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王太子が偽物と入れ替わっていることに、俺だけが気付いている  作者: 天海二色
第七章 戴冠式と戦火

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第五話 道化師のパフォーマンス

 歓声は悲鳴に、拍手は逃げ惑う人々の靴音に塗り潰された頃。

 ジョセフはバルコニーの中で、事態の深刻さを悟った。


「……ノエルさま」


 そして消え入りそうな声で、尊き人の名を呼ぶ。


「ノエルさま、ノエルさま……!」


 焦燥に突き動かされ、ジョセフはふらつく身体を叱咤して、どうにか立ち上がった。

 だが、足元が覚束ない。

 頭を打ったせいか、視界がひどく揺れている。耳の奥では、遠くで鐘を鳴らしているような耳鳴りが続いていた。


「無理矢理にも、即位を認知させるとは。……こうなってしまった以上、彼を殺すしかないな」


 その時、冷ややかな宣言がリチャードの口から発せられ、ジョセフの血の気が引く。


「それは、駄目だ、絶対に……」

「ジョセフ、しかしだな」

「駄目だと言っているだろう、リチャード……!」


 焦りと苛立ちから、ジョセフが思わず声を荒げた時、


「リチャード? 今、リチャードって言ったか?」


 ドカッ!

 部屋の扉をぶち破って、サイラスがバルコニーにやってきた。


「坊ちゃん、そこにいるんですか!」


 破壊された扉の向こうから、チリーノも「王子さま〜」とひょっこり顔を覗かせる。


「あれ? 坊ちゃんいないじゃないか。ジョセフ、どこにいるんだよ」

「それよりジョセフ、頭に怪我をしているよ!? あわわっ! 冷やさないと、冷やさないと〜っ!」


 ジョセフの頭部の腫れに気付いたチリーノは、慌てた様子でバルコニーに駆け寄ってくると、杖を振り翳し氷塊を生成。

 そのまま容赦なく、ジョセフの患部に当てた。「冷たっ」とジョセフは顔を顰めたものの、チリーノは無視して押し付けている。


「サイラス、チリーノ。いいところに来てくれた」


 一段落したところで、リチャードは二人に声をかける。


「ジョセフを頼む」

「はい?」

「えーと……?」


 揃ってリチャードを、正確にはノエルの体を見た二人は戸惑った。

 二人からすれば今のリチャードは、近衛兵の衣装を身に纏った、見知らぬ男でしかない。


「その、どちら様ですか?」


 チリーノが首を傾げる。リチャードは一瞬だけ言葉に詰まった。

 が、すぐに咳払いをひとつ。


「んんっ! 私はリチャード殿下より直命を受けた者だ!」


 そして胸に手を当て背筋を伸ばし、堂々と言い切った。


「負傷した彼の保護を頼む!」

「えっ、あっ、はい……?」

「お、おう?」


 王者の風格さえ感じる毅然とした人物を前に、二人とも反射的に頷く。

 その隙に、リチャードはジョセフへ向き直った。


「では、ジョセフ。私は行く」

「待て」


 ジョセフが手を伸ばす。未だ頭が揺れる彼はそれにより体勢を崩し、石床の上に倒れ伏した。


「待って、くれ……」


 それでも、縋るようにリチャードを見上げ、懇願する。

 しかし、リチャードは止まらなかった。ノエルの元へ向かうため、脇目も振らずに走り出す。


「リチャード……!」


 必死に呼び止めようとした声も、もう届かない。

 彼の背中は、あっという間に廊下の向こうへ消えていってしまったから。


「リチャード?」


 サイラスが呆然と呟く。

 チリーノも目を丸くした。


「えっ、えっ? さっきの人が、リチャードって……? ねぇ、どういうこと……!?」


 二人は揃ってジョセフへ詰め寄る。だが、ジョセフは何も答えられなかった。

 ただ遠ざかっていく足音を聞きながら、喉が潰れそうになるほど叫び、嘆く。


「あの人を、殺さないでくれ……っ! どうか、どうか……!」


 普段のジョセフからは想像もつかない、取り乱した姿だった。

 チリーノが顔を青ざめさせる。


「ジョ、ジョセフ……」


 何が起きているのか分からない。けれど、目の前の友人が尋常ではないことだけは分かった。

 するとサイラスが、きっ、と表情を引き締める。


「しっかりしろ、ジョセフ!」


 そして膝をつき、倒れ伏したジョセフの肩を両手で掴んだ。

 ぐらりと揺れる身体を支えながら、真正面からその目を覗き込む。


「お前が何か抱え込んでいるってこと、こっちはとっくに知ってんだよ! そりゃお前は昔からパーフェクト人間だし、貸しを作るのも嫌なんだろうけどさ!」


 ジョセフはリチャードに十年以上の時、仕えてきた。

 それと同時にリチャードの遊び相手であったサイラスも、十年来の付き合いがある。それだけの時を共に過ごせば、どれだけ心の内を隠そうとも何かしら伝わるというもの。


「そんな追い詰められてるんなら頼れ! 言いたいこと全部言え! ……こんな時ぐらい甘えろよ、馬鹿!!」


 ジョセフの瞳が揺れた。

 何かを言おうとして、唇が震える。けれど、言葉は出てこない。

 これまでずっと、自分一人で何とかしてきた。暗殺者として復讐者として、自分の力だけを信じ、他者を利用することはあっても当てにすることはなかった。

 そうやって、甘えることを忘れてしまった。

 だが最早、自分の力ではどうしようもできない。無力な子供も同然。

 その事実に直面して、とうとう耐えきれなくなったジョセフは、こらえていた涙がぼろぼろと両目から溢れた。


「……助けて」


 そして、幼子が親に縋るように——切願した。


「いいよぅ」


 その時。

 真上から、場違いなほど呑気な声が降って来る。


「困っているんでしょぉ?」


 ふわふわと、雲のように柔らかく大きなクッションの上に乗って、空を揺蕩うその人——ミゲルは、死者の軍勢が血の海を作っている現状に似つかわしくない、締まりのない笑みを浮かべていた。


「その代わり。僕を放置していた分、楽しませてねぇ?」


 ◇


「はぁっ、はぁっ……!」


 途中、何度か足をもつれさせそうになりながらも、リチャードは化粧室に戻っていた。

 凍り付いた扉は開いていて、難なく入ることができる。だが、既にそこにノエルの姿はなかった。

 代わりに、燃えるような赤いドレスに身を包んだ婚約者、ソフィアが、氷の槍の中心に立っている。


「ソ、ソフィア……」


 ついいつもの調子で名を呼び、慌てて手で口を覆うリチャード。

 今の自分はノエルの体なのだと言い聞かせ、改めてソフィアと向き合った。


「ソフィア姫、リチャード殿下の居場所を知っておりますか?」

「……貴方が、リチャード殿下ですね」


 ソフィアの凛とした瞳が、リチャードを射抜く。

 見抜かれている。それも、確信を持って。


「ソフィア、どうして……」

「話は後です。貴方にはやるべき事がある」


 ソフィアは凛然とした姿勢を崩さないまま、戸惑うリチャードの手を引き、大鏡の前に導いた。


「王都が死者の国へ堕ちかけています。どうか、民を導いてください」

「しかしソフィア。私の体は今、別人となっていてだな」

「関係ありませんよ、リチャード殿下」


 ふっ、と。年頃の少女のように、ソフィアが柔らかく微笑む。


「貴方は、どんな姿でも貴方ですから」


 リチャードを、信じ切った目で見詰めて。

 政略結婚を前提として婚約を結びながら、少しずつ交流を通し、恋を重ねてきた相手。

 彼女の期待に応えられぬようでは、愛想を尽かされてしまうことだろう。

 リチャードは不敵に笑った。


「ではここで一つ、男を見せようか」


 ◇


 コツ、コツ、コツ。

 ノエルは一歩一歩、宝剣を杖代わりにして、螺旋階段を登っていた。ゆっくりと時間をかけて登った先にあるのは、王城の最上階。

 城本体よりも高く突き出た大塔の天辺である。

 そこには円形の小さな広間があり、壁はなく、柱だけが屋根を支えていた。

 つまり、王都一帯を一望できる。

 ノエルは早速、重い体を引き摺って柵まで移動をすると、王都を見下ろす。


「……うん?」


 そこで顔を顰めた。

 燃え上がる家屋や、真っ黒な煙、血の海が見られると思っていたのに——それがない。

 街道を埋め尽くす泥人形の姿を得た死者の軍勢は確かに暴れ狂っていて、無辜の民を蹂躙している。だが予想よりもずっと被害が小さい。

 ——反乱軍が、抵抗をしている。

 本来、王国を転覆する役目を担っていた筈の者達が、死者らを屠っている。


「余計なことを……。放っておけば、いいものの」


 ランテレス王国を滅ぼしたい気持ちは同じ筈だ。なのに何故、逆らうのか。邪魔をするのか。ノエルには理解できなかった。

 ——彼は預かり知らぬことだが、反乱軍は王都を守る為に戦っているのではない。

 レギオンが反乱軍の奮起に気付いた王国側の攻撃だと誤認され、反発しているに過ぎないのだ。

 ——一人の伯爵の、情報操作によって。


「誰も彼も惨たらしく死んで、生きとし生けるもの全ての息が絶えればいいのに……」


 そう願っているのは、自分だけだったのだろうか。

 ノエルは奥歯を噛み締める。


「……いいや。違うだろう、ジョセフ」


 セルピナ公国の末裔。

 彼だけは、復讐を理解してくれる。


「大丈夫だよ。ジョセフ。君は殺さない。生き延びさせる。そして見届け、伝えてくれ。私の、悲願を……」

『遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!』


 そこで、ノエルの言葉を遮るように、高らかな声がどこからともなく響き渡る。


『我が名はノエル・オルレアン! セルピナ公国の公子である!!』


 リチャードがノエルの体を使って、演説をしている。

 恐らくノエルが行ったように、大鏡を介して各所の鏡に伝達をしているのだろうが、一部の人間を除き、どこの誰とも知らぬ人物の言葉など誰にも届かないだろう。ノエルは失笑した。

 だがリチャードの口は止まらない。


『とは言え、だ! 私が誰かなどどうでもいい! 今より語るリチャード殿下の言付けのみに耳を傾けよ!』


 彼は声を張り上げる。


『今問うべきは()()()()()()である! 刮目せよ! 己が役目を見誤るな!!』


 王都中から聞こえていた悲鳴が、段々と小さくなっていく。


『死に飲まれたくなくば抵抗しろ! 逃げるもよし、戦うもよし! ただしこの混迷を切り抜けられるは、自分の力だけだと心得よ!!』


 そしてリチャードが演説を言い切った直後、闘志に溢れた喚声が轟き、大塔まで届いたのだった。





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