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王太子が偽物と入れ替わっていることに、俺だけが気付いている  作者: 天海二色
第一章 晩餐会のメインディッシュは、斬首

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第二話 愛国心という名の人質

(……。冷静に思い返してみても、俺は俺が反逆者たる証拠は一切残していない。捏造さえされなければ、いや捏造されたとしても、切り抜けられる自身がある。『俺を選んだ殿下の洞見を疑うのか』とでも言えばいいのだから。……となるとやはり、リチャードはゲストを摘発しようと?)


 ゲストの中で、ジョセフと通じている反逆者は二人いる。

 貿易商を営むガビンズ伯爵と、大農園を持つドネリー子爵だ。

 ドネリー子爵は今朝、リチャードへ接触してきた三男坊の父親。香油を贈るよう三男坊に薦めたのも、恐らく彼だろう。


(ランテレス王国の西は海に面している。()()を呼び込む為にも、港の占領は必須。その計画を成立させるには――彼らの協力がいる)


 ジョセフの背中に嫌な汗が流れる。

 仮にリチャードが彼らの反逆を見抜いているとして、この場で指摘されるのは避けたい。何せここには他国から招かれた要人もいるのだ。

 斬首を回避できたとしても、疑惑の種を植え付けられてしまえば後々の根回しに響いてしまう。


「リチャードさま、悪い冗談は控えた方がよろしいかと。ゲストが困惑しています」


 ひとまずリチャードの発言は冗談ということにして、ジョセフは場を収めようとする。

 今ならばまだ、ゲストもお茶目として流してくれるはずだ。若気の至り。暴力性に惹かれる思春期の現れとして、受け流してくれる。ゲストに酒が回ってきたら、笑い話に変えることさえ可能――


「冗談な訳ないだろう」


 だが、リチャードは退かなかった。

 彼の声は真剣そのもの。視線も真っ直ぐ正面を向いていて、まるでゲストを威嚇しているかのようだ。

 ガタリ

 そこで、席を立ち上がる者が現れる。ドネリー子爵だ。彼はわかりやすく顔面蒼白となっていた。どうやら、リチャードの眼光に怯んでしまったらしい。


「ドネリー子爵、どうしましたか?」


 リチャードが問う。


「い、いえ。その、急用を思い出してしまったといいますか……っ」

(馬鹿)


 狼狽えるドネリー子爵に、ジョセフは内心で舌打ちした。


(挙動不審になれば尚のこと、怪しまれる。後ろめたいことがない人間は堂々と……。……いや、この空気のなか、平常心を保っていられる方が異常か?)


 よくよく見回してみれば、顔を青くしているのはドネリー子爵だけではなかった。

 ゲストの大半が困惑し、息を詰めている。

 王太子に絶対的な忠誠を誓っている近衛兵でさえも、視線を泳がせ、呼吸を乱している者がいる。

 リチャードが「メインディッシュは斬首」などとグロテスクな発言したのだ、大食堂が異様な雰囲気に飲まれるのは何もおかしくない。ドネリー子爵の狼狽は寧ろ真っ当な反応かと、ジョセフは考えを改めた。


「急用? 使いで済む用事でしたらお申し付けください。近衛兵を向かわせます」

「いやっ! リチャード殿下の手を煩わせるようなものでは……っ!」

「ほう? 大した用事ではないと?」


 リチャードは薄く笑う。


「では後に回せばいいじゃないですか。言い訳には私の名を使っても構いませんよ? 晩餐会の招待はひと月前から決まっていたことです。ここにきて予定が狂うなど、まずない。仮にあったとして、私に告げればいいのです。そしたら私も納得するでしょう。――私よりも優先されるべき急用が、本当に存在するのならば」


 そして畳み掛けるように、退路を絶ってくる。

 逃亡は許さないと言っているようなものだ。

 宣言通り、この場で反逆者を炙り出す気らしい。だが同時に、遊び半分で鼠を追い込む猫のような加虐性も滲み出ている。

 ドネリー子爵もその異様な空気に飲まれ、今にも悲鳴をあげてしまいそうだ。このままではいつ綻びが出るかわからない。

 宥めるふりをして接近し、気絶させてしまおうか。ジョセフが逡巡した――その時。

 ドネリー子爵が突然、声を荒げた。


「っ! お言葉ですが、リチャード殿下!」


 そのまま彼は演説者のように腕を振り上げ、必死に訴える。


「殿下の独断でこの学舎を血で汚すのは如何なものかと! それも裁判さえ挟まずにとなれば、暴君となじられても反論できませぬぞ!?」


 尤もな意見だ。

 ゲストにざわめきが広がっていく。それに混じり頷く者や、同調する声をあげる者も現れた。

 リチャードを否定的に捉えるこの空気でゲームを強行しようとすれば、多くのゲストが席を立つことになるだろう。

 そして晩餐会での出来事は噂と言う名の情報交換によって、瞬く間に社交界に広まり、リチャードは「嗜虐的な狂人」の烙印を押されるに違いない。

 場合によっては、王太子という盤石な立場が失墜することもあり得る事態だ。


(計画上、リチャードには恙なく戴冠式を迎えて欲しいものだが……。こいつは偽物だ。敢えて失脚させ、表舞台から退場させるのも手か? ……いや、下手に政界をかき乱されては俺も動きにくくなる。本物の現状を突き止めるまで、こいつには『理想の王太子』でいて貰わなければ……)

「暴君……。それは、駄目だな」


 ジョセフが思考を巡らせていると、リチャードは不意に俯く。

 そのまま顎に手を当てて、彼はぶつぶつと独り言を呟き始めた。


「私が目指すのは、名君だ」


 その声音は思い詰めたような、影を帯びた響きをしている。


「うん、よし、斬首はやめよう。裁判も挟む。そうすれば民を納得させられる」


 考えが纏まったらしい彼は、そこでパッと顔を上げた。

 そして胸に手を当て、柔らかな笑みをゲストに向ける。


「わかりました。ドネリー子爵のおっしゃる通り、裁判もなしに斬首は早急でしたね」


 狂気に塗れていない、理知的な王子の姿。

 やっと正気に戻ってくれたのかと、ドネリー子爵を始めとするゲストは表情を綻ばせ、大食堂に安堵の空気が流れていく。

 が、


「市中引き回しに変更しましょう」


 その一言で、空気は再び凍り付いた。


「リチャード王太子、それもいかがなものかと……!」

「そうです! 市中引き回しなど、旧時代の蛮習に過ぎませぬ!」

「いずれ王になる者として、品格を保ち……!」


 受け入れられないと、ゲストが口々に拒絶をしたその時、


「どうして」


 バンッ!

 突然、リチャードが両手で卓を叩いた。

 手つかずのワイングラスが甲高い音を立てて揺れる。


「どうして貴方方は、我が祖国に仇なす存在に寛容になれるのですか」


 低く、唸るような声。

 ――怒っている。

 ごくり、と誰かが喉を鳴らし、その気配が連鎖した。


「王国を愛していないのですか? それとも愛したうえでその程度の、矮小な存在だと!?」


 瞳に激情を灯らせたリチャードは、椅子が倒れるのも構わず勢いよく立ち上がる。


「私は王になる者として! この国を、民を傷付ける者を許したくない!! 幼児が戦火に怯えることなく眠れる平和を保ち、末永い繁栄を築きたい!!」


 高らかに掲げられる理想は次第に熱を帯び、大食堂の空気を押し上げていった。

 その姿は、民衆を前にした演説者だ。


「ですから今! ここで!!」


 一拍。

 リチャードは、すう、と息を吸う。


「危険の芽を、摘みたいのです。平和に文化的に、そして民への啓発も兼ねるとなると、市中引き回しが最も優れている。……お分かり頂きましたか?」


 最後は声を静かに落とし、冷静に淡々と、ゲストへ理解を促す。

 リチャードは理路整然と、結論を積み上げてみせた――ように見せた。

 実際のところ、内容に合理性はない。何なら随所に矛盾さえ孕んでいる。

 だが愛国心に訴えた言葉の羅列は感情を揺れ動かし、理屈を飛び越え、ゲストへ浸透していく。

 その結果、大食堂にはじわじわと賛同の空気が広がり始めた。


「確かに。不届き者が本当にいるのでしたら、処罰はしませんと」

「えぇ。この場にいると言われると、考えるだけでゾッとします」

「皆で見付けられたら、裁判で言い逃れもできなくなるでしょうし……。良い手かもしれません」


 ぽつり、ぽつりと。

 沈黙を保っていたゲスト達が、自らを納得させるように同意を口にし始める。

 以降、反対の声をあげる者は現れない。

 ドネリー子爵もそれ以上の抗議は諦め、唇を引き結んだまま自席へ戻った。


(……こいつ)


 その最中(さなか)、ジョセフは奥歯をギリギリと噛み締め、


()()()()()か!!)


 リチャードの真意を悟ったのだった。


(グロテスクでセンセーショナルな斬首など、ゲストに理解が得られるはずなどない! 端から断られることが前提の案だったか!!)


 極端な案を先に提示する。そして拒絶させた後、妥協案として次善策を差し出す。

 典型的な譲歩的要請法ドア・イン・ザ・フェイス

 ここに愛国心まで絡められてしまえば、反対は難しい。

 もしも異を唱えれば、忠誠を疑われる。反逆者と決め付けられる可能性すらある。

 そうして押し通した、市中引き回し。

 権威を見せ付け、外敵を牽制する。一瞬で終わる斬首よりも確実に着実に、王都中に圧力を掛けられる合理的な手段。


(何が平和に文化的に、だ! 反逆者探しも市中引き回しもイカれている! なのに誰も止めやしない!!)


 完璧なまでに、リチャードに主導権を握られてしまった。

 その化けの皮の下が一体、誰なのか。依然とわからないが――


(こいつは、敵だ)


 復讐計画を根底から覆しかねない、底知れぬ脅威。

 それだけは、確かだ。

 だがリチャードの支配下におかれた今、もはやゲームを取り下げることはできない。ジョセフはポーカーフェイスの下で必死に思考を動かす。


(こうなったらいっそ、反逆者を保守(現王権)派の人間に擦りつけてしまおうか? だが事前準備もなしにでっちあげるのは、流石に厳しいな……)


 そもそも、どうゲームを転がすつもりなのだろうか。

 そこでジョセフは倒れた椅子を直すついでに、何気ない調子でリチャードに問い掛けた。


「リチャードさま、一つよろしいですか?」

「何だ、ジョセフ」

「ゲームという形式を取る以上、明確にクリアできる方法がある……と考えてよろしいのでしょうか?」

「そのことか。お前がわざわざ言わずとも皆、気付いていただろうに」

(絶対、違う)


 ジョセフは内心で即、否定する。大食堂が静まり返っているのが何よりの証拠だ。

 反逆者探しを受け入れたはいいもののどう動けばいいのかわからず、互いに視線を探り合うばかりで具体的な一手が出ていない。

 硬直状態だ。


「せっかちな従者が楽しみを奪ってしまい、申し訳ありません」


 固まり切った空気を解すように、リチャードは温和な笑みを浮かべて言う。


「このゲームには、“揺るぎのない正解”が存在します。皆様なら必ずや辿り着けるでしょう。どうぞ遠慮なく話し合ってください」


 そして彼が再び椅子に腰を下ろしたと同時に――ゲームは、本格的に動き出した。


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