第四話 禁術の研究
魔塔の最上階。
無数の魔導書が空中に漂う部屋の真ん中で、ミゲルはクッションに寝転がった体勢で手帳を読んでいた。
そこで不意に床の魔法陣が輝き、ジョセフが転移される。待ち侘びていた客人の登場に、ミゲルはがばりと勢いよく起き上がった。
「ねぇ〜、見て見てお付きくん! この研究記録!」
そしてクッションごとジョセフへ接近すると、開いた手帳をずいと突き出す。
顔がつきそうなほどの距離。このままでは何も見えないので、ジョセフは数歩下がって改めて手帳を見た。しかし結局、何もわからなかった。
手帳には文脈を無視した、支離滅裂な文章が綴られていたからだ。
「俺には全く読めませんが……」
「暗号化しているみたいだからねぇ。もう解いたけど」
(さらっととんでもないことを言う)
この手帳の執筆者は先日、死体が発見されたマーティンのものである。
ジョセフ達が帰寮した後、召集された調査官の調べにより身元が判明。マーティンには身寄りがいなかったので、元上司であったミゲルが呼び出され、本人かどうかの最終確認が取られた。その際、遺留品を回収することができたのだ。
痴呆か酩酊者の落書きにしか見えない中身こそ、スウィッチの研究録。読み解いたと同時に喋りたくなったミゲルは、現状スウィッチの話ができる唯一の人物たるジョセフを魔塔へ呼び付け、今に至る。
「手帳によるとねぇ。スウィッチで入れ替わっても、演技力がなきゃ他人のフリはできないんだって。だから古代人は『若くて健康な体を手に入れる手段としてスウィッチを開発した』んじゃないか、ってマーティンは予想しているね〜!」
「お、恐ろしい活用方法ですね」
嬉々として語るミゲルに頬を引き攣らせるジョセフ。
今まで権力者に成り代わる、または情報収集の使い道ばかり考えていた。しかし理想の体を得ることこそが最も合理的——というのが、第一人者マーティンの見解だったらしい。
「でもまぁ、考えてみるとそうだよねぇ。素人が戯曲を読んだからって、名俳優にはなれないんだからさぁ」
「表面はなぞれても不自然さは残るでしょうね。数日、誤魔化す程度ならばよいのでしょうが」
記憶だけで成りすましはできない。それが判明したのは大きな収穫だ。偽物の候補を絞れる。
最有力なのは、依然として御三家。
そのうち、学園を出入りできるのは学生である二人の子息と、四人の令嬢。
女性が男性を演じるのは難度が高いはず。子息二人のどちらかがリチャードである確率が現状、最も高いだろう。
「ところでミゲルさま。元の体に戻る場合は、使用者同士の魔法陣を傷付ければ可能なのでしょうか? お互い魂を抜けば、元の体に戻れますよね?」
「いいや〜。戻る時も発動の手順と同じだよ。お互い触れ合って詠唱するの」
ぱらぱらと手帳を巡りつつ、ミゲルは答えた。
「でも詠唱が書かれていたっぽいページ、破られているなぁ〜。これ、誰かが奪っているんじゃない? もう誰かが入れ替わっていたら、どうしよっか」
(とっくの昔に入れ替わっているんだがな)
ちなみに魔法陣の解説ページは無事らしい。
と言っても、魔法陣は原書の表紙に描かれているので、既に形式は知っているが。
「入れ替わった誰かはいるでしょう。破門後も研究を重ねていたということは、人知れずスウィッチを試行していたということですから」
「だよねぇ。でも魔塔の外で魔術の乱発をすれば、何か情報入ってくると思うんだけど、そういうのないんだよね〜」
ランテレス王国では、人間に対し魔術を行使するには特定の許可が必要となる。
もしも無許可で魔術を使う魔術師がいれば、捕縛の依頼が魔塔へ送られる仕組みだ。
「手帳的にも実験相手は動物にして、バレないようにしてたみたい。よっぽど研究止められたくなかったんだろうな〜」
「とは言え、他殺にページの奪取。第三者が介入しているのは確実でしょう」
「そうなんだけど、えーとぉ……」
ガリガリと頭を掻きつつ、ミゲルは手帳に残る最後の記録へ目を通す。
そして「あぁ!」と大きな声をあげた。
「最後の研究記録は八月二十五日だ! お付きくん的には夏期休暇の終盤かな? 多分、マーティンが死亡する直前! に、動物実験が完了したとか何とか書いているよ〜」
「……つまり、満を持して人体実験へ移ろうとした直後」
「実験相手と揉めて殺されちゃったのかなっ?」
手帳の内容が事実なら、マーティンは人体実験を試行できないまま亡くなったことになる。
そして夏期休暇終盤の八月二十五日は、リチャードが偽物と入れ替わったと推定される八月三十日と非常に近い。矛盾はない。
寧ろ推理の裏付けが、これでできたかもしれない。
(今回、判明したことを含め、スウィッチの情報を整理すると……)
一つ、魔法陣を体に刻むこと。
二つ、入れ替わる相手同士、触れ合うこと。
三つ、入れ替わった相手の記憶が読める。
四つ、演技力がなければ相手を再現できない。
五つ、魔法陣が傷付くと魂が抜ける。
六つ、元の体に戻る時も同じ手順を踏まなければならない。
(こんなところか。状況は偽物がスウィッチを使ったと示している。あとは決定的な証拠となる魔法陣が見付けられたら、完璧なんだが……)
今日まで探しても見つからないのだ、ジョセフの想像だにしない方法で隠しているのだろう。演技力も卓越していて、ボロを引き出せそうにない。
しかしそんなこと、最早どうでもいい。
偽物はわざわざ、リチャードが身近にいることを示唆してきたのだ。ならばリチャードを炙り出す方向にシフトするのみ。
(本物さえ見つかれば、偽物も逃げられない。そして本物はあの方法を使えば、簡単に炙り出せる)
方針は定まった。
ジョセフは晴れやかな笑みを浮かべ、ミゲルを見上げる。
「話は変わりますが、ミゲルさまは『年末の舞踏会』に参加のご予定はありますか?」
「え? やだ。僕、踊るの嫌い」
「……」
ミゲルの協力は得られない。
別にそれで計画が狂うことはないが、いつまでも怠惰な彼を前に、ジョセフはチッと舌打ちをしたのだった。




