第三話 善は急げ
「レギオンを、ノエルがか!?」
「……あぁ」
驚愕の表情を浮かべるリチャードに向け、ジョセフは静かに頷く。
「そうか、私の体を使えば発動できるのか……! だが使えば遠からず死ぬぞ!? 父上もそれが遠因で命を落とした!」
「それで王国が滅ぶのならば、本望なんだろう」
同じく復讐を望むジョセフも、レギオンを使えるなら使っていることだろう。
自分の命など、とっくの昔に切り捨てている。寧ろそれ以上、生きなくてすむのならありがたい程だ。
復讐を果たした先の世界に、未練などないのだから。
「ノエルさまは俺がどれだけ言葉を尽くそうとも、実行するだろう。しかし俺はあの人に死んで欲しくない。あの人の生きる道を模索したい」
「……それほど、敬愛しているんだな」
感慨深そうに頷くリチャード。
リチャードへの忠義は微塵もない、と態度で示しているのに、彼はなぜか嬉しそうだった。
「それにしても、だ。俺が公国民と知りながら、よく俺にコンタクトを取ろうと思ったな。サイラスやチリーノ、またはソフィアさまの方がよかったんじゃないか?」
「ソフィアに関しては、巻き込みたくない思いもあったが……。どんな経緯を辿ろうとも、まずお前を引き入れなければノエルと会えないだろう?」
「……」
確かに、とジョセフは納得しかける。中身が誰であろうともジョセフは王太子の従者であり、護衛。王太子に接触しようとする者は全て把握し、時には撃退する。
身元不詳な身分となってしまったリチャードから見ると、ジョセフはノエルと接触するのに最大の障害だ。
しかし逆にジョセフにさえ話を通せば、ノエルとの面会は途端に容易になる。
「それから、秘密裏に動きたかったのもある。ノエルが禁術を使用したことが公になれば、例え大公家の人間だとバレなくとも殺されてしまうからな。それは絶対に避けなければならない。その点、お前は上手く立ち回ってくれるだろう?」
信頼を孕んだ金色の瞳が、真っ直ぐジョセフを見詰めた。
偽りだらけの男を信用している、など、頭が沸いているのかと、ジョセフは呆れる。
「加えてもう一つ。反乱軍に目を付けられることも、避けなくてはならない」
リチャードの口から出た、反乱軍という言葉。
ジョセフは体を強張らせる。
「……知って、いたのか」
「王国に蔓延る不穏な動きくらい、掴んでいるさ」
涼しい顔で話すリチャードは「反乱軍の存在など些事」と言っているかのようで、ジョセフはギリと奥歯を噛み締めた。
「ノエルはスウィッチという魅力的な魔術を使用できるんだ、あまりにも利用価値が高い」
(実際、俺もスウィッチを餌に『影』に色々と探らせたしな)
「それにあの晩餐会を除けば、ノエルの動きは基本的に大人しかった。これならば穏便に、人知れず片をつけられるのではないかと、今まで画策していた訳だ」
カトリーヌ嬢には本当に世話になったよと、リチャードは微笑む。
「とは言え、彼がレギオンを使う気ならば……始末するのも、視野に入ってくる」
しかし次の瞬間には、彼の顔から表情は消えていた。
「お前の体だろう」
「私の体だからこそだ」
国民の為ならば自らを犠牲にすることも厭わない。
皆が敬愛する、賢王の鑑。
だがこの事態に陥ったのは、彼の迂闊さが原因だ。ジョセフは怒りのまま問い詰める。
「そもそも、お前が単独行動をするからこんなことに……! どうして一人でノエルさまに会いに行ったんだ! 変装をしてまで!!」
「……それは」
不意にぐっと、言葉に詰まるリチャード。
どこか悲しそうに眉を下げ目を伏せ、先程までの堂々とした振る舞いから一変、か細い声でこう言った。
「私が、臆病だったからだ」
意味がわからない。矛盾している。
身の危険を回避するのに、単独行動は最もかけ離れた行動だ。
第一、リチャードから接触する必要さえない。権力のままにノエルを呼び出せば、それで済んだというのに。
一体何に怯えているというのか。
「何? 重々しい空気ね」
張り詰めた空気に包まれた控え室。その出入り口たる扉の隙間から、恐る恐るといった様子でカトリーヌ侯爵令嬢が頭を出した。
使用人から報せを受け、タウンハウスから来てくれたらしい。
「カトリーヌ嬢、よく来てくれた」
「ご無沙汰しております、カトリーヌさま」
「あっ! 貴方、やっと来たわね!?」
カトリーヌ侯爵令嬢はジョセフの顔を見るや否や、不機嫌な表情を浮かべるとすたすたとジョセフの前まで歩く。
そして閉じた扇でジョセフの肩をぺしぺしと叩いた。
「どうしてわたくしの誘いを何度も無下にしたのよーっ!」
「も、申し訳ございません。まさかリチャードがここにいるなど思いもせず……」
最近まで身動きが取れなかったリチャードに代わり、情報を集め、ジョセフへ声をかけ続けていたのは彼女だ。
ちなみにリチャードの正体を知ったのは、マーティンの死体発見後。スウィッチの存在が貴族に伝えられたのを機に、リチャードは打ち明けたのだと言う。
「……晩餐会で背筋が凍る思いをして、禁術が体にある殿下を匿い続けて、わたくしが幾度、不安に押し潰されそうになったか……」
スカートの裾を握り締め、肩を震わせるカトリーヌ侯爵令嬢。
リチャードを完璧に演じるノエルが権勢を振るうなか、本物の立場はすこぶる弱い。どれだけ本物だと、体が入れ替わっていると主張しても、相手にされない可能性は大いにあった。
それどころか虚偽を申し立てたとして、カトリーヌ侯爵令嬢諸共、処罰を受けていたに違いない。
「苦労をかけてすまない、カトリーヌ嬢」
「早急に入れ替わりを解消しよう。リチャード、スウィッチは使えるな?」
「あぁ。今の私には魔術に関する記憶があるからな。ノエルと対面すれば、条件を満たせる」
魔法陣を刻み込んだ者同士で触れ合い、詠唱すれば——入れ替わりは解消される。
「そこで、だ。カトリーヌ嬢に特製の馬車を用意して貰った。防音性が高く、多少暴れてもびくともしない物をな」
ニヤリと口角をあげるリチャード。満足に身動きが取れない間でも、準備は進めていたらしい。
馬車は謂わば動く密室。秘密裏に事を済ませるには最適だ。
得意げになっているリチャードの後ろでは、カトリーヌ侯爵令嬢が「そこそこ費用かかったのよ?」と小言を言っているが。
「つまり、その馬車へノエルさまをお連れするのが俺の役目か」
「理解が早くて助かるよ」
「わかった。今夜、ノエルさまを薬で眠らせ外へ連れ出す」
「こ、今夜っ!?」
カトリーヌ侯爵令嬢が驚愕で上擦った声をあげた。
「せ、性急じゃないかしら?」
「いいえ、カトリーヌさま。ノエルさまは聡明ですから、こちらの動きに勘付かれる前に動いた方がよいのです」
「私もジョセフに賛成だな。よし、時間帯や待機場所など、細かく詰めるとしようか」
そうしてリチャードとジョセフは手短に、それでいて要点を完全に押さえた打ち合わせを重ねると、ジョセフは店を出た。
後は夜まで待てばいいだけ。時が来れば全て解決できる。
(……これで、ノエルさまは死なない)
寄宿舎へ続く街道を歩きながら、ジョセフは拳を握り締めた。
(こんなこと、あの人の望む結果ではないだろう。だが、いいんだ。復讐は、俺が必ず果たす……)
「ジョセフ!」
寄宿舎の屋根が見えてきた辺りで、誰かに名を呼ばれる。
チリーノであった。彼は顔を真っ青にしながらジョセフの元へ走っている。只事ではない気配を感じ、ジョセフは身構えた。
「チリーノ? どうした」
「が、が、学園の結界がっ! 寄宿舎がっ!」
「落ち着け。深呼吸だ、チリーノ」
肩を激しく上下に揺らし、息を切らし、チリーノはどうにか言葉を紡いだ。
「学園に暴徒が入り込んで、寄宿舎に火を、放たれたんだ……!!」




