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転生したら美少女だったオレ  作者: ウルティ
第二章 この世界の自分

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第五十三話 竜を墜とす

第五十三話 竜を墜とす


「落とすんだ」

 自分で口にした瞬間、頭の中で散らばっていたものが、一本の線に繋がった。

 勝てない。

 斬れない。

 止められない。

 それは事実だ。

 でも、だからといって、こちらの力だけで倒す必要はない。

 ワイバーンは空を飛んでいる。

 飛ぶためには翼を広げる。

 速度を出す。

 身体の向きを保つ。

 左右の翼で空気を受ける。

 なら、そのどれかを崩せばいい。

 俺たちの力で、ワイバーンを砕くんじゃない。

 ワイバーン自身の速度と重さを、地面にぶつける。

 それなら、今の俺たちにも届く。


「アイリス、何を言ってるの?」


 ローゼリアが荒い息のまま俺を見る。


「落とすって、どうやって!」


 ニカも片脇を押さえながら叫ぶ。

 説明している時間はない。

 ワイバーンは、また旋回に入っていた。

 荷車へ向かう。

 商人の積荷に意識が寄っている。

 干し肉と果実の匂いに引っ張られている。

 だったら、その癖を使う。


「ニカ、荷車の右へ走って! あいつを低く引きつける!」


「はぁ!? あたし囮!?」


「できるのはニカだけ!」


「言い方ずるっ!」


 ニカは悪態をつきながらも走った。


「ローゼリア! 本体を縛らなくていい! 翼の下、地面すれすれに荊を張って!」


「翼?」


「左翼が下がる! そこに引っかける!」


「……分かったわ!」


「セシリア! 全員の位置を見て! 合図は任せる!」


 セシリアの紫の瞳が、一瞬だけ細くなる。


「分かった。タイミングを合わせるわ」


「レオス!」


「聞いている」


「あいつが低く来たら、翼を斬りにいかなくていい! 通る場所に置いて!」


 レオスは短く俺を見た。


「刃を置く、か」


「そう。あいつの速度で裂かせる」


「……分かった」


 理解が早い。

 ありがたい。

 今は、それだけで助かる。

 ワイバーンが鳴いた。

 低く、苛立った声。

 獲物を取れないことに焦れているのか、まだ若いからなのか。

 動きが少し荒くなっている。

 それでも速い。


「来る!」


 セシリアの声。

 ワイバーンが急降下した。

 翼を大きく広げる。

 荷車へ向かって一直線に落ちてくる。

 ニカが荷車の右側を駆ける。


「こっちだっての!」


 ワイバーンの顔が、ニカへ向いた。

 爪が伸びる。


「まだ!」


 セシリアが止める。

 ローゼリアの指先が震えていた。

 腕の傷から血が伝っている。

 それでも、彼女は荊を出した。

 細い。

 弱い。

 さっきまで何度も千切られた荊だ。

 でも、今度は本体を止めるためじゃない。

 地面すれすれ。

 ワイバーンの左翼が下がる、その通り道へ。


「今!」


 セシリアの声が弾けた。

 レオスが動く。

 剣を振らない。

 追わない。

 ただ、そこに置いた。

 ワイバーンの左翼が低く落ちる。

 薄い翼膜が、レオスの刃に触れた。

 裂ける音がした。

 大きな傷じゃない。

 ほんの一筋。

 けれど、飛んでいる生き物にとって、その一筋は無視できない。

 ワイバーンの身体がわずかに傾いた。


「ローゼリア!」


「分かってる!」


 荊が、裂けた翼膜に絡んだ。

 止める力はない。

 ただ、引っかかる。

 それで十分だった。

 ワイバーンの左翼が、予定よりほんの少しだけ下へ引かれる。

 右の翼だけが空気を受ける。

 身体が傾く。

 だが、まだ落ちない。


「ニカ、後脚!」


「無茶言うなぁ!」


 ニカが地面を蹴った。

 バンデットの薄い魔力が拳に滲む。

 さっき受けた衝撃が、ほんの少しだけ拳に乗る。

 ワイバーンの後脚に叩き込む。


「っらぁ!」


 鈍い音。

 ワイバーンの脚が跳ねる。

 姿勢が、さらに崩れた。

 けれど、ワイバーンも馬鹿じゃない。

 尾を振り、翼を打ち直そうとする。

 立て直される。

 まずい。

 俺は走った。


「アイリス!?」


 ローゼリアの声が背後から飛ぶ。

 止められない。

 俺には止められない。

 でも、ずらせる。

 ワイバーンの右旋回は遅い。

 荷車に意識が寄る瞬間、首より脚を見る。

 そして、爪で掴みにいく直前、視線が下がる。

 その瞬間だけ、真正面が空く。

 俺は二本の剣を握り直した。

 狙うのは鱗じゃない。

 牙じゃない。

 目でもない。

 顔の前。

 視界。

 俺はワイバーンの正面へ滑り込み、二本の剣を交差させるように振った。

 刃が当たったわけではない。

 ただ、光を反射した剣が、ワイバーンの視界を横切った。

 ワイバーンの瞳が、ほんの一瞬だけ俺へ向く。

 その一瞬で、爪の向きがずれた。


「セシリア!」


「全員、離れて!」


 セシリアの線が地面に走る。

 それは攻撃ではない。

 退避の線。

 誰がどこへ逃げるかを示す、細い道。

 ローゼリアが荊を離す。

 レオスが横へ跳ぶ。

 ニカが地面を転がるように離れる。

 ワイバーンの身体が、大きく傾いた。

 翼が空気を掴み損ねる。

 次の瞬間、ワイバーンは自分の速度を殺せないまま、地面へ突っ込んだ。

 音が爆ぜた。

 土が跳ねる。

 荷車の近くに積まれていた木箱が吹き飛ぶ。

 地面に引かれた轍が裂け、畑の端が抉れた。

 村人の悲鳴。

 商人の叫び。

 馬のいななき。

 俺も衝撃で膝をついた。

 落ちた。

 ワイバーンが、落ちた。

 だが、終わっていない。

 土煙の奥で、ワイバーンが動いた。

 左翼が不自然に折れ曲がっている。

 翼膜は裂け、片脚もまともに動いていない。

 それでも、まだ生きている。

 喉の奥から、低い唸り声が漏れた。


「嘘でしょ……まだ動くの……?」


 ニカが息を切らす。


「亜竜よ。小型でも、普通の魔獣とは違うわ」


 セシリアの声にも余裕はない。

 ワイバーンが頭をもたげた。

 こちらを見る。

 怒り。

 痛み。

 空腹。

 それらが混ざった目だった。

 俺の足元で、布袋が揺れた。

 ネルが半分だけ顔を出している。

 いや、顔はない。

 でも、震えているように見えた。


「ネル、動かないで」


 俺は小さく言った。

 その時、遠くから金属の音が聞こえた。


「騎士団だ!」


 村人の誰かが叫んだ。

 村の道の向こうから、王国騎士団の一般兵らしい三人が駆けてくる。

 強そうな英雄ではない。

 けれど、鎧を身につけ、槍と剣を持ち、走り方に迷いがない。


「状況は!?」


 先頭の兵が叫ぶ。


「小型ワイバーン! 左翼損傷、墜落済み! まだ動くわ!」


 セシリアが即座に返す。

 兵士たちは一瞬だけ驚いた顔をした。

 学生がここまでやった。

 そう見えたのかもしれない。


「セ、セシリア王女殿下?!」


「今はいい!さっさと動きなさい!」


「はっ!二人で前を抑える! お前は村人を下がらせろ!」


 その動きは速かった。

 弱いわけじゃない。

 遅れて来ただけだ。

 二人いれば、小型ワイバーン相手でも正面からそこそこ戦える。

 その空気が、彼らの構えから伝わる。

 でも、間に合うかどうかは別だ。

 ワイバーンが最後の力で頭を振った。

 騎士団の兵士が構えるより早く、首がしなり、牙がこちらへ向く。

 俺たちの方だ。

 いや、俺の方。

 落とした相手を、覚えたのかもしれない。

 身体が重い。

 肺が痛い。

 足が震える。

 それでも、見えた。

 墜落の衝撃で、ワイバーンの左翼の付け根が開いている。

 鱗が割れ、その内側の柔らかい部分が見えている。

 斬る必要はない。

 押し込む必要もない。

 ただ、そこに刃を置けばいい。

 レオスが何度もやっていたことを、俺はようやく戦場で使う。


「援護!」


 自分でも驚くほど、声が出た。


「ローゼリア、顔を上げさせないで!」


「任せなさい!」


 荊がワイバーンの顎の下へ走る。

 止めるほどの力はない。

 だが、首の動きを一瞬だけ鈍らせる。


「ニカ、右脚!」


「もうっ、ほんと人使い荒い!」


 ニカが低く飛び込む。

 拳が傷ついた脚を打つ。

 ワイバーンの身体が傾く。


「レオス!」


「分かっている」


 レオスの剣が、牙の軌道に置かれる。

 止めるのではない。逸らす。

 ワイバーンの頭が、ほんのわずかに横へ流れた。


「セシリア!」


「左、二歩!」

 線が走る。

 俺の足元に、進むべき道が示される。

 考えるな。

 線を踏め。

 迷えば死ぬ。

 俺は走った。

 ワイバーンの息が熱い。

 血と獣の臭いが鼻を刺す。

 牙が視界の端を過ぎる。

 左、二歩。

 踏み込む。

 沈ませない。

 置く。

 右手の剣を逆手に持ち替える。

 翼の付け根。

 割れた鱗の内側。

 柔らかい場所。

 そこへ、刃を置いた。

 ワイバーンの身体が跳ねた。

 今度こそ、咆哮ではなかった。

 空気が抜けるような、低い音。

 俺はさらに押し込もうとした。

 だが、力はいらなかった。

 ワイバーン自身が身をよじり、刃が内側へ沈む。

 硬い手応えの奥で、何かが切れた。

 ワイバーンの爪が地面を掻く。

 尾が跳ねる。

 土が飛ぶ。

 俺は剣から手を離し、後ろへ転がった。


「アイリス!」


 ローゼリアの声。

 視界が揺れる。

 肩が痛い。

 息が苦しい。

 けれど、ワイバーンはもう立ち上がらなかった。

 大きな身体が、地面に沈む。

 翼が一度だけ痙攣し、それから動かなくなる。

 静寂が落ちた。

 風の音だけが残る。


「……倒した、のか?」


 商人が呆然と呟いた。

 村人たちは小屋の陰からこちらを見ている。

 騎士団の三人も、槍を構えたまま動きを止めていた。

 先頭の兵士が、倒れたワイバーンと俺たちを見比べる。


「学生だけで……ここまで……?」


「はぁ…はぁ…全員で…やりました」


 俺は息を整えながら言った。


「だが、最後に急所を突いたのは君だな」


 兵士の言葉に、俺は返事に詰まった。

 そう見える。

 それは事実だ。

 でも、違う。

 ニカが誘導した。

 ローゼリアが縛った。

 セシリアが道を作った。

 レオスが軌道を逸らした。

 村人が逃げてくれた。

 商人の荷にワイバーンが執着した。

 全部が重なっただけだ。


「……最後に刺しただけです」


「それでも、刺せる場所を作ったのは君たちだ」


 兵士は倒れたワイバーンを見る。


「小型とはいえ、ワイバーンだ。普通の学生が相手にしていい魔獣ではない」


 その言葉に、ようやく身体の力が抜けた。

 ニカがその場に座り込む。


「もう二度と小遣い稼ぎって言わない……いや、でも報酬上乗せされるかな……」


「そこを考えるのね」


 セシリアが呆れたように言う。

 だが、その声にも疲れが滲んでいた。

 ローゼリアが俺の腕を掴む。


「あんた、また無茶したわね」


「今回は、必要だったよ」


「必要なら何してもいいと思ってるの?」


「思ってないけど」


「なら少しは自分を大事にしなさいよ!」


 怒っている。

 でも、その手は震えていた。

 俺は小さく息を吐く。


「ごめん」


「謝ればいいと思ってる顔してる」


「そんな顔ある?」


「あるわよ」

 いつかと同じようなやり取りに、ニカが小さく笑った。

 レオスは俺の横に立ち、倒れたワイバーンを見ていた。


「判断は悪くなかった」


「それ、褒めてるの?」


「事実だ」


「ハハ、わかりづらいよ」


 その時、足元でぽよんと音がした。

 ネルが、いつの間にか布袋から出ていた。

 ワイバーンの血が染みた土の近くで、小さく震えている。


「ネル?」


 近づこうとして、俺は止まった。

 ネルの身体が、わずかに揺れていた。

 怯えているのか。

 それとも、何かを吸収しようとしているのか。

 今は分からない。

 ただ、薄い水色の身体の奥で、小さな光のようなものが一瞬だけ揺れた気がした。

 騎士団の兵士が、険しい顔で森の奥を見た。


「しかし……なぜ、この区域にワイバーンがいる」


 その一言で、浮かびかけた安堵が冷えた。

 そうだ。

 匂いにつられて荷車まで来た。

 それは分かる。

 でも、そもそもこの近辺にワイバーンがいること自体がおかしい。

 リーフラットの低危険度クエスト。

 ヴァリス外縁の小村。

 そんな場所に、亜竜が現れた。

 偶然で済ませていいのか。

 俺は倒れたワイバーンを見た。

 竜を倒した。

 そんな実感はなかった。

 ただ、全員で死にかけて、なんとか生き残っただけだ。

 それでも村人たちは、俺たちを見ていた。

 商人は震える声で、何度も礼を言っていた。

 騎士団の兵士は、俺の名前を確認していた。

 アイリス・シエーレ。

 双子の悪魔と契約した、まだ何も使えない契約者。

 後に、この日のことは少しずつ形を変えて広まっていく。

 小型ワイバーン。

 亜竜。

 村を襲った空の魔獣。

 それを墜とし、最後に刃を突き立てた金髪の少女。

 竜殺し。

 ドラゴンスレイヤー。

 俺がその呼び名を聞くのは、もう少し後のことだった。


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― 新着の感想 ―
全員で力を合わせて倒したというアイリスの主張も分かりますが、 地面へ落すやり方を指示し、最後に止めを刺したのはアイリスですから、 それなりの栄誉にあやかってもいいのではないかと思いますね。 ドラゴンス…
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