第五話 晩餐会の後始末
屋敷での待機を命じられたドネリー子爵が、近衛兵に連れられ退場した後。
「ところで、ガビンズ伯爵。その煙管、見てみてもいいかね?」
ハイドリヒ教授は興味津々といった様子で、煙管に熱い視線を向けていた。
「構わない」
「ありがとう。では失礼して」
教授は煙管を手に取って、舐め回すようにじっくりと観察する。
「ほほう。これは金に黒漆に、鼈甲も使われているのかね? 素晴らしい。ぜひ仕入れ先を聞きたいものだね」
「あの、ないとは思いますけど、仕込み銃ではありませんわよね……?」
「違うよ、これは普通の煙管だ。ただ見たところ普段使いしていないようだが、貴殿は喫煙しないのかね?」
「私はしない。その煙管は……娘の形見でね」
しん、と。
静寂と共に思い空気が流れる。緊張感からではない、気まずさからだ。
「……失礼、返却するよ」
丁寧にハンカチで拭いてから、粛々とガビンズ伯爵へ煙管を返すハイドリヒ教授。
「そういえばガビンズ伯爵には、一人娘がいたんだっけ? ねぇ、カトリーヌ侯爵令嬢〜」
「どっ、どうしてわたくしを見るのですかっ! ミゲルさんっ!」
ガビンズ伯爵には、カトリーヌ侯爵令嬢と同世代の娘がいた。それも、妻の忘れ形見となる娘が。
生きていれば婿を迎え、孫の一人や二人連れていたかもしれない。
やけにカトリーヌ侯爵令嬢に突っかかっていたように見えたのは、娘を思い出して、だろうか。
(ガビンズ伯爵の娘の死因は、病死だ。だが、治す術はあった。あったが……)
ジョセフの祖国が滅んだことで、その術はなくなってしまった。
(我が祖国、セルピナ公国は癒しの加護を持っていた。流行り病程度、加護の恩恵を受ければ娘も助かっていただろうに)
それが、ガビンズ伯爵がランテレス王国に反旗を翻す動機。
十年前。議会の制止など聞かず、リチャードの父たる先王は侵攻を強行した。だが侵攻し切ったところで、癒しの加護を手にすることなどできない。
あれは、セルピナ公国の祭司でなければ使えないのだから。
その結果、侵攻戦争は多くの命を奪っただけでなく、未来の命まで奪う結果をもたらした。得られたものといえば小さな領土と、かつて精霊が住処としていた湖で――今は近寄ることも難しい、毒の沼だけ。
ガビンズ伯爵はその愚かさに、絶望したのだ。
(やはり、ランテレス王国は滅ぼさなければ。大義? 理念? 正当性? 信念? 知ったことか)
これは、残された者の復讐劇。
(その為には、不利益となることは排除しなくては)
◇
深夜。
絢爛な寝台の中で、リチャードが規則正しい寝息を立てていることを確認したジョセフは、人知れず寄宿舎を抜け出す。
そしてクローゼット(部屋)の衣服群に紛れ込ませていた真っ黒な外套を身に纏うと、ドネリー子爵の屋敷へ侵入した。
音を消し、闇に紛れ、誰の目にも留めさせず、土足でドネリー子爵の寝室へ踏み入る。
ドネリー子爵は大きなトランクにありったけを私物を詰め込み、逃亡を図ろうとしている最中であった。それを阻止するため屋敷のあちらこちらに王国騎士が配備されているというのに、愚かなことである。
「だっ、誰だきさ……!?」
ドネリー子爵が言い切る前に、ジョセフは彼の喉を鷲掴みにした。
「家族さえも捨て、亡命を考えていましたか?」
囁くように、ジョセフは小さな小さな声で言う。
「情報漏洩を心配しているのでしょうか? ご安心ください、ドネリー子爵。……後始末は、俺が務めます」
みしみし、……ゴキン!
暖炉の火が揺らめく寝室の中で、枝葉が揺れる音に紛れ鈍い音が響く。
(手間をかけさせる)
泡を吹き、首をあらぬ方向で曲げたドネリー子爵をジョセフは冷ややかな目で見下ろした。ジョセフとしては首吊りか服毒を選んで欲しかったし、その準備もしていたのだが――騒ごうとしたのだから仕方がない。
証拠を消す手間が増えた。ジョセフはジャケットの下に隠していたナイフを取り出す。
そして斬首を、断行した。
心臓が止まり切っていない血管からは噴水のように赤が溢れ出し、ジョセフの痕跡を埋め尽くす。
次いで真っ赤に染まった外套を暖炉に放り込んで燃やし、灰となるのを見届けた後、何食わぬ顔で屋敷を後にした。
誰も彼も気付かない。
子爵夫人も三男坊も使用人も騎士も、気配さえ掴めない。
当主が、闇に葬られたことに。
奇しくもリチャードの宣言通り、メインディッシュは斬首となったのだった。
◇
晩餐会から数日後。
社交界はドネリー子爵の悪行と猟奇的な死に様の話題で持ち切りであった。
屋敷や農園の財産、更に爵位は没収され、三男坊含む元子爵家は王都を追い出された。当主に責任を問えなかった以上、一族まとめて極刑にされてもおかしくなかったが、王太子の温情が入ったとのことだ。
ちなみに見事、証拠を看破したハイドリヒ教授も注目の的となり、あまりの鮮やかさに「王太子と結託していたのでは」「答えを教えられていたのでは」「あらかじめ細工を施していた可能性は」とあることないこと噂をする者が続出した。
それを受けたハイドリヒ教授は「王太子の公平さを疑う者だけ口を開け」という文言を新聞記事に載せさせて以降、所長室に籠っている。学園でも研究所でも視線が集まるようになってしまい、居心地が悪いのだろう。
他にもランテレス王国に歯向かう不届き者はいるのだろうか。
王太子は罪を憎んで人を憎まない寛大な方だ。
同じように貴族の務めを怠って没落しないよう、我が身を振り返らなければ。
王国の未来は安泰だ。
王国の未来は不安だ。
などと、王都は好奇心と緊張感と邪推が渦巻き続けている。
それでも朝日は、今日も昇る。
「リチャードさま、起きてください」
「何だ、ジョセフ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
これはプロローグで、偽物リチャードの正体探りはここからになるのですが、ひとまず晩餐会がどう決着したかまでは書けたので公開させていただきました。
第一話の流れから納得いく展開に書けたかなぁ?(どきどき)
書き上げられたらコンテストに応募したいなと考えておりますので、残りはまとめて投稿しようかと考えております。
それではまた、近いうちにご縁ができることを願っております。




