第三話 暗殺者の情報収集
雲に届くのではないかと思うほど高い魔塔、その地上階にあるエントランスにて。
ジョセフは受付を担当していた壮年の魔術師に、追い返されそうになっていた。
「面談の約束はされていないんですよね?」
「えぇ。火急の用件ができてしまいまして……」
「内容は?」
「機密です。王宮に関わることですので」
魔術師から怪訝な目を向けられる。
ジョセフ自身、怪しいのはわかっている。詳細を話せない人間を招くなどできないということも。
(だが変身の魔術を探っているなど、公言できない。王都内で疑心暗鬼が広まれば動き難くなるからな。何か、都合のいい理由をでっち上げなくては……)
『ねぇねぇ、君。王子サマのお付きくんだよね?』
ぎくりと、体を強張らせるジョセフ。
いつの間にか眼前に紫色の蝶が飛んでいて、その蝶からミゲルの声が聞こえる。羽の目玉模様が特徴的なそれは、魔術で作られた通信機だ。
つまり実質、ミゲルが目の前にいることになる。
「マスター!? 何で顔を出しているんですか、今日は溜まっていたレポートを終わらせる予定でしょう!?」
『だって気になっちゃって〜っ』
(親に叱られる子供のようだな……)
壮年の魔術師の反応からして、ミゲルは未着手な仕事を多く抱えているのだろう。
そんな体たらくでよく魔塔の主を務めているな、とジョセフは思わず呆れる。
『君いっつも忙しそうだから話しかける機会なかったんだけど、まさか会いに来てくれるなんて嬉しいなぁ!』
「マスターッ!」
(……? 俺はどこかで、ミゲルに興味を持たれるようなことしたのか?)
身に覚えがない。そもそも魔塔に引きこもりがちのミゲルとは、顔を合わせるのさえ稀だ。
だが直接会話ができるのは好機と、すかさず歩み寄った。
「俺もお話できて嬉しいです、ミゲルさま。是非、お顔を見たいのですが、応接間をお借りすることは……」
『いや、こっち来なよ。その方が早いからさぁ』
「……は?」
カッ!
ジョセフの足元が突然、光り輝く。あらかじめ床に描き込まれていた魔法陣が発動したのだ。
遠隔操作。才能ある魔術師が修練を積んだ末に得られる技術、なのだが、容易く使用してきた辺りミゲルの規格外っぷりが嫌でも伝わる。
(……。国家転覆の一番の障害になり得る人間の実力を、じかに見せ付けられると、気が滅入ってしまうな……)
ミゲルを処分するのは自分の役割ではないが、大きな妨げには違いない。
ジョセフは密かに溜め息を吐いた。
「マスター、仕事サボらないでください〜っ!」
そして壮年の魔術師の悲鳴が聞こえた直後、気が付けばジョセフは魔塔の最上階へ移動していた。
上を見上げればドーム状の屋根裏、横へ視線を向ければ王都を見下ろせる窓、そして正面を向けば蝶のように宙を舞う無数の魔術書と、大きなクッション。
そのクッションの上に、ミゲルはうつ伏せの体勢でだらしなく乗っている。
「いらっしゃ〜い、お付きくん!」
「ジョセフです」
「それでさぁお付きくん」
ミゲルはジョセフの名乗りを無視し、クッションごと移動しずいとジョセフに顔を寄せてきた。
全く話を聞いていないし、名前を覚える気が端からない。いい加減な男だとジョセフは思った。
「出身どこ?」
直後、息を呑んだ。
「……なぜそのようなことをお聞きに? 俺の出身はマーガレット公爵夫人の領土、テレジアになりますが」
「そうなの? えー? じゃあ生まれじゃなくて突然変異か何かかな〜?」
ミゲルは腕を組み、何やら考え込んでいる。
ジョセフの本当の出身——亡きセルピナ公国と気付いての発言ではなかったようだ。
「いやさぁ。お付きくん変わった魔力持っているから、変わったところ出身なのかなぁって」
「はぁ。変わった魔力、とは?」
「ユニークアイテムみたいな魔力」
「全くわかりません。いえ、ユニークアイテムはわかりますが……」
ユニークアイテムとは、早い話、世界で唯一または極少しか存在しない特殊な魔導具のことだ。
原料が希少なことが主で、ミスリルやオリハルコンの他、幻とされる神獣や絶滅した魔獣から採れる素材が使われていることが多い。
「今は自覚なくってもさ。君は珍しい固有魔術が使えるようになると思うよ? それがどんな魔術かわかったら僕に教えて欲しいなぁ〜」
「えぇ……。そう言われましても……」
仮に今後、固有の魔術が使えるようになったとして、ミゲルに伝える義理などないのだが。
とは言え彼がジョセフの魔術に興味を持っているのなら、交渉の手札にはなるかと、ジョセフは切り替えた。
「では俺の質問に答えてくださいましたら一考しましょう」
「あ、そういえば秘密の報告があったんだっけ? 何〜? 帝国辺りが攻めてきたとかぁ? 王国ってば敵作ってばっかだものねぇ。僕はいつでも出陣できるよぉ?」
「いえ、そういう話ではありません」
机に転がしていた、指揮棒に似た杖を魔術で手元まで引き寄せ、構え、臨戦態勢へ入ったミゲルを宥めるジョセフ。
王国の防衛を担っているだけあり、意外と好戦的である。
「ただ晩餐会の件があったように、リチャードさまは外敵に警戒しているようでして……単刀直入にお聞きします。他人に変身できる魔術は存在しますか? それも長期的に」
「長期的にぃ?」
「はい。幾ら俺がついていても、誰かのフリをして懐に入り込まれては守り切れません。リスクは早めに把握しておかなくては」
「ふぅん。ちなみに何時間想定で言っているの?」
「時間……」
リチャードの入れ替わりに気付いたのは、新学期初日。今日まで最低でも二週間は変身を保っている計算になる。
とは言え、今日のようにジョセフも四六時中リチャードに張り付いている訳ではない。もしかしたら夜中は変身を解き、魔力を貯め再びリチャードの姿へ変えている可能性もなくはない。
あらゆる可能性を頭の中で並べた後、ジョセフは現実味の高そうなものを口にすることとした。
「そうですね。ええと、朝から晩まで変身し続け、連日繰り返すことは可能でしょうか?」
「朝から晩までぇ? しかも連日ぅ? その条件を達成できる変身魔術はないなぁ、魔力回復が追い付かないよ」
「……そう、ですか」
ここでさえ有益な情報は得られないのか。
そうジョセフが落胆しかけた時、
「ただ、他人に成り代わる魔術はあるよ」
さらりと呟かれたミゲルの言葉に、ジョセフは雷に打たれたかのような衝撃を受けた。




