第四話 教授のアドバイス
「サイラス。あの日、路上演劇を見かけなかったか?」
「路上演劇? 何で歌劇からそっちに話が飛ぶんだよ」
「いいから答えろ」
「横暴だなぁ。路上演劇は……見てないな。客引きは見かけたけど。カランカランってでっかくベル鳴らしてなぁ。なんか安売りしてたんかね」
「ではどこか、特徴的な者は? 眼帯をしているとか、足を引きずっているだとか……」
「大雑把だなぁ。言うて学園の近くなんだし、不審者や物乞いはいなかったぞ」
「…………」
ろくに見聞きしていない。覚えていない。
それを受け勝手に期待し勝手に失望するという、失礼極まりない思考に到達したジョセフは、これ以上、サイラスから情報を引き出すのは難しそうだと判断。
準備室での対話を厳重に口止めした後、解放した。
(リチャードが外出したのは昼だけ。なら寄宿舎で接触……いや、ないな。王太子がいるんだ、警備は厳重で結界も張られている。部外者は決して入れない)
ただし内側から出る分には意外と警戒されておらず、リチャードは時たま抜け道を使って寄宿舎を脱走することがあった。大抵は祭りのある夜だ。屋台を回りたいだの、花火を間近で見たいだの言って。何度、ジョセフが追いかけたことか。
(サイラスは別室で、夜の行動までは見張れない。ここまで情報が出てこないとなると、リチャードは消灯後に一人、抜け出したと考えるべきだな。そこで何があったんだ? 何が……)
がちゃり
その時、ドアノブが回り扉が開かれる。
「おや。一人でどうしたのかね?」
現れたのは分厚い図鑑を抱えたハイドリヒ教授であった。
タイムリミットだ。じきに授業開始を知らせる鐘も鳴る。もうここには居られない。
「すみません、ハイドリヒ教授。すぐに出て行きます」
「別にいても構わないよ。お茶でも飲むかね?」
「お構いなく」
「遠慮することはない。聞いたよ、体調が優れないとね。たまにはリラックスするといい。そして、僕の話し相手をして欲しい」
勝手に準備室にいたなど褒められたことではないだろうに、ハイドリヒ教授は寛容な態度で椅子まで差し出してきた。
「話し相手ですか? 俺などと?」
「卒業を控えた生徒と語らうのはおかしなことかい?」
話しながら、教授は棚に足を向けるとフラスコと三脚台、そして蝋燭を取り出す。それから引き出しから薬草も。
なんてことはない、あれはカモミールの葉だ。加えてマグカップも二つ、テーブルに並んだ。どうやらハイドリヒは実験機材でハーブティーを淹れるつもりらしい。
「特に君はリチャード王子に付きっきりで、ゆっくり話したことがないからね。いい機会だ」
「はぁ」
「君、僕の試験でわざと手を抜いているだろう」
蝋燭に火を灯しながらハイドリヒ教授は言う。
言い当てられたジョセフは目を丸くしながら椅子に座った。
「気付いていたのですか」
「抜き打ち試験は満点を取る癖に、学期試験は正答率を抑えているじゃないか」
「抜き打ち試験は公表されないので」
中間または期末試験でなければ、点数が公表されることはない。仮に公表されたとして、十問あるかどうかのテストの点数などさして騒がれることはない。
故にジョセフは小テストの類は気負わずに取り組んでいた。
「リチャード王子の顔を立てる為か。君も大変だね」
「それが俺の仕事ですので。尤もリチャードさまは聡明ですので、あまり点数調整を気にする必要はないですが」
「あぁ。どうも君は錬金術科が抜きん出ているようだね」
じっと、ハイドリヒ教授がジョセフを見つめる。
「とても残念だ。相手が殿下でなければ、僕の助手にスカウトできるというのに」
そこで水が沸騰し、水面がぼこぼこと泡立った。
中に入れていたカモミールの香りも強くなる。いつも最上級の紅茶の提供に勤しんでいるジョセフからすれば卒倒しそうなほどの手抜きだが、リチャードがいないからか精神的な余裕がないからか、さして気にならなかった。
「それどころか、ここ最近は魔術に傾倒しているようだね? 魔塔通いをしていると、カトリーヌ嬢から聞いたよ」
「えぇ? なぜそんなことを教授に……」
「誰でもいいから愚痴を言いたかったようだね」
「はぁ。魔塔には少々、調べていたことがあったので足を運んだだけです。その調査は終わりましたし、もう行くことはないかと」
「そうなのかい?」
湯気の立つカモミールティーをカップに注ぎ、ジョセフに差し出すハイドリヒ教授。
「では今度は研究所通いをするといい。授業のない日ならば休日でも、僕は所長室にいるからね」
「教授、それはオーバーワークでは?」
「研究が趣味なところもあるからね。その点だけはミゲルと同じだ」
奔放なミゲルにシンパシーを感じるのは不服なのか、ハイドリヒ教授の顔が少し歪む。尤もジョセフから見ればミゲルもハイドリヒ教授も奔放だが。
そんなことをカモミールティーを飲みながら考えていると、教授は思い出したかのように作業机の前へ移動し、鍵がかかっていた引き出しを開ける。
そして一枚の紙を取り出したかと思うと、万年筆でサインを書き込み、流れるような動きでジョセフに差し出す。
それは、王立研究所への推薦状であった。
「これを持っていれば、いつでも研究所へ入れるよ」
「ハイドリヒ教授……!? これは、駄目です。受け取れません」
「それだけ僕は本気なのだよ、ジョセフ」
教授にここまで買われているとは知らなかった。
教授の言う通りリチャードばかりを注視していて、他に意識を割かなかったから。
自分は思ったよりも視野狭窄に陥っているのかもしれない、と反省しつつ、ジョセフは遠慮がちに推薦状を受け取った。
「卒業後も、いつでも来るといい。従者を辞めたくなった時もね。いつでも歓迎するよ」
「……転職の予定はありませんが」
「君にその気はなくとも、怪我や病で続けられなくなることもあるだろう? 研究所はデスクワークも多いから仕事には困らないよ。どうかね?」
「……」
怪我。病気。
『健康な体』とは対極な状態。連想されるのはノエルだ。
彼はリチャードの体を奪う前、どこで何をしていたのだろうか?
「ハイドリヒ教授。体が多少不自由でも、演技力を活かせる仕事は、何がありますかね?」
「演技力? それも体が不自由とは、奇妙な条件だね」
ハイドリヒ教授は不思議そうな表情を浮かべながら、椅子に腰掛けると足を組む。
彼は知恵者を体現したような人物。専門外のことでも知恵を借りられるかもしれない。そうでなくとも行き詰まっている以上、他者の意見は聞くべきだろう。ジョセフはどぎまぎしながら返答を待った。
「しかし多少の不自由があろうとも、芸はできるものだよ。演技力を重視するとしたら、定番なのはやはり劇団員か。他には人形遣いや奇術師、大道芸人に吟遊詩人。サーカス団員もかね。それから……」
「サーカス団員?」
並べられた職の中で、不思議と引っかかる。
するとハイドリヒ教授は少し不機嫌そうに眉を寄せた。
「まさか、僕の助手よりもサーカスの方が気になるのかい? それが君の夢ならば止めやしないが、少々……いや大分悔しいね」
「い、いえ。違います」
錬金術師に誇りを持っている教授からすると、サーカスに軍配があがるのはいい気がしないらしい。
だがジョセフは別にサーカスに入りたい訳ではない。ただ聞き覚えがあったから、つい反応してしまったのだ。
どこで聞いたのだったか。ジョセフは額に手を当て、記憶を探る。
(……あ)
そして、思い出した。
フレデリーカ王太后の誕生日祝賀会で情報収集をしている時、サーカスの話を聞いたのだった。サーカスは低俗で庶民が楽しむもの、という価値観を持つ貴族も多い為、話題に出ることが珍しく、印象に残っていたのだ。
(以前、王都で公演したサーカスが素晴らしかったと、幾らか好評が飛び交っていたな。特に一座の花形たる道化師が……)
そこに行き着いた時、ジョセフは雷が落ちたかのような衝撃を受けた。
(——道化師!)
サーカスのパフォーマーの一人、道化師は物真似も芸のうち。演技力に通ずる。派手な衣装とカツラ、化粧で容姿を隠すのも容易。
何よりも特筆すべきは、道化師には『宮廷道化師』となれる道がある点だ。そこに身分も経歴も関係ない。
王家に気に入られるかどうかが、全てだ。
(ノエルさまは王城へ入り込む術を探していた、道化師は最適とさえ言える職だ!)
ジョセフは興奮した様子で椅子から立ち上がった。
「ハイドリヒ教授、ありがとうございます! 突っかかりが一つ、解消しました!」
「そうなのかい?」
「このお礼は必ず!」
「お礼なんて気にすることはない。生徒に協力するのは教師の務めだからね」
鷹揚なハイドリヒ教授に頭を下げ、マグカップを返却するとジョセフは足早に準備室を退室する。
昂りが抑えられない。天啓を受けたかのような心地だ。まだ答えを得られた訳ではないというのに、辿り着いたような気分になってしまっている。
それだけ、道化師はノエルの状況と望みに噛み合っているから。
(八月三十日に王都にいたサーカスを探し、団員と接触する! それが次にやるべきことだ!!)
そう結論付けた彼は、学園に潜伏している『影』の一人と接触。
頭を下げ、「サーカス団にマーティンが接触していた可能性が高く、スウィッチの情報を握っているかもしれない」とそれらしい理由を並べ、情報収集を頼み込んだのだった。




