第一話 暗殺者の再会
ドアマンに導かれるまま、ジョセフは店舗の裏口から控え室に案内された。
そこはVIPを接待する為の個室で、ソファやローテーブルは勿論、調度品も全て高価な物で揃えられている。
防音も、完璧なことだろう。
ジョセフは警戒しながらソファに腰を下ろす。
正面にはドアマンが座った。店員の姿はなく、二人きり。含みを感じる状況である。
「ジョセフさまですね」
「知っているのか」
「えぇ。お嬢さまから話は聞いております」
お嬢さま、と言うのはカトリーヌ侯爵令嬢のことを指していると思われた。
「リチャード殿下からの使いでしょうか? 確かに、そろそろ薬が切れる頃合いでしょう」
「回りくどい。要件は手短に言ってくれ」
探り合いなど時間の無駄だ。
ジョセフが本題へ切り込むと、ドアマンは愉快そうに口角を緩めた。
「この顔に、見覚えは?」
そう言って彼は、シルクハットのつばへ指を掛ける。静かに帽子が持ち上がる。
その瞬間、押し込められていた瑠璃色の髪が肩へさらりと流れ落ちた。つばの影に隠れていた金色の瞳も、シャンデリアの光を受け月のように輝き、通った鼻筋と薄い唇が端正な輪郭を際立たせる。
凛々しさと儚さを併せ持った顔立ち。
幼い頃に羨望の眼差しを向けていた彼が、大人となった姿。
「ノエルさま……!?」
ジョセフは瞠目した。
「ということはお前まさか、リチャードか!?」
「ふっ。話が早くて助か……」
「魔法陣はどこだ!? 見せろ!」
「うおっ」
探していた人物の出現に、ジョセフは辛抱ならずソファから立ち上がる。
そしてローテーブルに膝をついて身を乗り出してきたものだから、ドアマンは「落ち着け」と彼の肩を手で押し、下がらせた。
「そう急かすな。ここにある」
そう言うとドアマンは左腕の裾を大きくまくり、腕を露出する。そこには真っ白な包帯が巻かれていた。
その包帯を解けば、素肌に刻み込まれた魔法陣が曝け出された。リチャードの舌に刻まれた魔法陣の術式と、完全に同じだ。
スウィッチの魔法陣。
「……本当に、リチャード、なのか……」
ノエルの体と、リチャードの魂。
縋り付いていた、微かな希望。
するとそこでドアマン——リチャードはニヒルな笑みを浮かべた。
「そうだ。必要ならお前と寄宿舎を抜け出し、闇闘技場で暴れた話をしてもいいが……」
「要らん」
「摘発の証拠を掴もうと、二人で匿名戦士として参加しただろう? 確かお前――」
「要らんと言っている」
ぴしゃりと言い切るジョセフに、肩を竦めるリチャード。
「その人をおちょくる態度、リチャードに他ならないからな」
「判断基準そこなのか? 全く……」
裾を戻しながら、リチャードは苦笑した。
「それにしても、ノエルさまか。——セルピナ公国の愛は深いな、ジョセフ」
その言及に、ジョセフはぴくりと眉をひそめる。
「ノエルさまの記憶を読み、知ったのか」
「まぁ、そんなところだ」
「……ふん」
ジョセフは不快感を露わにすると、腕を組んでリチャードから視線をそらす。
平時ならば徹底しているリチャードへの敬語を取り払った理由は、これだ。
どうせ今更、取り繕うとも、出自や身分、名前を偽っていることを知られてしまっている。仮に滞りなく入れ替わりが解消したとして、偽りだらけのジョセフが従者を続けられる訳がない。
だから、開き直った。
「一つ訊ねよう。ノエルは王になることを望んでいるか?」
「……何?」
「ずっと様子を窺っていたが、随分と熱心に政をこなしているみたいじゃないか。しかも完璧に私をこなしているものだから、誰も入れ替わりに気付かない」
リチャードは少し寂しそうに笑う。
「特にジョセフ。お前は現状の方が嬉しいんじゃないか? ノエルの障害となる私を、始末したいのではないか?」
「何を馬鹿なことを言っているんだ!」
バンッ!
衝動のまま机を叩き、ジョセフは声を荒げる。
「言いたいことは色々あるが、このままでいい訳ないだろう!? 早くノエルさまに体を返せ!!」
「そ、そうなのか? あと奪われたのは私の方なんだが……?」
「生きていたのならばさっさと動け! 今までどこに油を売っていたんだ!!」
「落ち着け、ジョセフ。さっきから敬意が皆無になっているぞ? せめて敬称をつけろ、敬称を」
「別に今は王太子の体じゃないからいいだろう」
「うーん、不敬」
独自の理論で口調を改めないジョセフに、肩を竦めて苦笑するリチャード。
「信じてくれるかわからないが、私も好きで油を売っていた訳ではない」
「ほう? 先に俺が半年も駆けずり回っていた苦労を事細かに話してやろうか?」
「待て。冷静になれ。そしてこれを見て欲しい」
そういうとリチャードはしゃがみ込み、右足の革靴を脱いだうえでズボンの裾を持ち上げ始めた。
曝け出されたのは素肌ではなく、ヘーゼルブラウンの色をした木材。足首にはマリオネットのような球体関節も付けられている。
彼の右足は、膝下全てが——義足だった。
「まともに歩けるようになるまで、半年かかったよ」
そう語るリチャードの顔には、苦労がにじみ出ている。
ドアマンとして控え、ジョセフを案内した時、動きに関する違和感は全くなかった。相当、訓練を積み重ねたのだろう。
「カトリーヌ嬢の名を使うか、匿名でお前に手紙を送ろうかとも思った。だが、カトリーヌ嬢を経由すればノエルに怪しまれる。匿名でも、手紙を辿って潜伏場所を叩かれでもしたら、あっという間に捕まってしまう」
「潜伏、していたのか」
「そうだ。八月三十日。あの日からずっとな」
「……何があった」
ソファに座り直し、ジョセフは真顔で問い掛ける。
そこですっと、リチャードの表情から笑みが消えた。そして彼は、事の経緯を重々しく語り出す。
「ノエルを見かけたのは偶然だった」




