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王太子が偽物と入れ替わっていることに、俺だけが気付いている  作者: 天海二色
第一章 晩餐会のメインディッシュは、斬首

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第三話 反逆の物証を持っているのは、誰?

「ジョセフはもう喋るなよ?」

「はっ」


 リチャードに釘を刺されたジョセフは「差し出がましい真似をしました」と頭を下げ、大きく後ろに退いた。

 その位置は、リチャードの死角。それでいて、列席者からは彼の延長にジョセフを見える。パースで言う消失点。

 ここならば、リチャードに気づかれず怪しまれず――アイコンタクトを送れる。


(ガビンズ伯爵、ドネリー子爵。どうにか切り抜けてくれ)


 そう願いながらジョセフが顔を上げたと同時に、長机の左端――ガビンズ伯爵と視線が合った。

 コツ、コツ。

 彼はフォークの柄を、さりげなく二度叩く。

 応答。

 しかし長机の右側。ドネリー子爵は俯いたまま、ジョセフの方を見ようともしない。焦点の定まらない視線が、ただ宙を彷徨っている。

 恐らくリチャードの顔を見たくないが故の挙動なのだろうが――その臆病さに、ジョセフは急激に熱が冷めていくのを感じた。


(三男坊といい、駄目だな。アレは)


 外敵へ拠点の提供。

 つまり外患誘致という、露見すれば死刑待ったなしの反逆を企てている身で、どうしてリチャード一人に怯むのか。


(確か子爵が反逆に加わった動機は、領地の拡大と特需景気を見越した荒稼ぎだったか? どうでもいいがな)


 切っ掛けはなんだっていい。だが関わった以上、裏切ることも逃げることも許されない。立場も名誉も命もかなぐり捨てなければ、反逆などなし得ないのだから。

 それとも、戦争に一枚噛んで利益を得られたらそれでいいという、半端な覚悟しかなかったのだろうか。

 ざらりとした感情が、ジョセフの奥底に流れ込む。

 協力者を失うのは痛手だ。よってジョセフは従者という、大食堂をある程度自由に動ける立場から、最大限手を尽くそうと考えていた。

 だが、その労力をドネリー子爵に注ぐのは効果的ではなさそうだ。

 そこでジョセフは両手を腹部の前で組む、という模範的な待機姿勢を取りつつ、右の人差し指でさり気なくハンドサインを作る。


(ドネリー子爵は、いざとなれば切り捨てる。ともかく自分が切り抜ける方法を見付けてくれ。俺も可能な限り助力する)


 コツ。

 ガビンズ伯爵が一度だけ、フォークを叩いた。

 承認。


(伝わったか。頼んだぞ、ガビンズ伯爵)


 ジョセフはガビンズ伯爵を固唾を飲んで見守る。

 当のガビンズ伯爵は一息置いたところで、すっと静かに右手を挙げた。


「リチャード王太子、よろしいですか?」

「何でしょう、ガビンズ伯爵。正解がわかりましたか?」

「いいえ、それはまだ。しかし先程ヒントを頂けたので、それを活用しようかと」


 ヒント。

 それは先程ジョセフがリチャードから引き出した、「揺るぎのない正解が存在します」という言葉を指している。やや強引にでも問い掛けたのが功を奏したようだ。


「正解があると断言された以上、私は第三者が見ても反逆者とわかる物的証拠がある、と推測いたします。よって、ここは推理もののセオリーに従い、持ち物検査をしてみるのはいかがでしょうか?」


 無難ながら効果的な正攻法である。

 しかしそれに対し、不服を申し立てる者が現れた。


「持ち物検査なんて……。近衛兵が既にすましているでしょうに」


 凝った編み込みウィッグを付け、レースとフリルがふんだんにあしらわれたドレスを身に纏った女性。

 カトリーヌ侯爵令嬢。

 王都有数のブディックのパトロンであり、社交界のファッションリーダーだ。今も扇をはためかせているように、小物を多く所持している為、取り出すのが面倒なのだろう。


「しかし近衛兵の検査は目視で、凶器を押収する程度。精密検査をした訳ではありません」

「それで問題ないと判断されたのは事実でしょう?」

「例えば。――香水の中に毒が仕込まれていたとしても、気付けない」


 ガビンズ伯爵の指摘に、カトリーヌ侯爵令嬢が目の色を変える。

 香水は男女問わず所持しているものだが、持ち歩き小まめに使用するのは女性の方が多い。

 つまり、


「っ、わたくしを反逆者扱いする気ですか!?」

「可能性の話をしたまでです」


 ガビンズ伯爵は両腕を組み、背もたれに体重を預けた。威風堂々とした態度。対するカトリーヌ侯爵令嬢は動揺が顔に出ていて、周囲には不審に映る。

 ガビンズ伯爵は知命(五十歳)、カトリーヌ侯爵令嬢は妙齢という、親子ほどに離れた歳から来る場数の差が顕著になった結果かもしれない。

 ただしそこで助け舟を出したのもまた、ガビンズ伯爵であった。


「香水でなくとも液体状の物……。そう、万年筆のインクにも毒は仕込むことができる。そうでしょう? 教授」

「そうだね」


 教授と呼ばれ、短く頷いたのは王国一の錬金術師だ。

 名をハイドリヒ。

 王立研究所の所長兼、王立学園の教授を務めている。彼は薬学にも精通した有識者で、三十代という若さながらリチャードの言う「知恵者」を具現化したような男である。

 このゲームも、ハイドリヒ教授の協力ありきでの展開を求められている、と推測される。


「著名な毒だったら、この場で鑑別でるよ。リチャード王子の公平さを信じるのならば、未知の毒や機材がなければ鑑別できない毒はこの場にはない。と判断していいだろうね」

「信じられますか!」


 ハイドリヒ教授に向け、カトリーヌ侯爵令嬢は柳眉を逆立てて叫んだ。


「押収物に隠し持っていた毒を仕込み、でっち上げられたら堪りません! わたくしは反対です!!」

(チッ。気付いたか)


 意外と目敏いなと、心の中で舌打ちを打つジョセフ。

 カトリーヌ侯爵令嬢が口にした案は、ジョセフがこの場を切り抜ける手段の一つとして考えていたものだ。だがたった今、使えなくなってしまった。


(警戒されてしまった以上、隙を見て仕込むのはできないな。まぁ毒の用意などないから、精々、胃液を付着させ苦味による疑惑を深めさせる程度だが)


 ゲストの中にも毒など持ち込む愚かな人間はいないだろう。そもそも、リチャードの想定する反逆の証拠が毒とも限らないが。

 立食式ならばともかく、晩餐会は一品一品、給仕の手で運ばれて来る正餐式。仮に毒を所持していたとして、元より仕込む隙などない。


(だが『証拠品は毒だ』、という空気が出来上がってしまっているな。一度、疑い出すと簡単には止められないか)


 こうなってくると水掛け論だ。毒を仕込んだ、仕込んでいない。冤罪だの謀略だの言い合うばかりで、一向に終息しない。

 日付けが変わるまで不毛な議論を続けさせ、反逆者探しを有耶無耶にするのもありだが――ジョセフがチラリとリチャードの様子を窺ったところ、組んだ指で手の甲を忙しなく叩いている。本物が不機嫌な時によくしていた仕草だ。

 だが、ここにいるのは偽物。放っておけば何をしでかすかわからない。ならば早急にゲームを終わらせるのが最善だろうと、ジョセフは一歩前に踏み出した。


「リチャードさま」

「ははっ、そう急かすな。優秀すぎるのも考えものだな」


 小声で耳打ちすれば、リチャードはそれだけでジョセフの言いたいことを察したようで、近場にいた近衛兵を適当に呼び付ける。


「廊下に水槽があっただろう? それを持ってきてくれ」


 ややあって、近衛兵二人の手により、四角い水槽が大食堂に運び込まれた。

 水槽の中では、学園が管理している観賞魚が十数匹、優雅に泳いでいる。


「皆さん、毒味役を用意いたしました。冤罪を主張する方は、こちらで潔白を証明できるでしょう」


 議論で解決しないことには、物理的な解決策を用意するに限る。その点はリチャードに同意だ。

 ジョセフは満足げに頷くと一歩下がり、定位置につく。


「ただ私としては、この可愛い小魚ちゃんを苦しませないまま終わりたいところですが……」

「……!」


 憂いを帯びた表情で呟いた、リチャードの言葉。それを聞いたジョセフは目を見開く。

 これは、ヒントだ。


(露骨な動物愛護主張が気色悪くはあるが……。この場に毒はない、と言っているも同然。『正解』は、別にある)

「持ち物検査ですむのなら幾らでもぉ」


 ジョセフが冷静に分析しているなか、呑気な声で喋ったのは痩躯の男性であった。

 彼は魔術師ミゲル。魔術師が集う王立魔法研究所……通称、魔塔の主でもある。

 ミゲルはだらしなく着た燕尾服のポケットの中身を取り出し、気楽に長机に並べ始めた。

 内容物はキャンディに鳥の羽、小枝や石塊など、未就学男児がその辺で収集していそうなものが主だ。魔術の補助に使う杖や魔石の類は大食堂に持ち込めず、近衛兵へ預けているのだろうが、それにしたって成人男性の所持品とは思えない。


「いやぁ、僕は杖がなければ女児よりもか弱い身。ここで悪さをするとすれば、皆さんの前で大声で詠唱を唱えるしかない訳でぇ」

(運動不足と寝不足と粗食を主とする不摂生を改善すれば、もう少しまともになるんだろうがな)

「そしたら魔術を発動させる前に近衛兵にしょっ引かれて終わりでしょう? なのでこれで身の潔白が示せるかなぁと」


 そう言ってへらへら笑うミゲル。

 彼は不健康を具現化したような見目をして、目の下に濃いクマを作り、猫背で細身。筋力も体力もないというのは誰が見てもわかる。

 これが杖を持てば王国一の戦闘力を発揮するのだから、わからないものだ。


「叩いても出る埃なんてないですかねぇ。あ、フケは出るかも?」

「ちょっとっ!」

「失礼、レディの前で下品でしたね。ははは」


 不快感を露わに睨んできたカトリーヌ侯爵令嬢に、ミゲルは悪びれる様子もなく笑って流す。

 呆れるほどに能天気なミゲルだが、彼が率先して所有物を提示してきたことで、他のゲストも続々と持ち物を長机に並べだした。この流れにカトリーヌ侯爵令嬢も逆らうことはできず、渋々といった様子でまず扇を長机中央に突き出す。

 そうして陳列されたのは、懐中時計。万年筆。手帳。扇。香水。ロニエット(※眼鏡)。ハンカチ。指輪。ブレスレット。紙巻き煙草(シガレット)。葉巻。嗅ぎ煙草(スナッフ)。燐寸。パイプ。タンパー。煙管(キセル)。カフスボタン。タイピン。

 どれもこれも、何の変哲もない小物。不審なものはない。

 ちなみにステッキや傘といった嵩張る――武器となりそうな長物は近衛兵が預かっているので、提示しようがない。


(果たしてこの中に、確固たる証拠は存在するのか否か)


 ジョセフは長机を注意深く観察する。危険物と言えば燐寸だろうか。

 油があれば火災に繋げられる――が、ここは大食堂で今は晩餐会。キッチンの出火や蝋燭の延焼の対策は徹底している。最悪、近衛兵が水の魔術で消火すればいい為、脅威というには弱い。

 となれば、液体が入っている小物から精査するのが順当かと考えていると、ふとカトリーヌ侯爵令嬢が口を開いた。


「あら。ガビンズ伯爵、煙管とは珍しいですね」


 彼女の視線の先には、ガビンズ伯爵が取り出した煙管だ。

 パイプと異なり細長い形状のそれは、ランテレス王国では珍しい東国由来の喫煙具。

 とは言え貿易商を営むガビンズ伯爵ならば、珍品を所持していたとして何らおかしくない。

 だがカトリーヌ侯爵令嬢は訝しげな目をガビンズ伯爵に向けたまま、


「わたくし、知っていましてよ? ――煙管の中には、仕込み銃が存在する。と」


 大食堂の空気を凍らせる発言を、投下した。


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