第一話 雪降る夜会
冬に入り、雪が降る日が続いた。
冬季休暇は目前。だが王城ではその前に、大きな催しがある。
その日は王国中の上流階級を招き、王城で盛大な舞踏会が開かれる。
リチャードを含む一部の生徒も学園を公欠し、登城する一大イベント。ジョセフも随員として王城へ足を運んだ。
ただし、リチャードの側にいるのはエントランスまで。今日のように正装を着る日は、リチャードの身支度は侍女達が務める。
幾らリチャードの従者と言えど、学生が王太子の正装を整えることは許されない——という慣習が残っているからだ。
(その間リチャードの監視はできないが、侍女の中には『影』がいる。彼女に任せればいい。それより今は王城を好きに動くことのできる貴重な時間、無駄にはできないな)
コツコツと革靴を鳴らしながら、ジョセフは使用人通路を歩く。
石畳と煉瓦の壁が剥き出しなそこは、音がよく反響する。
通路の最奥。重厚な扉の先にあるのは、楽団の生演奏が優雅に奏でられ、床は大理石、天井は壁画で彩られ、眩い光を放つシャンデリアが空中に陳列された、豪華絢爛な大舞踏室。
そこには既に何人かのゲストがいて、壁際で雑談という名の情報交換に勤しんでいるところであった。側には給仕が控えていて、要望に応じ飲み物や軽食を配っている。
ここでのジョセフの役目も、情報収集である。ただし話し相手は貴族ではなく、貴族が連れてきた従者または侍女だ。
「こんばんは。お久しぶりです」
ジョセフは手の空いている従者及び侍女、一人一人に声をかけ、交流を進めていく。
茶会での話。乗馬会での話。夜会での話。議会での話。音楽会での話。オペラ観劇での話。サーカス観劇での話。
——その合間を縫って、『仕込み』をすませる。あとはその時を待てばいい。
使用人達から一通り聞き終え、ゲストも揃ってきたところでジョセフは目立たないよう壁際に向かう。
(マーガレットさまが参席しなかったのは、よかったのやら悪かったのやら……。今日の仕掛けについて、話しておきたかったんだがな)
壁際に立ち、ワインや軽食を味わう貴族達を眺めながら、ジョセフはこの場にいないマーガレット公爵夫人を思い浮かべる。
舞踏会に参加する際、ジョセフはマーガレット公爵夫人に付き添い、入場のパートナーを務めることもある。しかし彼女は今回、皇太后と起こした騒動の熱りがまだ冷めていないからと、出席しなかった。
(直接、顔を合わせられるいい機会だったのだが仕方がない。その分、自由に動けたのだからよしとしよう)
「貴方、そこの貴方」
「はい?」
突然、声をかけられて、ジョセフは間の抜けた声を出してしまう。
声をかけてきたのは豪奢な巻き髪のウィッグを被り、金糸で装飾された水色のドレスを身に纏った女性。
カトリーヌ侯爵令嬢だ。
彼女は閉じた扇で口元を隠しながら喋る。
「殿下の付き人よね」
「そうですが、雑務の申し付けなら他の使用人に……」
「ちょっとこっち来なさい」
そのまま扇の先でバルコニーを指されて、ジョセフは戸惑った。
主人以外の人間、それも令嬢と狭い空間に行くのは憚れる。常日頃から刺激を求めている貴族達の目に留まれば、どんな醜聞が飛び交うことになるか。
「カトリーヌさま、この場でお話しするというのでは……」
「駄目。来て」
あらぬ噂が流れれば困るのはカトリーヌ侯爵令嬢の方だろうに、彼女は率先してバルコニーに出てしまう。
断り切れなかったジョセフは渋々、後を追った。
月明かりの下、閉じられたガラス扉越しに楽曲が聞こえる中、カトリーヌ侯爵令嬢とジョセフは向き合う。
「単刀直入に訊きたいのだけれど」
「はい」
「スウィッチって魔術、現代に再現できるのかしら?」
「はぁ」
マーティンの素性とスウィッチの研究記録は、既にミゲルから調査官へ報告ずみだ。しかし禁術の研究に手を染めていた為に処理はそこで終わらず、現国王陛下——つまりリチャードの祖父にも伝達されている。
完成した禁術が漏洩しているかもしれない。その事実を知った陛下は極一部の臣下と貴族にだけ情報を共有し、不祥事が起きないかどうか、動向をうかがっているのが現状だ。
(とはいえ、カトリーヌにも話が届いていたのは意外だな)
カトリーヌ侯爵令嬢は社交界を渡り歩いているファッションリーダーなものの、婚前の年若き乙女。
そんな彼女が既に陛下の信頼を勝ち取っているとは、知らなかった。
「魔術の話でしたら、ミゲルさまに訊ねるのが一番かと」
「訊けないから貴方に言っているのっ! 魔塔に行っても、いつも忙しいって突っぱねられるし! でも貴方は会っているそうじゃない……!」
「俺もミゲルさまとお会いしたのは数える程度ですよ」
会えているだけマシだろう、とカトリーヌ侯爵令嬢に睨まれてしまい、ジョセフは困り顔を浮かべる。
別にジョセフも好きでミゲルと会っている訳でもないのだが。とは言え、ジョセフこそがミゲルの貴重な面会時間を奪っているのかもしれない。
「では、俺の見解ですが」
よってジョセフは突っぱねず、静かに答えた。
「再現はできるでしょうね」
「そ、そうなの?」
「えぇ。固有魔術ではないですから、手順さえ守れば誰でも使えるかと」
公にされていないが、スウィッチはマーティンが実際に試行していたのだ。少数民族しか扱えないなどと言った、特殊な制約はないだろう。
使用者は問わない。
しかし手帳そのものは盗まれず、奪われたのは詠唱のページのみと考えると、誰彼構わず使われているとは考えにくい。
例えば、マーティンを殺した犯人——
「しかしスウィッチは禁術です。使用すれば極刑になってしまう。関心を持つのはよした方がいいかと」
「うっ、うるさいわね! そのくらいわかっているわっ!」
なぜか癇癪を起こすカトリーヌ侯爵令嬢に、ジョセフは眉を寄せる。
わかっているのならば、どうして人前で訊ねてきたのやら。バルコニーといえど、聞き耳を立てれば会話内容など漏れてしまうというのに。
「……。…………」
カトリーヌ侯爵令嬢はうつむいて黙り込んでいる。それも、青ざめた表情を浮かべて。
まさか健康な体や若い体が欲しかったのにあてが外れた、と考えているとは思いたくないが。彼女は年若く美しいのだから。
「カトリーヌさま。お話が終わったのでしたら、俺は戻らせて頂きたいのですが……」
「……ちょ、ちょっと待ってくださる? ええと、貴方こないだ化粧品に興味を持っていたわよね? 見繕ってあげるからうちのブティックに来なさいな」
「えぇ? 俺には必要ありませんし、外聞的にもお断りしたく……」
「リチャード王太子、ソフィア皇女の入場です!」
その時、大舞踏室から大きな声が聞こえてきて、ジョセフははっと顔を上げる。
「失礼、カトリーヌさま。仕事がありますので」
「あっ……!」
まだ何か言いたげなカトリーヌ侯爵令嬢を残し、ジョセフはバルコニーを去った。
ここから先はリチャードの補助と護衛をこなす役目がある。
ジョセフはゲスト達の頭越しに大階段を見上げた。
「王子!」
「リチャード殿下!」
「ソフィアさま!」
歓声と共に一段、一段、下りて来るのは真っ白なジュストコールに真っ青なマントを羽織った、英姿颯爽としたリチャード。
彼の隣でエスコートされているのは、サドバ帝国からやってきた皇帝の三女、ソフィア。リチャードの婚約者だ。
腰まで伸ばした赤髪は燃え上がる炎のようで、本人の凛とした美しさと相まって非常に力強い。その強さを引き立てる為かドレスも朱色と、容姿に負けないくらい派手だ。
国の未来を背負う二人の登場に、貴族たちは湧き立つ。
しかし今日の主役は彼らではない。
「国王陛下、王太后の入場です!」
この舞踏会は、先王妃でありリチャードの母——フレデリーカ王太后の誕生日祝賀会の為に開かれたものだから。




