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王太子が偽物と入れ替わっていることに、俺だけが気付いている  作者: 天海二色
第四章 剥がれる化けの皮

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第五話 暗殺者の迷い

 冬季休暇に入り、新年を迎える日が近付いてきている。

 その時期、ジョセフはマーガレット公爵夫人の屋敷にいた。リチャードが国王陛下に即位すれば、彼の従者たるジョセフはこの屋敷に帰ることはそうそうなくなる。

 年末年始を身内で過ごせる最後の機会になるかもしれないため、リチャード及びフレデリーカ王太后から帰省が許されたのだ。

 今のリチャードから目を離すのは得策ではない。頭ではわかっている。しかし、ジョセフは王城に残ることなく帰省した。

 マーガレット公爵夫人に直接、確かめたいことがあったからだ。


「マーガレットさま」


 上品な調度品が並ぶマーガレット公爵夫人の私室で、ジョセフは口を開いた。

 声をかけられた彼女は、吹雪く外が見える窓に背を向け、静かにジョセフと向き合う。


「……仮の、話です。もしも、スウィッチで王太子の魂が入れ替わっていて、いたとしたら……」

「あの禁術の話か。情報はこちらにも来ている」


 声を震わせるジョセフとは対照的に、マーガレット公爵夫人は毅然とした態度で言葉を返した。


「中身が誰だろうと関係ない。計画は進める」


 それは、ジョセフを絶望に叩き落とす答え。


「お、お待ちください。戴冠式に偽物が出たら、思い通りに行動してくれる保証が、ありません」

「それでもお前が殺せば、混乱を呼び起こせるだろう」


 マーガレット公爵夫人は言う。

 その為にジョセフ(暗殺者)がいるのだと。


「必要なのは王太子の死体だ。それさえあれば、計画は狂わない」


 冷静で正確な判断だ。

 国家転覆を主導しているだけあり、マーガレット公爵夫人には胆力と決断力がある。だからこそジョセフも彼女に従い、腕を磨き、支えてきた。

 しかし、偽物の正体がもしも公子ノエルだったとすれば——


(俺に、ノエルさまを殺せ、と……?)


 祖国、セルピナ公国の象徴。

 慈愛に溢れた優しい方を、この手で葬り去るなど、考えるだけで血の気が引いていく。

 ジョセフが顔を青くしたのを見てか、マーガレット公爵夫人は眉を顰めた。


「長年支えてきたことで、迷いが出てしまったか? それとも、親しい誰かが王太子と入れ替わっているのか?」

「……マーガレットさま、その」

「だがな、ジョセフ。我々はここまで来た。来てしまった。もう止まらない。止められないんだ」


 次いで彼女はジョセフの言葉を遮るように、そして自らに言い聞かせるように、宣言をする。

 どんな手段を使ってでも、復讐を成し遂げると。


 ——切っ掛けはなんだっていい。関わった以上、裏切ることも逃げることも許されない。

 ——立場も名誉も命もかなぐり捨てなければ、反逆などなし得ないのだから。


 ジョセフの頭の中で、かつてドネリー子爵に対して抱いた激情が次々と浮かんでくる。

 それら全ては今、自分自身に返ってきていた。

 胸が締め付けられる。息が上手くできない。目の前の景色が歪む。少しでも気が緩めば、足元から崩れてしまうことだろう。


(落ち、着け。あくまで可能性で、確定、した訳では……)

「ジョセフ。この機会に話しておこう」


 混乱と困惑で我を失いかけているジョセフを目覚めさせるように、マーガレット公爵夫人は言った。


「私が、王国の滅亡を望む理由を」


 ジョセフはなんとか焦点を彼女に合わせ、話を理解しようと頭を働かせる。


「前線で、夫と子息を亡くしたと……聞きましたが?」

「そうだ。だが、殺めたのは誰だと思う?」

「それは、敵兵では?」

「先王の近衛兵だ」


 その答えを聞いたジョセフは絶句した。

 マーガレット公爵夫人の夫も子息も王家に連なる人間で、子息に至っては先王の甥に当たる。

 それを近衛兵を使ってまで殺したとなれば、結果的に亡くなったと詭弁を述べる余地もない。元より外道だとは思っていたが、鬼畜でもあったとは。


「これは『影』に情報を集めさせて知ったことだ。あいつ……先王は手駒を使い、不都合な人間を排除していた」

「王位を、盤石なものにする為に……」

「違う。いや、その側面も確かにあるが、本命はそこではない」

「……?」


 地位に固執しての凶行でなければ、何なのだろうか。

 思考が働かないジョセフは首を傾げた。


「王家レイヴンズクロフトに伝わる固有魔術、お前は知っているか?」

「いいえ。秘術として、王家以外には秘匿されていますから」

「そう。表に出せる訳がない。あんな、度し難い魔術など」


 そこでマーガレット公爵夫人は顔を歪ませる。その瞳には憎悪が浮かんでいた。


「魔術の名は、レギオン。効果は降霊」


 レギオン。

 それは古代語で『軍団』を意味し、また神話のエピソードから『悪霊の軍団』という意味も付随している。

 降霊という効果からしても、大勢のゴーストを召喚し使役する魔術なのだろう。


「……つまり黒魔術、ということですか」


 ごくり、とジョセフは唾を飲む。

 不死に等しいゴーストを操るだけでも脅威だが、それが複数となればその危険性は跳ね上がる。更にレギオンの由来通り軍団が扱えるのならば、術者は一騎当千も同然。

 本来ならば闇に葬るべき黒魔術が、王家の血を介し脈々と受け継がれている事実。秘匿する訳だと、ジョセフは不快感を覚える。


「あぁ」


 そこでマーガレット公爵夫人はゆっくりと頷き、


「自分または眷属の手で殺めた人間を、使役できる。悪辣な黒魔術だ」


 最悪に最悪を、重ねてきた。


「殺せば殺すほど、強くなる。禁術として封印されるべきもの」

「……マーガレットさま。先王が、戦争を繰り返していたのは……」

「手駒を増やす為だ」


 断言されたと同時に、先王の凶行に新たな意味が付随され、ジョセフは目を見開く。

 先王はひと際強い英雄願望を持っていたと、思っていた。

 目に見える手柄を得る為に、戦争を繰り返したと思っていた。

 その結果が、ジョセフの祖国、セルピナ王国の滅びへと繋がったのだと。

 英雄願望も手柄の渇望も、間違いではない。その側面も確かにあった。

 だが同時に、祖国をまるごと服従させようと考えていたなど——吐き気がする。


「それから、魔術に囚われている面もあるだろう」


 マーガレット公爵夫人は続ける。

 スウィッチを探究し魔塔を追放され、最後には死体となったマーティンのように、魔術に取り憑かれ、突き動かされる魔術師は大勢いる。

 ジョセフからすれば知ったことではないが。


「私は最愛の夫と子を失った。しかし手を下したあいつはもういない。だが遠因たる魔術は未だ残っている。……私の体にも」


 マーガレット公爵夫人は胸元に手を当て、忌々しげに言った。


「戴冠式には諸外国へ散った末端の者も王都に集まる。そこで、王家とそれに連なる存在全てを滅ぼす。——それが、私の復讐だ」


 それは、ことが終われば自死をするということ。

 ジョセフとてリチャード暗殺という、死を見据えた任務についていたが、彼女もまた死を前提としていたとは。

 ここにきて、ジョセフは彼女の覚悟の重さを改めて思い知った。


「お話してくださり、ありがとうございます。しかしそれほど強力な魔術があるのならば、反乱軍は陛下にもリチャードにも、敵わないのでは……?」

「強力な魔術には厳しい条件と代償が伴う。条件とは、王として民に認められること。そして代償は、術者の生命力」


 そこでジョセフは先王が急死した原因を悟る。


「父上、陛下は既に体力がもたない」


 リチャードの繋ぎとして国王の座にいる陛下は老齢。舞踏会の時も顔見せだけで早々に退室をしていた。

 一番の脅威は、リチャードだ。


「だからこそお前はリチャードを、真っ先に殺さなくてはいけない」


 その時、びょおと、吹雪がひと際強く窓を叩いた。

 寒い。冷たい。凍えそうだ。しかし雪も風も窓に阻まれ室内には入ってきていない。暖炉の火も絶えず燃えている。だがそんなもの存在しないかのように、ジョセフの体は芯まで冷え切っていた。

 リチャードの死から逃れられない現状に、直面してしまったから。

 たとえジョセフが役目を放棄し逃げ出してしまったとしても、暗殺は誰かが引き継ぐだけで、運命は何も変わらない。

 復讐は止まらない。


(どうする? どうすればいい? アレが公子さまでさえなければ、いいんだ。それだけで、障害は解消される。公子さまでさえ、なければ──)


 冷や汗をかきながらジョセフは必死に思考する。


(公子さまかどうか、判断できる材料は……何だ?)




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