第一話 暗殺者の後見人
朝の八時、寄宿舎の一室にて。
自身の着替えをすませたジョセフは、未だ寝台に寝転がっているリチャードの布団を引っぺがしていた。
「ジョセフ、何をする? 今日はスケジュールを空けていただろう。寝ていてもいいじゃないか」
「いけません。急な来客に備え、身嗜みは整えませんと」
今日は休日で、授業も公務もない。
よって怠惰に過ごそうと目論んでいるリチャードは、シーツに沈むことを選んだ。
「本日はサイラスが務める日です。彼に着替えを任せたいのならば、俺はそれでもいいですが……」
しかしサイラスという名を聞いた途端、リチャードは腹筋を駆使してガバリと勢いよく起きあがる。
そして華麗に寝台から飛び降りた。
「何をぼさっとしている、ジョセフ! 早急に着替えるぞ!」
「……。はっ」
命を受けたジョセフは呆れ顔を浮かべた後、いつものように着替えの補助を務めたのだった。
そうしてものの十分で身支度を終わらせた直後、コンコンと、扉がノックされる。
「失礼しまーす、坊ちゃん!」
ジャストタイミング。
見計らっていたかのように現れたのは、青髪で筋肉質な少年。同級生のサイラスだ。
代々、王家に仕える家系の出である彼は、リチャードの遊び相手として幼い頃から交流がある。その付き合いはジョセフよりも長い。
現在はリチャードの近衛兵になるべく、騎士科を専攻し、修練に励んでいる最中だ。
「よく来たな、サイラス」
「サイラス、今日は頼んだぞ」
月に三度、ジョセフは休暇を頂戴する。
その間、リチャードを任せる相手として、学園の中でジョセフに次いで信頼が厚い、サイラスが選ばれた。
近衛兵は遠征時、主人や上官の世話を務めることもある。その教育を受けたサイラスも一通りの補佐をこなせるのだが、気合が入りすぎてしまうのか、所作がところどころ荒っぽい。
よってリチャードはサイラスに身だしなみを任せることを極力、避けているのだ。
「先日は違法薬草の摘発、見事な手腕でしたね坊ちゃん! 新聞を読んだ時、俺痺れましたよ!」
「何、私はヒントを与えただけだ。導き出したのは優秀なゲストのお陰さ」
「そうかもしれませんが、真っ先に気付いたのは坊ちゃんでしょ? 『坊ちゃんの慧眼、旦那様に似てきて……!』って、父も感激していました!」
王の気風を感じさせるリチャードを前に、サイラスは惜しみない称賛を送る。
彼はつい十分前まで寝癖を付けていたぞ、と告げ口したくなるジョセフはぐっと堪えた。
(しかし元宰相も節穴だな。偽物に何を見出しているのやら)
サイラスの父親は宰相として長年、先王を支えていた人物だ。現在は大臣を務めている。
リチャードを産まれた時から知っている身にも拘らず、入れ替わりにまるで気付かず崇拝している様は、想像するだけで滑稽だ。
尤も偽物だろうが本物だろうが、リチャードに先王に重ねている時点で、忌々しいことには変わりないが。
元宰相が慕う亡き先王、“アレ”はろくな王ではなかった。何の才能もない、血統だけが自慢の無能。
しかし、ただ無能だけならばどれほどよかったか。
功績一つ持たず、コンプレックスに塗れていた平々凡々な彼は、ひと際強い英雄願望を持ちその衝動に突き動かされていた。
後世に名を残したい。ただの国王以上の何者かになりたい。特別視されたい。認められたい。尊敬されたい。称えられたい。
欲望を膨張させた先王は、含む耳触りのいいことしか言わない家臣を集め、目に見える手柄をと戦争を繰り返した。
その結果が、ジョセフの祖国、セルピナ王国の滅びへと繋がった。
(生きていればこの手で縊り殺したかったが、病死してしまうとはな。運のいいクズめ)
先王の暴走を止めない家臣も家臣だ。どうして愚行を放置していたのやら。戦争特需や税の締め付け、侵略国の略奪とうまみがあるのは理解できるが、それにも限度があるだろうに。
先王が急死し一旦、悪政が緩和したから暴動が起きなかったようだが、そうでなければジョセフが潜伏するよりも先に国家転覆がなされていたのではないだろうか。そうに決まっている。
――遅かれ早かれ、だ。
ジョセフは内心を一切、表情に出さぬまま、サイラスに淡々と引継ぎをすませると、鞄を持って扉へ向かう。
「ではリチャードさま、俺は出かけてきます。十六時前には戻りますので」
「うむ」
そして一礼の後、ジョセフは外へ出た。
◇
久し振りに出た学園の外、王都の市場は活気に満ち溢れていた。
街道に並ぶ露店では店主と客の喧騒が飛び交い、ストリートフードの香ばしい匂いが立ち込め、広場では無邪気に笑っている子供たちが走り回っている。
穏やかな日差しに照らされた、絵に描いたような平穏な光景。
(虫唾が走る)
その全てに、ジョセフは憎悪をたぎらせた。
(知っているか? 家に土足で踏み込まれる恐怖を。さも己が聖騎士かのような顔をして、剣を振り回す蛮族どもの横暴さを。母が嬲られているのを、目の前で見ていることしかできない情けなさを)
今でも目に浮かぶ。死体を積み上げて嘲笑い、火を付けていた者達を。
強奪した富で繁栄した王国、その恩恵に与りのうのうと平和を享受している国民を、どうして憎まずにいられるものか。
ジョセフは王都を歩く度に、早く業火に呑まれてしまえと呪詛を吐きそうになる。
(早く用件をすませてしまおう)
そのままジョセフは足を速め、日の当たらない細道へと入っていった。
向かった先は王都の端にある、小さな教会だ。貧民も出入りするそこに貴族はまず近付かないが、ジョセフは構わず足を踏み入れる。扉は開かれているものの礼拝の日ではない為、来訪者は勿論、神父の姿さえもない。
人気のない教会。それこそジョセフが求めていた場所だ。彼は人がいないうちに懺悔室へと入る。そして防音魔法を発動した後、鞄から手鏡を取り出した。
「お久しぶりです、マーガレットさま」
向き合って話しかければ、鏡に映っていたジョセフの姿は消え、別の人物の姿が現れる。
険のある顔をした老齢の貴婦人、マーガレット公爵。
彼女はジョセフの後見人であり、亡き夫の遠縁の親戚――ということにしてある。
そして生き延びたジョセフを拾い暗殺者として育て上げ、リチャードの元に送り込み、着々とランテレス王国滅亡の準備を進めている反逆者であり、首謀者。
全ては彼女の計画のもと、ジョセフは動いている。




