラス〜っ!」
丁度その時、走ってきたチリーノも合流した。
「何だ、結局来たのかよ」
「だっ、だって! 一人の方が怖いからぁっ!」
そうして四人揃った状態で石畳を歩き、奥へと進む。といっても行進はすぐに止まった。十分ほどで行き止まりに——中央に女神像が飾られた、広間に辿り着いたからだ。
広間は円形で、足元には羅針盤の彫り物が施されている。そして四方には、絵画のように飾られた壁画が四つあった。
南にはサラマンダー。北にはウンディーネ。東にはシルフ。西にはノーム。
四大精霊。それらが東西南北に一体ずつ配置されている。
「女神像と、絵だけか? なんだか拍子抜けだな」
「えっとぉ。この遺跡は宝物庫だったっていう説もあるから、もしかして隠し通路があったり……?」
「えっ、宝があるのか!?」
「チリーノ! 余計なことを……!」
「ひぇっ! ごめんなさいっ!」
すかさずジョセフがチリーノを睨んだが、もう遅い。既に好奇心旺盛なサイラスが目を輝かせてしまっている。
「ステーキ何食分の宝だろうなぁ?」
「や、やめてよサイラス〜。下手に弄って罠とか作動したらどうするの〜っ!」
「例え本当にお宝があったとして、発見次第、王国が没収するだろ、う……」
そこでジョセフはハッとする。
ここには王国の権力者たる王太子がいるのだ。中身はともかくとして。
恐る恐る様子を窺ってみれば、リチャードはにんまりと愉快そうに口角をあげた。
「ほんの一つまみ紛失しても、気が付かないだろうなぁ」
「リチャードさま!」
「よーし、宝探しするかぁっ!」
「も〜っ!」
リチャードから許可を得たも同然のサイラスは、意気揚々と女神像へ駆け寄る。
女神像の台座には文字が彫られていて、それが宝探しのヒントになると予想してのことだ。チリーノも少し遅れてサイラスの隣に立った。宝はさておき、遺跡の秘密が気になるのだろう。
「何々? 『人間を選べ』?」
「選ぶって、精霊のなかでかな……?」
読み上げたところで顔を見合わせ、首を傾げるサイラスとチリーノ。何もわからないらしい。
(簡単すぎるな)
反対にジョセフは意味がわかってしまい、両腕を組んで目を細める。
だからと答える義理はないので静観していると、サイラスは自信満々に答えを口にした。
「正解はウンディーネだ!」
しかし不正解である。
ジョセフは脱力した。
「見た目が人間の女性だし。それに人体の大半は水でできているって話なんだ、水の精霊で決まりだろ」
「サイラス待って! その学説はここ百年で出てきた話だよ、遺跡が作られた時代にはないって!」
チリーノの言う通り、人体の大半は水で形成されているという学説は、今では主流だが、百年前には影も形も存在しなかった思考だ。
「寧ろ遺跡の時代に鑑みて、神話を採用するのがいいよ。ほら、聖書には人間は土から作られたって一節があるでしょう? だから答えはノームだよ」
そう言ってチリーノはノームの壁画を指差した後、恐る恐るといった様子でジョセフへ顔を向けた。
「そ、そうだよねジョセフ」
「俺の顔色で答えを探ろうとするな」
そのやり取りを見たリチャードは口を手で覆い、肩を震わせ、笑うのを堪えている。
ジョセフは大きな溜め息を吐いた。
「ジョセフ、お前はわかっているんだろう? 教えてやれ」
「……はっ」
ここでリチャードに逆らうのも、サイラスとチリーノを宥めるのも面倒である。
よってジョセフは渋々、回答を口にした。
「そもそも壁画が四つだからと四択だと思うな」
彼は右手を挙げ、指を四本立てる。
「答えは、全部だ」
「はぁっ!?」
「えっ! 嘘……!!」
回答を聞いたサイラスとチリーノは驚愕した。
だがリチャードは満足げに頷いている。彼も答えがわかっていたらしい。
「ヒントは十分すぎるほどにある。『人間を選べ』という一文。足元の羅針盤に加え、ご丁寧に精霊を各々の方角に配置している。これはつまり、『対応関係』に当てはめろということだ」
「対応……」
「関係……?」
サイラスとチリーノは頭の上に仲良く疑問符を浮かべている。
ジョセフは頬を引き攣らせた。
「お前たち、ハイドリヒ教授の授業を寝て過ごしていたのか?」
「えっ!? これ錬金術の話なのか!?」
「確か教授も引率で来ていたな? この後、報告してやろう」
「軽率にチクるのはやめてくれ!」
「自主勉強頑張るから〜っ! 解説お願いします〜っ!」
二人に頭を下げられ、ジョセフは疲労を覚えつつも話を続ける。
「四大精霊と東西南北は対応関係になる。だから精霊ごとに方角が定まっているんだ。そして同様に、精霊は人間を構成するという『四体液説』とも結びつく」
四体液説は、人間の体は血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁の、四つの体液で構成されるという説だ。
ちなみに血液はシルフ、粘液はウンディーネ、黄胆汁はサラマンダー、黒胆汁はノームに当たる。
つまり四つ全てで、人間なのである。
「じゃあ四つの壁画、全部を同時に押したら仕掛けが作動するのか?」
「恐らくそうだろう。丁度、四人いるんだ。試してみようか」
「リチャードさま……」
「あはは。ここまで来たんだからやろうよ、ジョセフ」
そうして四人は壁画の前に各々立ち、リチャードの合図と共に同時に壁画を手の平で押した。
すると壁画は少しばかり奥へ押し込まれ、ガコンと何かが起動する音が響く。
ややあって、女神像が動いた。
広間の床を滑るように横へずれ、その下に隠れていた四角い穴を露わにしたのだ。
サイラスとチリーノは高揚した。しかしそれも束の間のことで——
「う……っ!?」
「げ、げほっ! なに、この臭い……!」
強烈な悪臭が一気に広がり、一行は顔をしかめる。
(っ、まさか……!)
只事ではない事態を察し、ジョセフは二人を押しのけ、真っ先に隠し通路の元へ向かった。そして深淵の如く暗い地下を、ランタンの光で照らす。底を凝視する。
直後、絶句した。
隠し通路の底には、蠅と蛆が集る腐乱死体が、横たわっていたから。
「っ、サイラス! 教官を呼んで来い!」
「えっ!?」
「早く! 死体だ、ここに死体がある!!」
ジョセフに命じられ、慌てて遺跡を飛び出すサイラス。広間の隅で体を縮こまらせ、ガタガタと震えるチリーノ。
そんな中でリチャードは、薄笑いを浮かべたまま立っていた。
(どうして笑っていられるんだ!? いや、それよりも……!)
ジョセフは歯を食いしばり、死体を再び注視する。
見間違いではない。
死体の白髪の中に混ざった、錆色の、筋状の髪。
スウィッチに傾倒し、魔塔に破門されたと言う魔術師——マーティンの特徴と、一致していた。




