第四話 他人任せの末路
(仕込み銃……!?)
ジョセフの喉がひりつく。
銃の小型化が進んでいる情報はジョセフも得ている。杖やカトラリーに銃弾を発砲する機能をつけられた、という情報も。
だが煙管にまで仕込み銃がある話は初耳だ。
社交界を渡り歩く侯爵令嬢の情報網、そこに偽りはないだろう。またそのような珍品の中の珍品も、ガビンズ伯爵ならば手に出来てしまうという嫌な説得力がある。
「肝心の煙草の葉は持っていないようですし? どうして煙管をお待ちなのかしら? まさか、都合よく葉を切らしたとしでも?」
扇の代わりに手で口元を隠し、くすくすと笑を零すカトリーヌ侯爵令嬢。
確かに煙管はあるのに煙草の葉がないのはおかしい。ガビンズ伯爵は喫煙以外の理由で煙管を所持していることとなる。というか、そもそも彼は喫煙者ではない。ジョセフはそれを知っている。
「ねぇ、ガビンズ伯爵。じっくり見させて頂いても?」
「……それは」
ふと、ガビンズ伯爵は言葉を詰まらせた。
そのまま目を伏せ、目元に影を落とす。
(ガビンズ伯爵? なぜ言い淀む?)
初めて見せる彼の及び腰にも見える挙動に、ジョセフの焦燥は募る。
(仕込み銃など、持ち込んでいないだろう? 貴方はそのような、迂闊なことはしない人間だ! 早く潔白を……!)
「……構わない。使ってみてくれてもいい。尤も、この煙管に使う細刻み煙草は、この場にはないがな」
たっぷりと間を置いて、ガビンズ伯爵はようやく顔を上げた。
そしてそのまま「特殊な煙草の葉を使う必要があり、気楽に使用できない」と返した辺り、流石の切れ味だ。なぜ一瞬、気落ちしたのかわからないが、この調子ならば失言することはないだろう。
「そう言うカトリーヌ侯爵令嬢の香水は、この場で使えるものなのだろうか?」
「っ、勿論です!」
言い返されたカトリーヌ侯爵令嬢はかっと顔を赤くすると、香水を手に取って自分に吹きかけてみせた。これは無害だと、身をもって証明したのだ。
「ほら、ご覧なさい! まだ疑うというのなら、貴方もどうぞ使って!」
ずい、と強気に香水を突き出すカトリーヌ侯爵令嬢。
やり返せたと思ったら全くやり返せていなかった為に、半ば自棄になっている気がするものの、潔白の証明として実際に使ってみるというのはそれなりに有効である。
「あっ、あっ、あのっ!」
それを見て真似たくなったのか、今までずっと沈んだ表情をしていたドネリー子爵が吃りながら席を立った。
「使ってみるという話でしたら! よろしければ、シガレットも使ってください!」
そのまま彼は子爵家の紋章が大きく刻まれた、金属製シガレットケースを手にすると、シガレットを一本一本、自らの手と足でゲストたちに配り始める。
「これは現在主流の嗅ぎ煙草に代わる、紙巻き向きの新しい煙草でして……っ!」
(この局面で商材の話をするか? 信じられん)
空気が読めないにも程がある。ジョセフは呆れた。
ドネリー子爵なりに誠実さと潔白を表現しているのかもしれないが、どう見ても自家の商材を売り込みたい欲求が先に来ている。元々、晩餐会に来た目的の一つが宣伝なのかもしれないが、どう考えてもそれを実行するのは今ではない。
(配るとしても慧眼を持つハイドリヒ教授だけでいいだろうに。成り上がりは妙なところで誇示欲があるな。これも庶民から見れば商魂逞しい、と感心される、のか?)
ジョセフが冷めた目で大食堂を眺める中、ドネリー子爵のシガレットはゲスト全員に配られた。ちなみに主催者たるリチャードには配られていない。ランテレス王国では十七歳は未成年で、喫煙も飲酒も認められていないからだ。
自慢の商材。本当ならば三男坊を経由して献上したかったのも、シガレットだったはずだ。代替案として香油にしたのだろう流れが目に浮かぶ。
別に本音が幾ら欲に塗れていても構わないのだが、それを悟られないレベルにオブラートに包むのが社交術というもの。三男坊が社交下手なのは親譲りだったらしい。
「…………」
ゲストが実際にシガレットへ火を付け、煙を吸い始める最中。ハイドリヒ教授は無言でシガレットの紙を取り外し始めた。真っ白いテーブルクロスの上に刻み煙草が広げられる。
更には、葉を一掴みすると口に入れてしまう。
突然の奇行に、ドネリー子爵がぎょっと目を瞬かせた。
「ハイドリヒ教授!? そちらは口に含めることは前提としてなくてですね……!」
「む……」
ふと、ハイドリヒ教授の片眉がぴくりと動く。
「ドネリー子爵、この煙草は新種なのだね?」
「え? えぇっ! 品種改良を重ねた末の成果となります!」
葉の違いに気付いてくれたことが嬉しいのか、ドネリー子爵は自慢げに胸を張った。
「この色にこの臭い、そして味……」
しかしハイドリヒ教授は剣呑な表情のまま、
「トリップ・ハーブが、含まれているね」
べ、と煙草を手の平に吐き出して、断言した。
直後、ジョセフの頭は真っ白になる。
トリップ・ハーブ。
それはランテレス王国では使用が固く禁じられている、中毒性の高い危険薬草だ。
つまりこれは紙巻き煙草ではなく――
(……ジョイント!?)
紙に巻かれただけの、違法薬草。
「失礼! ロニエットをお借りする!」
仰天したのはガビンズ伯爵も同じだったようで、彼にしては珍しく声を荒げ長机のロニエットを手に取る。
そしてシガレットの紙を破くと、所持者の許可を得る前にロニエット越しに葉を凝視した。
「……確かにこれは、サドバ帝国で採れるトリップ・ハーブの特徴そのまま……! それが八割型混入している! ……これでは、シガレットとは呼べないな」
刻まれている為に葉の形はわからなくなっているが、色や臭いは変えられない。
ハイドリヒ教授に続き、貿易商として幅広い知見を有するガビンズ伯爵が断言してしまえば、ドネリー子爵の弁明は難しくなる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいな! トリップ・ハーブの輸入は禁止されていませんこと!?」
顔を青ざめたカトリーヌ侯爵令嬢が上擦った声で言った。
「警備の目を掻い潜る方法など、幾らでもあるのだよ。刻んだ状態で他の葉に混ぜてしまうのも手であるし、種をほんの数粒持ち込んで、栽培すれば増殖は可能だね」
「あぁ〜。僕も火炎魔石(※禁止物)の欠片をポケットに入れて、王国に持ち込んだことあるなぁ」
「ちょっと!?」
「あっ、やっば失言。今は魔石、灰になっちゃっているからだいじょーぶ〜」
「そういう問題ではないですことよ!?」
別方向の爆弾発言がミゲルから投下された気がするが、今は流すとして、ジョセフはドネリー子爵に開いた口が塞がらない思いを抱いていた。
(あいつ、底抜けの馬鹿なのか?)
危険薬物を密輸をした挙句、煙草に含ませそれを何食わぬ顔で売り捌いていたなど。
しかもその確固たる証拠となるジョイントを、他の誰でもないリチャードの前に持ち込んでいたなど。迂闊と言うべきか危機管理がないというべきか。
愚にもつかない。
「ゆ、輸入などしていません! この煙草は新種で! 我が農園で栽培したものを使っています!! き、きっとどこかで混入してしまったのでしょうっ!」
「それはそれで大問題だぞ、ドネリー子爵」
「トリップ・ハーブの依存性は害悪そのもの。厳しく制限されているのには理由があるのだよ?」
「ともかく、私は知りません! 農園を管理しているのは農夫で、奴が悪いんだ! それとも私を唆そうとわざと混入させたのか!? けしからん! 即刻、罰せねば……!!」
(馬鹿)
憤り悪態を吐くドネリー子爵に、ジョセフは内心で舌打ちした。
(なおのこと始末に負えん)
本気で腹を立てている様子から、ドネリー子爵がジョイントのことを把握していなかったのは本当だろう。
つまり農園の管理が杜撰なうえに、自慢の商材をろくに精査していなかったということ。
――鼻が悪いのか勘が悪いのか知らないが、どちらにせよ駄目だな。それとも賄賂の選択は他者に任せているのか?
――だとすれば、最悪だ。
今朝、リチャードが三男坊へ言い捨てた台詞が思い起こされる。
とことん他者任せなど、最悪だ。
「ドネリー子爵が当たり、で話まとめていいですかねぇ?」
張り詰めた空気の調子を狂わせる、ミゲルの呑気な声が大食堂に響く。
「危ない葉っぱを使うのは擁護できないですよねぇ。しかもそれを王子サマの前に持ち出して、煙に当てようなんて! 悪どいですねぇ」
「ちが、違う! 私は……! ガビンズ伯爵にハイドリヒ教授! 貴方方は結託して、私を陥れてようとしているのでしょう!?」
「実は顔合わせは今日が初めてでね」
「示し合わせる時間などない」
しれっと冷たく言い放つハイドリヒ教授とガビンズ伯爵。
実際、ハイドリヒ教授は研究所か学園にいることが多く、社交に顔を出すのは珍しい。ガビンズ伯爵に限らず、この晩餐会で初めて対面したゲストは多いことだろう。
「私たちが間違えているかどうかは、調査すればすむこと。言い訳は裁判所でよいでしょう」
「この場にトリップ・ハーブを持ち込んだのは事実なのだからね。しかもそれを流行らせようとしていたのは、民を薬漬けにし堕落を目論んでいたと思われても何らおかしくない」
「わたくし、トリップ・ハーブが原因で滅んだ小国の話を聞いたことがありますわ。恐ろしいこと」
然りげ無くカトリーヌ侯爵令嬢が追撃している。敵視している者の意見だろうと、それが正しいと思えば彼女も賛同するようだ。
「ドネリー子爵が、反逆者の烙印を押すのに相応しい。私からは以上だ」
トドメを刺すかの如く、ガビンズ伯爵が言った。
大食堂が、水を打ったかのように静まり返る。
「素晴らしい!!」
直後。
満面の笑みを貼り付けたリチャードが立ち上がり、惜しみない賞賛と共に万雷の拍手を送る。
「皆様! 見事、私の望んだ正解を引き当ててくれましたね!」
「そんな、リチャード殿下! わた、私、私は……っ!」
青ざめ、狼狽し、言葉を詰まらせ、手を忙しなく開閉し。
最後には足をもつれさせながら駆け出し、ドネリー子爵は大食堂から逃げ出そうとした。
完全にパニックを起こしている。放っておいても、どうせ近衛兵に押さえ込まれてしまうだろうが――
「ジョセフ」
命令を受けたのならば、従うまで。
「はっ」
次の瞬間には、ジョセフはドネリー子爵の腕を捻りあげ、廊下の床に押さえ付けた。
目にも止まらぬ速さで押さえ付けられたのが堪えたのか、ドネリー子爵は床にうつ伏せになったまま、震えていた。




