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王太子が偽物と入れ替わっていることに、俺だけが気付いている  作者: 天海二色
第四章 剥がれる化けの皮

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第二話 リチャードの泣きどころ

(フレデリーカ王太后。小国から嫁いできた、先王の正妻)


 陛下にエスコートされ、長いドレスの裾を引きずりながら大階段を下る、フレデリーカ王太后。

 彼女はリチャード以外の子を産めなかった。しかし先王が側室を迎えることを、ことごとく拒否。

 先王が亡くなってからは更に過激になり、継承権を持つ王族をみな、王都から遠ざけてしまった。

 リチャードが玉座に座るその日まで、誰も寄せ付けない為に。


(そんな王太后の寵愛を受けて育ったリチャードは、母親思いな人間として育った)


 陰謀渦巻く王都の中で、唯一絶対の味方。

 王太后の前では、王太子らしく超然と振る舞う仮面が剥がれ、幼い一面を見せることもある。

 所謂、リチャードの泣きどころ。


(利用しない手はない)


 ジョセフは不敵に笑う。

 舞踏会に招待された貴族は上流のみ。公爵家と侯爵家、そして一部の伯爵家。丁度いい少なさである。

 現国王陛下ことリチャードの祖父は多忙を理由に、早々に退室をした。持病が悪化しているのか、最近は顔見せだけですませることが多い。

 王太后も二、三人ダンスの相手をしたところでホールから離れる。彼女は体力がないのだ。

 壇上にあがり、豪奢な椅子に腰を下ろし貴族達を眺める。時折り、挨拶に来た訪問者と言葉を交わす。

 いつも通りの流れ。狂いはない。これならば仕掛けは最大限、効果を発揮してくれることだろう。


(仕掛けはシンプルだ。主賓席のある壇上、その上に飾られた、シャンデリアを支えるロープに切れ目を入れる。それだけ)


 王太后に見守られるなか、舞踏は続く。幾組もの貴族たちが床を踏み鳴らし、絶え間ない振動がホール全体を揺らす。

 そうすれば元より細くなっていたロープは、徐々に千切れていき——


「きゃあああ!!」


 絹を裂いたかのような悲鳴があがった。

 壇上に、シャンデリアが落下したのだ。


「王太后!」

「フレデリーカさま!」

「誰か! 医師を呼べ、誰かっ!」


 落下したシャンデリアは、ホール中央にあるものと比べて小ぶり。主賓席に直撃もしていない。

 あくまで脅しだ。尤も仮に王太后に直撃しようが、構わなかったが。

 大きな騒ぎになるほど、混乱は伝播する。

 その状況こそ、ジョセフの望む展開。


(さて、誰が真っ先に駆け寄る?)


 公爵家の嫡男か、当代か。

 ジョセフは注意深く周囲を見渡す。

 向かったのは——ガビンズ伯爵であった。混乱から動けなくなっているのを見兼ねて、先に動くことにしたらしい。

 王太后への思い入れが少ないからこそ、冷静に動けたと言える。


(何? おかしい。リチャードこそ真っ先に向かうはずだ)


 ガビンズ伯爵は帝王学を修めていない。彼にリチャードの成りは務まらない。

 しかし御三家や公爵家は対応が後手に回っていて、とてもリチャードの魂が入っているようには見えなかった。

 そのリチャードの演技をすべき偽物も、ソフィアの腰に手を回した体勢のまま、固まっている。

 完璧にリチャードを演じてきた彼ならば、内心はどうあれ王太后に心を砕くべきなのに、動かない。


(んん? どうなっている。ここに来てボロを出すような奴じゃなかっただろう)


 不可解な光景を訝しみながらも、ひとまずジョセフはリチャードの元に駆け寄ると、従者として退室を促した。


「リチャードさま、ソフィアさま。設備に不備があったようです。安全が確認されるまで、屋外に……」

「……いや」


 リチャードは小さく首を振る。彼の視線はずっと壇上に向けられていた。

 壇上では火事を警戒してか、水の魔術が飛び交っている最中だ。過剰に放水しなくとも大舞踏室は石造りなのだから、さほど延焼しないだろうに。


「……ジョセフ、出入り口を閉めろ」

「はい?」

「使用人通路やバルコニーも含め、全ての扉を封鎖しろ」

「リチャードさま、それは」

「あれは事故ではない。母上を謀殺しようとした犯人は、この場にいる」


 ざわっと、リチャードの周囲にした貴族達がどよめく。

 手入れが行き届いているシャンデリアが急に落下したのだ、仕掛け人を疑うのは当然の帰結。だが王太后が退室もしないうちに言い出すとは思わなかった。

 命を受けたジョセフはうやうやしく頭を下げた後、近衛兵と共に全ての出入り口を封鎖した。

 フレデリーカ王太后さえ、留まらせて。

 戸惑う貴族達の横を通り抜け、リチャードは大階段へ向かう。


「ジョセフ、ソフィアを頼む」

「いいえ、私もお供します」


 その際、ソフィアを下がらせようとしたが本人が拒否。

 リチャードはソフィアと共に、大階段の上でホールを見下ろした。


「さて、犯人探しをしようじゃないか」


 リチャードは笑う。

 くすくすと、無邪気な子供のように。


(……晩餐会の時と、同じ笑み)


 あれはフレデリーカ王太后を心配している訳でも、犯人に憤っている訳でもない。

 偽物はこの事件を、楽しんでいる。


「これは紛れもない、王家殺人未遂。どうやら私は、反逆者を排除しきれていなかったようだ」


 水を打ったように静まり返る大舞踏室。

 だが冷静になった訳ではない。半端に口を開けたまま絶句する者。口を引き結び、全身を強張らせる者。口を手で覆い、吐き出しそうになる者。

 ——皆が皆、混乱と緊張、そして恐怖に飲まれている。

 落ち着いているのは、例の晩餐会でこの空気を既に味わっている、ガビンズ伯爵とカトリーヌ侯爵令嬢ぐらいだ。


(本気で犯人探しをする気か? だが生憎と、証拠は残していないがな)


 階段の脇で、ジョセフは人知れず冷笑する。

 ロープに切れ目を入れたのは、会場にあった果物ナイフだ。既に返却ずみのそれは軽食用として各テーブルに備えられ、使用人でなくとも手に取れる。

 つまり、誰でもロープを切れる。

 晩餐会の時と異なり、“揺るぎのない正解”など存在しない。

 目撃者も許さなかったなか、リチャードは誰を犯人に仕立て上げる気なのだろうか。


(それとも俺と当たりをつけ、言いがかりをつけてくるか? やってみろ。強制的に牢にぶち込むつもりなら、王太后の放置というボロとスウィッチの存在を暴露し、偽物だと疑惑を植え付け、信用を地に落としてやる……!)

「ジョセフ、ロープを調べてくれないか?」


 そこで不意に飛んできた、リチャードの命令。

 ジョセフは思わず目を瞬かせた。


「……は? ロープ、ですか?」

「シャンデリアを吊るしていたロープだ。行ってくれ」

「わ、わかりました」


 ジョセフが犯人だと気付いていないのか、それとも瑕疵(かし)を誘発したいのか。

 いずれにせよ人任せにするなど、証拠隠滅してくださいと言っているようなものだ。リチャード自ら現場検証すればいいだろうに、とジョセフは呆れながら壇上へ向かい、床に転がったシャンデリアとそれに繋がるロープを検分する。


「切り込みが入れられていた形跡があります。切り口からして、鋭利な刃物かと。振動や自重により、時間経過で千切れたのでしょう」


 報告に嘘はない。

 そして今後も、誰が見ても『刃物で切り込みを入れた』以上の情報は得られないだろう。

 ジョセフがそうしたのだから。


「ほう。では整備を担当していた使用人、前に出てくれ」


 リチャード冷たい声に、ひっと、短い悲鳴が聞こえた。だが締め切られた大舞踏室で逃げ場などある筈もなく。

 やがて近衛兵に引きずられる形で、メイドとバトラーが数人、階段下へ引き出された。


「わ、わ、私、何も知りません……っ! 蝋燭を変えた時、不備なんて……」

「わっ、私も! 滑車もロープも正常でした! 本当です!!」


 今にも泣き出しそうな顔で弁明する使用人達。

 証拠があろうとなかろうと、特権階級相手に勝ち目はない。この場で犯人だと断じられれば極刑が待っているのだ、必死にもなる。

 

「君達に聞こう。会場にはどんな刃物がある?」

「え、ええと、確かテーブルに果物ナイフが……」

「そうです! 給仕は包丁を持っていました! 切れ味はその方がずっといい!!」


 一人の使用人の発言によって、今度は給仕に疑惑の目が向かった。


「い、いいえ! ロープを切るのでしたら、近衛兵の剣の方が……!」

「そっ、そうだ! そうだ!」

「いいや! 剣の使用は目立ち過ぎて犯行ができないだろう、馬鹿なことを言うな!!」


 誰が怪しい。これが怪しい。と反論し合い、容疑を押し付け合い、大舞踏室はカオスな空気に包まれていく。

 やがてペーパーナイフやガラス片でもロープは切れる、などと範囲を広げにかかり、議論は錯綜していく。ガビンズ伯爵が取り纏めていた晩餐会とは大違いだ。

 パンッ!

 混迷が極まってきた辺りで、乾いた音が響き渡った。


「沢山の刃物の名前が出てきたが、どれも不正解だな」


 手を叩いた張本人、リチャードは緩く微笑みながら不可解なことを口走る。


「わからないか? では教えよう」


 果物ナイフ以外、それどころか包丁や剣さえも除外した。

 何を言う気なのだと、ジョセフは体を固くする。


「ジョセフ、救護箱を開けてくれ」


 だが次に告げられた命令で、ジョセフは察した。

 フレデリーカ王太后に付き添っている宮廷医師、彼の持つ救護箱の中には——

 メスが、入っている。


「それだな」


 リチャードは、断言した。

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