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転生したら美少女だったオレ  作者: ウルティ
第二章 この世界の自分

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第六十一話 裂けはじめた教室


第六十一話 裂けはじめた教室

 翌朝、教室は同じ形をしていた。

 机も、椅子も、黒板も、窓から差し込む朝の光も、昨日までと何も変わらない。

 けれど、そこに座る人間の距離だけが変わっていた。

 貴族生徒は貴族生徒で固まり、平民や家名を持たない生徒たちは、少し離れた場所で声を潜めている。

 同じ教室なのに、見えない線が床に引かれているようだった。

 昨日、廊下で起きたレオスとダリウスの私闘。

 その騒ぎは、思っていた以上に早く学院中へ広がっていた。

 ルシェルの件でただでさえ悪くなっていた空気に、さらに火が落ちたのだ。

 大貴族の子息が、家名を持たない契約者を薬で眠らせて連れ去った。

 その翌日には、貴族生徒が平民契約者を囲み、それを止めようとした非契約者の平民が貴族を殴った。

 事実だけを並べれば、それだけの話かもしれない。

 けれど、人は事実だけでは語らない。

 そこに怒りを乗せる。

 不安を乗せる。

 疑いを乗せる。

 そして、都合のいい意味を乗せる。


「昨日の件、レオスも処分されるらしいぞ」


「当然だろ。貴族を殴ったんだぞ」


「先に手を出そうとしたのはダリウスだろ」


「だからって殴っていい理由にはならない」


「平民なら黙って殴られてろってことかよ」


「そういう話じゃないだろ」


 教室のあちこちで、低い声が交わされている。

 どの声も、真正面からぶつかるほど大きくはない。

 けれど、聞こえないほど小さくもない。

 わざと聞かせているような声だった。

 俺は席に座りながら、その空気を黙って見ていた。

 正直、気分は良くない。

 ただし、昨日までと違って、どちらか一方だけを見ていればいい話でもないと思った。

 貴族側にも言い分はある。

 平民側にも怒りがある。

 レオスはエイフィズを助けた。

 でも、廊下でダリウスを殴ったことも事実だ。

 ダリウスはエイフィズへ拳を振り上げた。

 けれど、本人はそれを「現実を教えただけ」と言った。

 どれも、嫌になるくらいこの学院の中にあるものだった。


「空気、最悪だね」


 ニカが隣の席に腰を下ろしながら言った。

 いつもなら、もっと軽く笑っている。

 けれど今日は、声の底に少しだけ硬さがあった。


「昨日より悪くなってる」


「そりゃそうでしょ。ルシェルの件だけなら、大貴族の坊ちゃんがアイリスに変な執着したって話で済ませる人もいたと思うよ。でも昨日のは、もうちょっと分かりやすいじゃん」


「分かりやすい?」


「貴族が平民を見下して、平民が殴り返した。みたいに見えるってこと」


 ニカは机に頬杖をつく。

 その目は、教室の奥で固まっている貴族生徒たちを見ていた。


「本当はもっとぐちゃぐちゃなのにね」


「うん。もっとぐちゃぐちゃだね」


 俺は小さく頷いた。

 その時、教室の入り口からセシリアが入ってきた。

 白い髪はいつも通り綺麗に整えられている。

 制服にも乱れはない。

 歩き方も、表情も、何も崩れていない。

 けれど、何かが違った。

 いつもなら、俺の髪や襟元に目を向けて、何かしら一言言ってくる。

 昨日なら、薬の残り具合や体調について確認してきたはずだ。

 でも今日は、こちらへ軽く視線を向けただけで、自分の席へ向かった。


「……セシリア、変じゃない?」


 ニカが小声で言った。


「やっぱり?」


「うん。なんか、閉じてる」


 閉じてる。

 その言い方は、妙にしっくり来た。

 怒っているのとは違う。

 拗ねているのとも違う。

 自分の中に何かを押し込めて、外側だけいつもの形に整えているように見える。

 授業が始まっても、その違和感は消えなかった。

 イザベラは昨日の件について、最初に短く告げた。


「昨日の廊下での私闘については、関係者に暫定処分を出した。レオス・バルド、ダリウス・グレイヴは数日間の実技参加停止と反省文。加えて、事情聴取を行う」


 教室が少しざわつく。

 イザベラは声を荒げない。

 ただ、視線だけでそのざわめきを押さえた。


「理由があれば廊下で殴り合っていい、という規則はない。助けるためであれ、見下すためであれ、私闘は私闘だ。だが、先に拳を振り上げた者、周囲で煽った者についても別途確認する。身分で処分を変えるつもりはない」


 その言葉に、貴族側と平民側の両方から、小さな不満の気配が漏れた。

 貴族側からすれば、平民が貴族を殴った処分として軽すぎる。

 平民側からすれば、エイフィズを囲んでいた側とレオスが同じように処分されることが納得できない。

 同じ言葉を聞いていても、受け取り方が違う。  教室の中に引かれた見えない線が、さらに濃くなった気がした。

 俺はセシリアの方を見る。

 彼女はまっすぐ前を向いていた。

 表情は整っている。

 けれど、その横顔はいつもより少し硬い。

 昼休みになっても、教室の空気は戻らなかった。  貴族生徒たちは固まって食堂へ向かい、平民生徒たちはその後を避けるように動く。

 誰が決めたわけでもない。

 けれど、自然とそうなっていた。

 俺はニカと並んで食堂へ向かいながら、少し後ろを歩くセシリアとローゼリアを見た。

 ローゼリアは明らかに不機嫌だった。

 周囲から向けられる視線に気づいていないわけではない。

 それでも、堂々と歩いている。


「何よ。言いたいことがあるなら、直接言えばいいのに」


 ローゼリアが小さく吐き捨てる。


「ローゼリアは気にしないんだ」


「気にする価値がないわ。私が誰と一緒にいるかを、他人に決められる筋合いはないもの」


 実にローゼリアらしい。

 気が強くて、真っ直ぐで、見ていて少し羨ましくなるくらいだ。

 けれど、セシリアは何も言わなかった。

 いつもなら、ローゼリアの言い方に一言添えそうなものなのに。

 ただ、静かに歩いている。  その沈黙が、妙に気になった。


「セシリア」


 俺が声をかけると、セシリアは少し遅れてこちらを見た。


「何かしら」


「今日、静かだね」


「いつも通りよ」


「そうかな?静かだと思ったけど」


「そんなことないわ」


 返しはいつものセシリアに近い。

 でも、声の温度が少しだけ低かった。

 ニカが横から口を挟む。


「ていうかさ、あたしらとセシリアが一緒にいるだけで、めっちゃ見られてない?」


 セシリアの指が、ほんの少しだけ動いた。

 それだけだった。

 でも、聞こえていたのは分かった。


「王女様と平民が一緒にご飯食べてるだけで、貴族側は変な顔するし、平民側も変な顔する。めんどくさ」


「ニカ」


 ローゼリアが少し咎めるように言う。


「いや、ほんとのことじゃん」


「本当でも言い方があるでしょ」


「言い方を綺麗にしたら、この空気が綺麗になる?」


 ローゼリアは言葉に詰まった。

 ニカは軽く見える。

 でも、こういう時、妙に鋭い。

 セシリアはその会話を聞きながら、何も言わなかった。

 食堂に着くと、いつも座っていた場所にも視線が集まった。

 セシリア王女。

 ヴァルンハート家のローゼリア。

 竜殺しと呼ばれ始めた家名なしの契約者。

 ラーテルの平民獣人。

 その四人が同じ席に座るだけで、周囲が意味をつける。

 それは、俺にも分かった。

 レインが言っていた言葉が頭をよぎる。

 名は、望まなくても商品になることがある。

 今は、関係も同じなのかもしれない。

 望まなくても、誰といるかに意味が乗る。

 それが、セシリアに重くのしかかっているのだとしたら。

 そう考えたところで、セシリアが静かに立ち上がった。


「ごめんなさい。少し用事を思い出したわ」


「セシリア?」


「先に戻るわね」


 それだけ言うと、セシリアは食事をほとんど残したまま席を離れた。

 背筋は伸びている。

 歩き方も乱れていない。

 けれど、その背中は妙に遠かった。


「……やっぱ変だよね」


 ニカが小さく言った。


「うん」


 俺はセシリアの背中を見送る。

 追いかけようかと思った。

 でも、今この場で追いかければ、それすらまた周囲の視線を集める気がした。

 ローゼリアが唇を噛む。


「あの子、また一人で抱えようとしてる」


「また?」


「昔からよ。何でも王女として考える。自分がどうしたいかを、後回しにする」


 ローゼリアの声には、苛立ちと心配が混ざっていた。

 俺はその言葉を覚えておくことにした。

 午後の授業が終わる頃には、さらにいくつかの噂が流れていた。

 レオスが貴族に暴力を振るった。

 ダリウスはエイフィズを痛めつけようとしていた。

 エイフィズは契約時だけ派手で、今は何もできない。

 アイリスは平民側なのか、それとも王女に守られる特別枠なのか。

 セシリア王女は、家名を持たない者に肩入れしているのか。

 ローゼリアは王女に同調しているのか。

 噂は勝手に伸び、勝手に枝分かれしていく。

 俺が何も言わなくても、周囲は俺をどこかへ置こうとする。

 平民側。

 貴族側。

 被害者。

 竜殺し。

 王女に守られる者。

 どれも、俺自身が選んだ名前ではない。

 それでも、そう見られる。

 その視線の中で、セシリアが何を見ているのか。  少しだけ分かりかけた気がした。

 放課後、廊下でセシリアに声をかけた。


「セシリア、一緒に戻らない?」


 セシリアは一瞬だけ足を止めた。

 その横顔は、いつものように整っている。


「……今日は、一人で戻るわ」


「用事?」


「ええ。少し」


 嘘だと思った。

 少なくとも、全部が本当ではない。

 でも、セシリアはそれ以上何も言わなかった。

 ローゼリアが何か言いかける。

 けれど、セシリアは先に小さく礼をして、その場を離れた。

 王女として完璧な所作だった。

 友達に背を向けるには、あまりにも綺麗すぎる動きだった。


「……ねえ、アイリス」


 ニカが隣で呟く。


「うん」


「あれ、追わなくていいの?」


「今は、たぶん追わない方がいい」


「なんで?」


「セシリアが、逃げてるのか考えてるのか、まだ分からないから」


「なるほどね」


 ニカは納得したような、していないような顔をした。

 ローゼリアは不満そうに腕を組む。


「私は追いかけてもいいと思うけど」


「ローゼリアならそう言うと思った」


「悪い?」


「悪くない。むしろ、ちょっと安心する」


「何よそれ」


 ローゼリアは不機嫌そうに眉を寄せた。

 それでも、セシリアの背中を追うことはしなかった。

 俺は、遠ざかっていく白い髪を見つめる。

 セシリアは王女だ。

 その事実は、俺たちがどう思おうと消えない。

 彼女が誰といるか。

 誰に言葉をかけるか。

 誰を庇うか。

 その一つ一つに、周囲は意味をつける。

 きっと、セシリアはそれを誰よりも知っている。  だからこそ、今、距離を置こうとしているのかもしれない。

 俺たちを守るために。

 あるいは、自分を守るために。

 どちらにせよ、その背中はいつもよりずっと遠く見えた。

 教室は裂けはじめている。

 貴族と平民の間に、見えない線が引かれていく。

 そして、その線は人と人の間にも伸びてくる。

 俺はまだ、その線の消し方を知らない。

 けれど、セシリアがその向こう側へ一人で行こうとしていることだけは、見落としたくなかった。


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― 新着の感想 ―
教室の雰囲気が厄介なことになってますね。 セシリアの発言一つで、どちらかの勢力がどう動くか? かなりの影響あると思うので、 中々難しいですね。
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