第三話 魔術師の他殺死体
野営地の近くで死体が見つかった。
事故か事件かは不明だが、もしも賊の手によるものならば、今も潜伏しているかもしれない。
ここは危険だと、教官の判断によって訓練は中止され、リチャードは即刻、帰寮することとなった。
そうしてジョセフは今、リチャードと向かい合う形で馬車に揺られている。
(あれは、他殺死体だ)
ジョセフは心の中で断言する。
教官らが到着する前、ジョセフは警戒しながらも地下に降り、マーティンを可能な限り観察した。
地下は地上よりも多少、気温が低いものの、ここのところ残暑が厳しかった影響か腐敗の進みは早く、一部は白骨化が進んでいる。死亡日を特定するのは難しいだろう。
しかしそれよりも気になったのは、大理石の床だ。
それにはマーティンを中心に、黒褐色のシミが広がっていた。
血痕。
それも大量に出血した跡。
(隠し通路に続く石階段は直立に近く、ほとんど梯子だった。頭から転落すれば大怪我を負うかもしれないが……頭蓋骨は、無傷だった)
加えて髄骨に背骨、肋骨に骨盤、ついでに腕の骨も折れた形跡はなかった。体が不自然な方向に曲がっているなどもない。
このことからマーティンは転落していないか、していたとしても軽傷だったと思われる。
では本当の死因は何か?
それは、衣服の状態から推測できる。
マーティンが纏っていたローブ、上半身部分には、無数の穴が開いた。中のシャツも同様に。
あれは、刃物が貫通した跡だ。獣の牙でも魔術でもない。
紛れもない、殺人の証拠。
(正面からざっくり、だな。それも何度も、執拗に刺されている。マーティンは誰かの恨みを買っていたのか? ……それとも、口封じか)
ジョセフは冷や汗を流しながら、チラリと、リチャードへ視線を向けた。
変わらず、彼は涼しい顔をしている。
(……。今まではこいつを刺激しないよう、中途半端な探りを入れ続けていたが……)
目の前の人間が凶行を厭わない危険人物ならば、早急に正体を暴かなくてはならない。
たとえ踏み込んだことで、自身の立場が危うくなろうとも。
ジョセフは覚悟を決めた。
「リチャードさま。貴方はあそこに死体があることを、知っていたのではないですか?」
ガタン、ガタタン。
馬車の揺れる音が、沈黙を埋めるように響く。
「悪臭がしても、死体の存在を報告しても、顔色一つ変えなかった。それどころか、笑みを浮かべていましたね。事前に知っていなければ、あり得ない。……それ以外の理由であの不可解を、説明できますか?」
ジョセフは両手を膝の上で組み、ぐっと身を乗り出した。
彼の真摯な瞳に真っ直ぐ見つめられたリチャードは、笑みを深くする。
「知っていた」
ジョセフの指に力が籠る。
「と答えれば、お前は私を憲兵に突き出すか?」
挑発しているのか。煙に巻きたいのか。
リチャードの皮を被った偽物はのらりくらりと、濁すような答えを返してきた。
酷く、不快だ。
「いいえ。そのような恐れ多いこと……。俺はただ、真実が知りたいのです。どうしてあそこに死体があったのか。リチャードさまはそれを知っていたのか。知っていたのならば、なぜ黙っていたのか」
王都から野営地までは馬車での移動が必要なほど、距離がある。まさかリチャード本人が現場を目撃した訳でもあるまい。加えて今日までここ数ヶ月、野営地にもその付近にも立ち寄ることはなかった。
リチャードが死体の存在を知る機会など、ない。
「どうかお答えください、リチャードさま」
この状況で、偽物はどう誤魔化してくるのか。
張り詰めた空気の中、ジョセフはリチャードの一挙手一投足を見逃すまいと、じっと目を凝らした。
そこでリチャードは足を組み尊大な態度を取ると、視線を斜め上に向けながら話し始める。
「実はな、ジョセフ。私は噂を聞いたんだ」
「はい?」
「遺跡の底に、死体がある。と」
「……どこで聞いた噂ですか?」
「夜会」
貴族や商人、役人など不特定多数の人間が集う夜会。声と声が被さり、誰が喋っているのかわからなくなることなど多々ある。
つまり偽物は見ず知らずの他者を、スケープゴートにしたのだ。
「酒の席だ、誇張でも虚言でもおかしくない。話半分で聞き流してもよかったんだが、その場所が野営地と近いと知り、好奇心が湧いた。そしたら本当に死体があったものだから、思わず笑みがこぼれたんだ」
それでも笑うのはおかしいだろう。
口から出かかった言葉を飲み込んで、ジョセフは傾聴を続ける。
「噂が本当ならばあの男、妙な魔術が使えたらしい」
リチャードの碧い瞳が、ジョセフを映す。
「——何でも、人と人の魂を入れ替えられるのだとか」
「……っ!?」
雷に打たれたような衝撃が、ジョセフの全身を駆け抜けた。
魂を入れ替える魔術、スウィッチ。その存在を示唆する発言を、使用が疑われる張本人が口にした。
理解が追いつかない。
(何故だ! 自分の正体に関わる魔術なんだぞ、どうして秘匿しない! そもそも秘匿したいからマーティンを殺したのではないのか……!?)
リチャードの成りすましに絶対的な自信があるのか。ジョセフがそれに気付いていないと思い、おちょくっているのか。
だがスウィッチは禁術で、成りすましも重罪。まともな思考回路を持っていれば、少しでもリスクを回避しようと周囲から情報を遠ざけるはずだが。
(晩餐会の事といい、こいつの性根は愉快犯なのか?)
「ジョセフ。もしも自分が他人の体に入れるとしたら、誰を選ぶ?」
「誰を……」
唐突な、それでいて素朴な問いかけ。
ジョセフは思考した。だが答えられる訳がない。
王太子付き従者という、地位も名誉もある立場を掴み取っている身で、違う人間になりたい意志を示せば、不敬になりかねないからだ。
「難しい質問ですね。俺は現状に満足してしまっているので」
「暗に不満を聞いている訳じゃないぞ? もっと気楽に答えてくれ」
無茶を言うな、とジョセフは心の中で呟いた。
今以上の立場——例えば国王になりたいと言うのも駄目だ、下剋上や反逆と受け取られるかもしれない。無難なのは女性になりたいなど、身分とは無関係な答えなのだろうが、ジョセフにそんな願望はなかった。
「意地悪だったか、すまない」
答えに窮したジョセフを見て、リチャードは小さく笑う。
「私は、そうだな。王になりたい」
「王ですか。それなら入れ替わらずとも、いずれ即位するじゃないですか。あぁ、それとも現国王陛下、お祖父さまの体を借りてみたいと?」
「いいや、そうじゃない。答え方が悪かったな。ジョセフ、私は最高権力を持つどこぞの誰かの体を得て、蹂躙をしてみたいんだ」
聞き間違いかと思った。
リチャードらしからぬ、それどころか人間性を疑う発言。王太子だろうと糾弾されても仕方がない、危険思考。それをわざわざ、自ら口にする意図が、まるで読めない。
「王家というものは制限ばかりの生活だ。民の為、国の為、全てを捧げなくてはならない」
「……重責に、疲れてしまいましたか?」
「いいや、全く」
爽やかささえ覚える声音で、リチャードはあっさりと否定する。
「だが、たまに空想するんだ。見ず知らずの無辜の民を焼き、家屋を焼き、城を焼き……。頃合いを見て、元の体へ戻る。これならば責は元々の王へ向かうからな」
地獄だけを残し、自分は何一つ失わず。
「気兼ねなく遊べるというものだ」
偽物が見せた片鱗は誘導なのか、撹乱なのか、本心なのか。現時点では判断つかない。
偽物の発言に見せかけて、リチャードの肉体に刻まれた願望を口にした可能性もある。
あの体には亡き故郷、セルピナ公国を蹂躙した先王の血が流れているのだ、リチャードが破壊衝動を抱いていても何ら不思議ではない。
だがもしも先の発言が、偽物の目的だとすれば——
(本物のリチャードは、身近な場所にいる)
罪を被せる相手を、手元に残していることになる。
現状、本物の居場所を示す手がかりはない。
このまま暗中模索を続けるよりも、敢えて偽物の思惑に乗ってみる方が、糸口を掴めるかもしれない。
「リチャードさま、随分とストレスを溜めているように見受けられます。近々、別荘で羽を休められてはいかがでしょうか?」
「必要ない。どうせ直に冬季休暇が来るんだ、休息ならばその時に取ろう」
「了解しました」
その休息を奪う算段を頭の中で立てながら、ジョセフはうやうやしく頭を下げたのだった。




