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王太子が偽物と入れ替わっていることに、俺だけが気付いている  作者: 天海二色
第五章 揺らぐ復讐

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第二話 偽物の望み

「ノエルさま」


 ジョセフは静かに口を開いた。


「貴方は命を狙われています」

「即位を控えた王太子なんだ、それもそうだろう」

「水面下では、戴冠式に王国ごと滅ぼす計画が進んでいます」

「はは、いい気味だな」

「その際、重要視されるのは『リチャードの死体』です」


 そして暗殺計画を打ち明ける。

 だがノエルはうっすらと笑みを浮かべたままで、動揺も困惑もしていない。危機感を覚えていない。

 焦ったのはジョセフの方だ。

 彼は衝動的にノエルの肩を掴み、必死に訴えかけた。


「即刻、魂を元に戻すべきです! 彼は生きているでしょう!?」

「さぁな」

「っ! 生死がわからないのならば、王国から逃げましょう! はっ! そうです、ソフィアさまの手を借りれば亡命も……!」

「必要ない」


 ノエルはジョセフの提案を、他の道筋を、生き延びる手段を、ことごとく拒否をする。

 冷え切った目をしながら。


「私もな、滅んでいく王国が見たいんだ」

「……その前に、殺されてしまいます」

「安心しろ、君さえ味方に引き入れれば私は殺されない」


 ノエルは肩の手をぽんぽんと軽く叩き、離してくれと暗に命じてくる。

 それを受けたジョセフはゆっくりと手を離し、おずおずとノエルの様子を窺った。


「何があっても、守ってくれるだろう?」


 ノエルは、ジョセフを信頼してくれる。

 嬉しい言葉だ。天に昇ったかのような心地になれる。

 しかし、戴冠式に集う反乱軍の人数は千を超える。ジョセフの力だけでは、ノエルを守るのは不可能だ。


「貴方が望むなら全力で守らせて頂きますが、多勢に無勢では流石に分が悪い……」

「そんなことはない。時間稼ぎができれば上々だ」

「時間稼ぎ?」

「私は戴冠式で、レギオンを使う」


 その宣言に、頭が、真っ白になる。


「不死身の兵を召喚する魔術だ」

「……えぇ。俺も先日、知りました」

「そして王侯貴族も民も根絶やしにする。愉快だろう?」


 爽やかささえ覚える声音で、ノエルは楽しげに笑った。マーティンの死体を見つけた後、馬車の中で見た時と同じ笑みだ。

 ぞくりと、ジョセフの背筋が冷える。


「待ってください、ノエルさま。まさか、代償を知った上で使うつもりですか……?」


 ジョセフは震える声で問いただした。

 王都全体を蹂躙するには多くの戦力が必要だ。それはつまり、大量のゴーストを使役するということ。

 実行すれば、代償たる生命力をどれだけ削ることになるのか。下手をすれば、命を使い切ってしまうのではないか——


「私の命ぐらい構わないさ」


 だがノエルは、命など取るに足りないことだと言った。


「君も同じ思いで、ここにいるのではないか?」


 その通りだ。何も言い返せない。

 ジョセフとて、命を捨てることを前提に暗殺を計画していた。復讐が叶えばそれでいいと、生への執着などとうの昔に失っている。


「寧ろ君には生き残って貰い、王国の無惨な最期を伝えてほしいな。海の向こうまで広がれば、より溜飲が下がる」


 くつくつと、ノエルは喉を鳴らして笑う。


「……本当はな。リチャードの体を手に入れた時、私はすぐに王城へ乗り込み、凶行に手を染めるつもりだったんだ」


 ふと、ノエルは窓の外へ視線を向けて言った。

 王太子の体という最高のカードを手に入れられたのだ、王城への出入りは自由。騎士団も好きなように使え、どんな理不尽な政策もできる立場。利用しない手はない。

 だがノエルは極力、リチャードを演じ、よき王太子として振る舞った。


「しかしリチャードはレギオンという、素晴らしい固有魔術を持っていたものだから、計画を変更したんだ」


 刹那的に王国を混乱に陥れるよりも、機を待つ方が効果的だと思ったから。


「しかも従者は我が民ときた! これはいける、と確信したよ」


 幼い頃、顔を合わせた公国民。絶対的な、心強い味方がすぐ側にいる。

 それがノエルの陰謀を後押しした。


「とは言え、馬鹿正直に正体を伝えても信じて貰えないと思ってな。スウィッチ自体、禁術で存在が知られていなかったし……。だから少しずつヒントを出して、君が自力で辿り着けるようにしてみたんだ」

「……ご配慮を、ありがとうございます」


 つまりジョセフは、ノエルが用意したロードマップに沿って動いていたに過ぎなかったのだ。

 最初は晩餐会。反逆者探しと言う危機感と強烈な違和感を覚えさせ、ノエル(リチャード)の動向に注目させる。

 次に遺跡。マーティンの死体を発見させ、彼が研究していたスウィッチを周知させる。

 最後にセルピナ公国の秘宝ラピスラズリ——これは不測の事態で、後に差し出してきたカーバンクルの栞で示唆するつもりだったのだろうが、結果的にこれが決定打となった。


(全てはノエルさまの手の平の上、か)


 感嘆の息を吐くジョセフ。

 だが未だ解せない点もある。たとえ従者が公国民とわかっても、王家に仕えている状態で味方だと確信するものだろうか。王国側に回ったと受け取ってもいいだろうに、ノエルはジョセフが反逆者だと最初から知っていたように感じられる。


「ノエルさま、最後に一つよろしいですか? ……俺が反逆者側の人間だと気付いたのは、なぜでしょうか? もしや何か、気付かぬ内に粗相をしてしまいましたか?」

「そうではない。それは君が……」


 ノエルはジョセフの疑問に答えようとして、ふと言い淀んだ。


「いや、いいか」


 そして何かを飲み込んでしまう。


「ノエルさま?」

「気にするな。君が名前を変えたうえで、仇敵に忠誠を誓っているのは不自然だと思ってな。独自に調べたんだ。後見人があのマーガレット公爵夫人な点も、裏がありそうだったからな」

「そうですか……」

「ともかく君のヘマではない」


 話しながら、ノエルは目元をとんとんと指で叩いた。


「何より目、だな」


 澄んだ碧眼がじっとジョセフを見詰める。


「私と同じ、全てを壊したい目をしていた」


 その奥に、澱んだ闇が見えた気がした。


「共に滅ぼそう、——」


 ふと、音が遠退く。ノエルの口の動きだけが見える。

 故に最後の言葉は聞き取れなかったが、ジョセフの本当の名を言ってくれたのだと、動きだけでわかった。

 もう長い間使わず、馴染みが薄くなってしまった本当の名前。


(……覚えてくださっていたのか、ノエルさま)


 それだけで、この上ない多幸感に包まれる。


(ノエルさまが生きていて、志を同じくしてくれる。なんという奇跡。なんという幸運。これで計画は、盤石なものに……)


 ——しかし幸せは長く続かない。寧ろ幸せに思うほどに苦しみが増していく。

 頬が引き攣る。目尻が痙攣する。額から脂汗がとめどなく流れる。

 胃が、ねじ切れそうだ。


(生きて欲しい)


 唇を噛み締めて、必死に口を閉ざす。


(死なないで欲しい)


 これは、まごうことなきエゴ。


(ノエルさま。セルピナ公国の象徴。唯一残った、宝物)


 ノエルの本懐を無視した、我儘。

 暗殺者となった自分を棚に上げ、願望を押し付けたい、愚かな独りよがり。


「突然のことで心の整理がつかないか?」


 顔を青くしているジョセフを見て、ノエルは優しく言葉をかけてくれる。


「頭では理解できていたとしても、飲み込むには時間がかかるものだ。しばらく休め。そうでなくとも今日までずっと気を張り続け、疲れているだろう?」


 細やかなその気遣いが、慈愛に満ち溢れていたかつての姿を彷彿とさせ、逆に胸が苦しくなってしまうが。


「落ち着いたら、私の隣に立って欲しい」

「……わかり、ました」


 気持ちを整理する猶予を承ったジョセフは、うやうやしく頭を下げる。


「ノエルさまのご慈悲に、感謝いたします」


 その瞳から、光をなくして。

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