第五話 暗殺者の迷い
冬季休暇に入り、新年を迎える日が近付いてきている。
その時期、ジョセフはマーガレット公爵夫人の屋敷にいた。リチャードが国王陛下に即位すれば、彼の従者たるジョセフはこの屋敷に帰ることはそうそうなくなる。
年末年始を身内で過ごせる最後の機会になるかもしれないため、リチャード及びフレデリーカ王太后から帰省が許されたのだ。
今のリチャードから目を離すのは得策ではない。頭ではわかっている。しかし、ジョセフは王城に残ることなく帰省した。
マーガレット公爵夫人に直接、確かめたいことがあったからだ。
「マーガレットさま」
上品な調度品が並ぶマーガレット公爵夫人の私室で、ジョセフは口を開いた。
声をかけられた彼女は、吹雪く外が見える窓に背を向け、静かにジョセフと向き合う。
「……仮の、話です。もしも、スウィッチで王太子の魂が入れ替わっていて、いたとしたら……」
「あの禁術の話か。情報はこちらにも来ている」
声を震わせるジョセフとは対照的に、マーガレット公爵夫人は毅然とした態度で言葉を返した。
「中身が誰だろうと関係ない。計画は進める」
それは、ジョセフを絶望に叩き落とす答え。
「お、お待ちください。戴冠式に偽物が出たら、思い通りに行動してくれる保証が、ありません」
「それでもお前が殺せば、混乱を呼び起こせるだろう」
マーガレット公爵夫人は言う。
その為にジョセフがいるのだと。
「必要なのは王太子の死体だ。それさえあれば、計画は狂わない」
冷静で正確な判断だ。
国家転覆を主導しているだけあり、マーガレット公爵夫人には胆力と決断力がある。だからこそジョセフも彼女に従い、腕を磨き、支えてきた。
しかし、偽物の正体がもしも公子ノエルだったとすれば——
(俺に、ノエルさまを殺せ、と……?)
祖国、セルピナ公国の象徴。
慈愛に溢れた優しい方を、この手で葬り去るなど、考えるだけで血の気が引いていく。
ジョセフが顔を青くしたのを見てか、マーガレット公爵夫人は眉を顰めた。
「長年支えてきたことで、迷いが出てしまったか? それとも、親しい誰かが王太子と入れ替わっているのか?」
「……マーガレットさま、その」
「だがな、ジョセフ。我々はここまで来た。来てしまった。もう止まらない。止められないんだ」
次いで彼女はジョセフの言葉を遮るように、そして自らに言い聞かせるように、宣言をする。
どんな手段を使ってでも、復讐を成し遂げると。
——切っ掛けはなんだっていい。関わった以上、裏切ることも逃げることも許されない。
——立場も名誉も命もかなぐり捨てなければ、反逆などなし得ないのだから。
ジョセフの頭の中で、かつてドネリー子爵に対して抱いた激情が次々と浮かんでくる。
それら全ては今、自分自身に返ってきていた。
胸が締め付けられる。息が上手くできない。目の前の景色が歪む。少しでも気が緩めば、足元から崩れてしまうことだろう。
(落ち、着け。あくまで可能性で、確定、した訳では……)
「ジョセフ。この機会に話しておこう」
混乱と困惑で我を失いかけているジョセフを目覚めさせるように、マーガレット公爵夫人は言った。
「私が、王国の滅亡を望む理由を」
ジョセフはなんとか焦点を彼女に合わせ、話を理解しようと頭を働かせる。
「前線で、夫と子息を亡くしたと……聞きましたが?」
「そうだ。だが、殺めたのは誰だと思う?」
「それは、敵兵では?」
「先王の近衛兵だ」
その答えを聞いたジョセフは絶句した。
マーガレット公爵夫人の夫も子息も王家に連なる人間で、子息に至っては先王の甥に当たる。
それを近衛兵を使ってまで殺したとなれば、結果的に亡くなったと詭弁を述べる余地もない。元より外道だとは思っていたが、鬼畜でもあったとは。
「これは『影』に情報を集めさせて知ったことだ。あいつ……先王は手駒を使い、不都合な人間を排除していた」
「王位を、盤石なものにする為に……」
「違う。いや、その側面も確かにあるが、本命はそこではない」
「……?」
地位に固執しての凶行でなければ、何なのだろうか。
思考が働かないジョセフは首を傾げた。
「王家レイヴンズクロフトに伝わる固有魔術、お前は知っているか?」
「いいえ。秘術として、王家以外には秘匿されていますから」
「そう。表に出せる訳がない。あんな、度し難い魔術など」
そこでマーガレット公爵夫人は顔を歪ませる。その瞳には憎悪が浮かんでいた。
「魔術の名は、レギオン。効果は降霊」
レギオン。
それは古代語で『軍団』を意味し、また神話のエピソードから『悪霊の軍団』という意味も付随している。
降霊という効果からしても、大勢のゴーストを召喚し使役する魔術なのだろう。
「……つまり黒魔術、ということですか」
ごくり、とジョセフは唾を飲む。
不死に等しいゴーストを操るだけでも脅威だが、それが複数となればその危険性は跳ね上がる。更にレギオンの由来通り軍団が扱えるのならば、術者は一騎当千も同然。
本来ならば闇に葬るべき黒魔術が、王家の血を介し脈々と受け継がれている事実。秘匿する訳だと、ジョセフは不快感を覚える。
「あぁ」
そこでマーガレット公爵夫人はゆっくりと頷き、
「自分または眷属の手で殺めた人間を、使役できる。悪辣な黒魔術だ」
最悪に最悪を、重ねてきた。
「殺せば殺すほど、強くなる。禁術として封印されるべきもの」
「……マーガレットさま。先王が、戦争を繰り返していたのは……」
「手駒を増やす為だ」
断言されたと同時に、先王の凶行に新たな意味が付随され、ジョセフは目を見開く。
先王はひと際強い英雄願望を持っていたと、思っていた。
目に見える手柄を得る為に、戦争を繰り返したと思っていた。
その結果が、ジョセフの祖国、セルピナ王国の滅びへと繋がったのだと。
英雄願望も手柄の渇望も、間違いではない。その側面も確かにあった。
だが同時に、祖国をまるごと服従させようと考えていたなど——吐き気がする。
「それから、魔術に囚われている面もあるだろう」
マーガレット公爵夫人は続ける。
スウィッチを探究し魔塔を追放され、最後には死体となったマーティンのように、魔術に取り憑かれ、突き動かされる魔術師は大勢いる。
ジョセフからすれば知ったことではないが。
「私は最愛の夫と子を失った。しかし手を下したあいつはもういない。だが遠因たる魔術は未だ残っている。……私の体にも」
マーガレット公爵夫人は胸元に手を当て、忌々しげに言った。
「戴冠式には諸外国へ散った末端の者も王都に集まる。そこで、王家とそれに連なる存在全てを滅ぼす。——それが、私の復讐だ」
それは、ことが終われば自死をするということ。
ジョセフとてリチャード暗殺という、死を見据えた任務についていたが、彼女もまた死を前提としていたとは。
ここにきて、ジョセフは彼女の覚悟の重さを改めて思い知った。
「お話してくださり、ありがとうございます。しかしそれほど強力な魔術があるのならば、反乱軍は陛下にもリチャードにも、敵わないのでは……?」
「強力な魔術には厳しい条件と代償が伴う。条件とは、王として民に認められること。そして代償は、術者の生命力」
そこでジョセフは先王が急死した原因を悟る。
「父上、陛下は既に体力がもたない」
リチャードの繋ぎとして国王の座にいる陛下は老齢。舞踏会の時も顔見せだけで早々に退室をしていた。
一番の脅威は、リチャードだ。
「だからこそお前はリチャードを、真っ先に殺さなくてはいけない」
その時、びょおと、吹雪がひと際強く窓を叩いた。
寒い。冷たい。凍えそうだ。しかし雪も風も窓に阻まれ室内には入ってきていない。暖炉の火も絶えず燃えている。だがそんなもの存在しないかのように、ジョセフの体は芯まで冷え切っていた。
リチャードの死から逃れられない現状に、直面してしまったから。
たとえジョセフが役目を放棄し逃げ出してしまったとしても、暗殺は誰かが引き継ぐだけで、運命は何も変わらない。
復讐は止まらない。
(どうする? どうすればいい? アレが公子さまでさえなければ、いいんだ。それだけで、障害は解消される。公子さまでさえ、なければ──)
冷や汗をかきながらジョセフは必死に思考する。
(公子さまかどうか、判断できる材料は……何だ?)




