第三話 復讐劇の幕開け
ノエルを中心として、床一面に薄氷が走る。
そして白く染まったそこから、鋭く尖った氷の槍が次々に形成され、天井へその切先を向けた。
「何っ!?」
槍の群れを受け、堪らず後退するリチャード。
しかしジョセフはその身が氷槍に裂かれ、肩や腕から出血しようとも、ノエルの側から離れなかった。
「ノエルさま、手当てを! 傷を、見せてください……!」
「必要ないよ、ジョセフ」
そう言って、ノエルはふらりと立ち上がる。
宝剣が抜かれ、剥き出しとなった足の傷口は、凍らせることによって止血をなしていた。
その傷だらけの足を動かし、ノエルはジョセフと向き合う。
虚ろな双眼が、ふと、怪しく光る。
「ノエル、もうよせ!」
彼の背後では、リチャードが鞘ではなく剣を持ち駆け出していた。氷の槍の間を縫うように走り、己の体を、明確な覚悟を持って両断せんと迫る。
だがその前に、ノエルはジョセフへ手を伸ばし——詠唱を一つ。
直後、発動した魔術によって手中から突風が放たれ、直撃したジョセフは後方へ大きく吹き飛んだ。
「う……っ!?」
突然のことにジョセフはなす術なく宙へ浮き、真後ろにあった窓へ衝突する。
ガシャンッ!
舞い散るステンドグラス。だがガラス一枚程度で衝撃を殺せる訳もなく、ジョセフは外へ投げ出された。
ここは王城の五階。地上から二十メートルの高さがあり——まともに落下をすれば、命はない。
「っ、ジョセフ!」
するとリチャードはすかさずジョセフの後を追い、城外へ飛び出した。
ノエルの復讐の阻止も、王太子としての使命も、何もかもかなぐり捨てて。
「……あぁ、やっぱり。君は彼を選ぶんだね」
そうして一人になったノエルは、寂しげな笑みを浮かべた。
『リチャードさま!』
折よく、扉の向こうから殿下の名を呼ぶ声が響く。近衛兵だろう。だがノエルは返事を返さない。
『リチャードさま、ご無事ですか!? 異常事態に気付くのが遅れて申し訳ありません!!』
ドンドンと、扉を激しく叩き、近衛兵は扉を開けようとしている。廊下の警備が皆、眠っていたのだとか、言い訳も聞こえるが、その全てをノエルは聞き流した。
それどころか凍結を強化し、扉を氷で固く覆ってしまう。
そうして何人たりとも人を寄せ付けなくしたノエルは、足を引きずるようにしてゆっくりと前進をする。
そして表面に霜が付着した大鏡の縁を、鷲掴みにした。
◇
「ジョセフ! おい、ジョセフ! しっかりしろ!!」
自分の名を呼ぶ声が聞こえる。痛む頭にガンガンと響く。背中からも鈍痛を感じる。固い感触から、真下にあるのは石床か。
「今、治癒を施している! じきに血は止まる!」
薄らと目を開ければ、蒼白となったノエル……いや、ノエルの体にいるリチャードが、治癒の魔術を発動させながら必死に声を張り上げていた。
状況を把握しようと、ジョセフは視線を横に動かす。血のこびり付いた石の手摺りが視界に入った。どうやら自分はすぐ下のバルコニーに落下し、手摺りに頭を打ちつけてしまったらしい。お陰で意識が飛んでしまった。
とは言え、さほど時間は経っていないはず。ジョセフは痛みを押して無理矢理に体を起こした。
「待てジョセフ、お前は安静に……!」
「……リチャード、なぜ追いかけてきた。ノエルさまを放って。お前はあの方を、救うことだけ考えろ……!」
湧き上がる怒りをぶつけながら、ジョセフはリチャードの手を払いのける。
頭の出血は止まった。腫れと熱は残っているが、気にしている暇はない。まだ間に合う。戴冠式が行われるのは大聖堂。王冠が安置されているのもそこだ。
ノエルが王城にいる間に、決着をつけなくては——
『レディースアンド、ジェントルマン! 紳士淑女の皆さま!!』
その時、どこからかノエルの声が響いた。
『本日は私の戴冠式にようこそ、お集まりくださいました!』
姿は見えない。
周囲の人々も、彼の声がどこからともなく聞こえてくることに戸惑い、どよめいている。
拡声器を使っているのかと思ったが、それも違う。そこでハッとしたジョセフは、胸ポケットから手鏡を取り出し蓋を開ける。
そこには、ノエルの姿が映っていた。
「投影魔法……!? それも無差別にだと!? そんな離れ業、常人では不可能では……っ」
「……いや。宝剣を持っていれば可能だ」
苦々しい表情を浮かべて、リチャードは言う。
「宝剣には魔石が多数、埋め込まれている。それは王家の人間の魔力を増幅させる。……魔鏡を占拠することも、可能だろう」
推察する間にも、ノエルは大鏡を介しあらゆる魔鏡を乗っ取り、演説を広めていっている。
『国民の皆々様、その大半の方は! 私が王冠を被る瞬間を目にすることができないでしょう。ですので! 今ここで! ……予行として、お披露目して差し上げます』
鏡の中のノエルは不敵な笑みを浮かべ、その手に銀のティアラを持つ。
ランテレス王国が誇る王冠よりもずっと小さなそれの中心には、青い宝石——セルピナ公国の秘宝、ラピスラズリが嵌め込まれていた。
彼は秘密裏に、自分だけの冠を作っていたのだ。
亡き故郷に想いを馳せながら。
『さぁさぁ皆さん! ご照覧! 国王陛下リチャード・レイヴンズクロフトの誕生を、お見逃しなく!!』
そっと、優しげな手付きでノエルは自ら、ティアラを乗せた。
ワッと、城壁の向こうから歓声が上がる。
城内からも戸惑いがちな拍手が巻き起こった。
誰も彼も、最悪の事態に陥ったことに気付いていない。
『ありがとうございます、ありがとうございます! 本日は最高の一日と致しましょう!!』
国王陛下万歳! 王国に栄光あれ! 国王陛下万歳!
無邪気な讃歌があちらこちらから湧き上がるなか、
『さぁ、終わりを堪能いたしましょう?』
ノエルは、冷ややかな目を鏡越しに向けてきた。
『レギオン』
魔法陣が刻まれた舌を、口から覗かせて。
『——フィナーレの、幕開けにございます』
最悪の魔術が、発動する。




