第二話 暗殺者の密談
この教会は人知れず連絡を取るのに都合がよく、定期的に利用しているのだった。
「取り急ぎご報告を……」
『あのパフォーマンスは一体なんだったんだ?』
ジョセフの発言を遮り、マーガレット公爵夫人は言う。
パフォーマンスとは、先日の晩餐会のことだ。リチャードがドネリー子爵を告発する為にわざわざ催したゲーム。
「わかりません」
ジョセフは正直に答えた。
マーガレット公爵夫人の眉間に皺が寄り、威圧感が増す。
『お前がついておきながら止められなかったのか?』
「残念ながら……。窘めたのですが、奴の意思は頑なでして」
『ドネリー子爵を切ったのはお前の判断だったそうだな。納得のいく説明をして貰おうか』
「一番の目的は口封じです。リチャードはドネリー子爵がジョイントを売り捌いていることを把握していた。あの場を凌げたとして、追及は終わらない」
『子爵には大した情報を握らせていなかった。それでもか?』
「はい。あのまま放置するのは危険な状況でした。よってリチャードの望む通りの展開に運び機嫌を取った後、後始末をさせて頂きました」
マーガレット公爵夫人の指示を待たずに決行した独断であったが、ジョセフは間違っていないと判断している。そもそもリチャードの従者という立場、なおかつ学園と寄宿舎を往復している生活をしている今、彼女から都度指示を仰ぐ訳にはいかない。
こうして密談できるのも貴重な休日の合間のみ。大半は自己裁量に委ねられる。そしてジョセフに最善の選択を採れるよう叩き込んだのは、マーガレット公爵夫人本人である。
『だがその結果、ドネリー子爵の領土が王家直下となってしまった。計画に狂いが出る』
「わかっています。しかし直に新しい領主が派遣されることでしょう。急拵えでしょうから地の利はなく、領民の信頼もない。乗っ取るのは容易いかと」
『そう上手く事が運べばよいがな』
「ひとまず様子見ですね。しかしマーガレットさまのことです、次策の用意はあるのでしょう?」
彼女からの返事はない。つまり、肯定だ。
ジョセフは話を続けた。
「それと、もう一つご報告があります。リチャードのことなのですが……」
何者かと入れ替わっています――と伝えようとして、言葉を飲む。
未だ、偽物だという証拠は何一つ掴めていない。ジョセフが発見した些細な癖の変化を述べたところで、根拠に乏し過ぎる。
(この状況で真実を伝えても不確かな情報にしかならないな。俺の信用が落ちれば暗殺者から外される可能性さえある。そうなれば、長年積み上げてきた計画に大きな支障が出てしまう)
その結果、復讐が果たされなくなっては堪らない。
直前になって思い直したジョセフは、報告内容を変えた。
「……戴冠式が近付いているからか、過激な言動が目立っています。晩餐会も今のうちに功績を作りたくて摘発を強行したのかもしれません。……先王のように」
途端、空気が張り詰める。
先王の話題はマーガレット公爵夫人にとって地雷もいいところだ。彼女が王国滅亡を願うまでに至った元凶なのだから。
王家に次ぐ権力を有する彼女が、どうして滅亡を求めているのか? その理由は、さして複雑なものではない。
マーガレット公爵夫人の伴侶、そして二人の間に産まれた子息が先王の命によって前線に送られ、戦死したからだ。
先王とマーガレット公爵夫人は血縁的に兄妹の関係なのだが、幼き頃より才覚を発揮していたのはマーガレット公爵夫人であり、一時は女王に君臨するべきではという話まで出た程だったという。
しかしマーガレット公爵夫人は玉座に執着などなく、伴侶を招いた後は一年の大半を領地で過ごし、政治には時折り口を出す程度であった。
(だが先王は、彼女の存在を無視できるほど達観していなかった)
自分よりも優秀な妹。家臣たちが密かに、時に大っぴらに称賛する存在。王であるはずの自分より、人々の敬意を集める女。
嫉妬は日に日に募り、理性を呑み込んだ。
その末に彼が選んだのはマーガレット公爵夫人本人ではなく、彼女の大切なものを奪うことだった。
前線送りという名の、憂さ晴らし。
そうして冷たくなって帰ってきた二人と再会した時、彼女の心は、復讐に堕ちた。
先王も、その先王に擦り寄り従順な犬となっている貴族も平民も、全て壊してしまおうと。
(尤も滅亡を切望するにまで至った動機は、他にもあるのだろうが……。まぁ、どうでもいいな)
ジョセフは心の中で自嘲する。
どんな形であれ祖国の無念が晴らせるのなら、それでいいのだから。
「これから奴は今までにない行動を取る可能性があります。引き続き目を光らせるつもりですが……。一つ懸念点が」
『何だ?』
「過激さを増すにあたり、保険として影武者を用意するかもしれません。加えて先王のように疑心暗鬼に陥れば、俺にさえ報告しないこともあり得る」
ここからが本題である。
ジョセフは表情を固くして口を開いた。
「そこで把握しておきたいのですが。完璧に他人に成り済ます方法はあるのでしょうか?」
入れ替わりについては伝えられないが、成りすましの手段は聞き出せる。
彼女から少しでも情報を集め、偽物の調査を進展させたかった。
「いつの間にか入れ替わられていたら、暗殺ができません」
『確かに、危惧すべき問題だね』
「はい。あぁ、先に言っておきますが化粧という手段はなしで。彼の身嗜みを整えているのは俺ですから、変化があれば直ぐにわかります」
マーガレット公爵夫人は顎に手を当て、暫し考え込む。
『瓜二つな影武者を用意する場合、多くは血縁者が使われる。特に双子だ。しかし奴の子はリチャードただ一人。私生児もいない』
「はい。長年の調査の末、奴は独り子だと裏打ちされていること、俺も把握しています」
『国中を探せば、背格好の似た人間を見付けることもできるだろうが……。帝王学を修めていない人間が王太子に成り代わるのは、至難の業だ』
(っ、帝王学……!)
そこでジョセフははっと息を呑む。
王太子として当たり前のように帝王学を学んでいるリチャードだが、それは王家特有の特別教育。平民は勿論、貴族でさえ馴染みが薄い。
ランテレス王国で帝王学を学べる人間と言えば、王家の他、王のスペアとして備えられている三つの公爵家——通称、御三家くらいだ。
(王の振る舞いを再現できる人間から候補を絞っていけばよかったか! しかも御三家が一つ、マーガレットさまに実子はいない!)
つまり注目すべきは、残り二家。
(後は成りすましの手段があるのかどうか、になるが……!)
『頬に詰め物を入れたり、骨を削り骨格を変える方法はなくはない。だが大掛かりになる程に手術痕は残り、体は歪となるな』
「……そう、ですよね」
ランテレス王国の技術では、他者の姿を模倣するなどできない。
そして模倣手段がわからなければ、証拠を掴むことも難しい。希望が見えたようで消えたことに、ジョセフは気落ちした。
『後は、魔術か』
しかしマーガレット公爵は構わず、淡々と話を続ける。
「魔術? 確かに変身の魔術は存在しますが、極短時間でしょう? 長くとも十分です。影武者には向かないかと」
長時間、変身できる魔術が存在すれば、各地で成りすましが横行しているところだ。しかし現実はそうなっていない。
『古代魔術には、半永久的に姿を変えられる魔術があったという話だ』
「御伽話レベルの話ですね」
『だが記録にあった以上、存在していた可能性はある。ミゲルに訊ねれば何か知っているかもしれないな。次回の報告までに確認しておけ』
「えっ?」
突然、命じられた新たな任務にジョセフは間の抜けた声を発した。
「お、俺が調べるのですか?」
『影武者を用意された時に一番、影響を受けるのはお前だろう? お前こそありとあらゆる可能性を把握しておくべきだ』
「……それは、そうですね」
理にかなっている命令だ。
魔術以外に取り柄がない、とまで言われる変人こと魔塔の主ミゲルに会うのは正直、かなり面倒で、できれば断りたかったがこれは受けるしかない。
これも調査の為と、ジョセフはぐっと拳を握り締めて不満を押し殺した。
「仰せのままに、マーガレットさま」
そして完璧な笑みを浮かべ、任務を請け負ったのだった。




