表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら美少女だったオレ  作者: ウルティ
第二章 この世界の自分

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/58

第五十ニ話 空から来た災厄

第五十二話 空から来た災厄

 咆哮が、空気を叩き割った。

 村人たちの悲鳴が重なる。

 馬が荷車を引きずるように暴れ、商人が慌てて手綱へ飛びついた。

 荷台からこぼれた干し肉と果実が、土の上に転がる。

 ワイバーンは、その上空を旋回していた。

 成体ではない。

 たぶん、まだ若い個体だ。

 図鑑や話に聞くワイバーンよりは小さい。

 けれど、それでも大きい。

 広げた翼は小屋の屋根よりも幅があり、鉤爪は人間の腕くらいなら簡単に引き裂けそうだった。

 尾の先は硬く尖り、鱗は鈍い灰緑色に光っている。

 あれが子ども寄りだというなら、成体はどれほどのものなのか。

 考えた瞬間、背筋が冷えた。


「下がるわよ!」


 セシリアの声が飛ぶ。

 その声で、俺は我に返った。


「村人を小屋の中へ! 荷車から離れて!」


 セシリアはすでに村人たちへ声を飛ばしている。王女としての立場を名乗っているわけではない。

 ただ、声の通し方が違う。

 混乱していた村人たちが、その声に反応して動き出す。

 商人は顔を青くしていた。


「ま、待ってくれ! 荷が……!」


「荷より命が先!」


 ニカが叫ぶ。

 ワイバーンがもう一度羽ばたいた。

 重い風が地面を叩き、こぼれた果実が転がる。

 ワイバーンの顔が、商人の荷車へ向いた。

 匂いだ。

 干し肉。

 甘い果実。

 穀物。

 たぶん、それに引き寄せられている。

 でも、それだけじゃない。

 そもそも、なんでワイバーンがこんな場所にいる。

 ヴァリス外縁の小村。

 学院経由で低危険度クエストが出る区域。

 そんな場所に、亜竜が出るのか。

 考えるより早く、ワイバーンが降下した。


「散って!」


 ローゼリアが叫ぶ。

 次の瞬間、翼が土を裂くように振り下ろされた。風圧だけで身体が後ろへ押される。

 俺は踏ん張ったが、足元の土が削れ、身体が浮きかけた。


「っ!」


 レオスが前に出る。

 剣を構えるのではなく、置く。

 ワイバーンの爪が通る軌道、そのぎりぎり外側に剣を置いた。

 爪が触れた瞬間、金属音のような音が弾ける。

 レオスの身体が横へ滑った。

 受けたのではない。

 流したのだ。

 それでも、腕が大きく弾かれている。


「硬いな」


 レオスの声は冷静だった。

 だが、その足は半歩沈んでいた。


「ブライア!」


 ローゼリアが右手を前へ出す。

 彼女の腕に淡い蔓のような紋様が走った。

 短時間の一部憑依。足元から細い荊が伸び、ワイバーンの脚へ絡みつこうとする。

 けれど、ワイバーンが脚を振っただけで荊は千切れた。


「っ、浅い……!」


 ローゼリアが歯を食いしばる。

 ニカが横から飛び込んだ。


「バンデット、ちょっと借りるよ!」


 拳に黒桃色の薄い魔力が滲む。

 ニカは低く走り、ワイバーンの後脚へ拳を叩き込んだ。

 鈍い音。

 だが、ワイバーンはわずかに脚を引いただけだった。


「硬っ……!」


 尾が振られる。

 ニカは跳んで避けようとした。

 しかし、尾の先が彼女の脇腹をかすめる。


「ぐっ!」


 ニカの身体が地面を転がった。


「ニカ!」


「だいじょ……っ、痛ったぁ……!」


 声は返った。

 でも、動きは鈍い。


「下がって!」


 セシリアの指先から、細い糸のような魔力が伸びる。

 シルの一部憑依。

 何本もの線がワイバーンの前方へ広がり、進路を遮ろうとする。

 ワイバーンは構わず突っ込んだ。

 線が数本、爪に絡む。

 一瞬だけ速度が落ちる。


「今!」


 セシリアが叫ぶ。

 レオスが前へ出た。

 俺も続こうとする。

 だが、ワイバーンが翼を打ち下ろした。

 風が爆ぜる。

 シルの線が散り、レオスの身体が押し戻される。

 俺は腕で顔を庇ったが、土と小石が頬を打った。

 痛い。

 目が開けられない。

 この距離で、ただ羽ばたかれただけで崩される。

 リーフラットとは違う。

 スライムとも違う。

 学院の訓練場とも、レオスとの木剣も、何もかも違う。

 これが、外の魔獣。

 ワイバーンが商人の荷車へ向かった。


「まずい!」


 荷車の後ろには、まだ逃げ遅れた村人がいる。

 腰を抜かした老人と、小さな子どもを抱えた女性。

 考えるより早く、俺は走った。


「ローゼリア、足元!」


「分かってる!」


 ローゼリアの荊が伸びる。

 今度は脚ではなく、荷車の車輪と地面の間を這わせた。

 ワイバーンの爪が地面を掴む直前、荊がわずかに絡む。

 ワイバーンの足が、一瞬だけずれた。


「ニカ、右!」


「はいはいっ!」


 ニカが痛みに顔をしかめながらも走る。

 小柄な身体が荷車の反対側へ抜け、ワイバーンの視線を引いた。


「こっちこい、トカゲ野郎!」


 ワイバーンの顔がニカへ向く。

 次の瞬間、首がしなる。

 噛みつき。

 速い。


「ニカ!」


 俺は叫んだが、ニカはぎりぎりで身体を捻った。

 牙が外套を裂く。

 布片が宙を舞った。

 ニカが笑う。


「今のはあぶな――」


 言い終わる前に、翼が横からぶつかった。

 ニカの身体が吹き飛ぶ。


「っ、ニカ!」


 ローゼリアが駆け寄ろうとする。


「行くな!」


 レオスが低く叫んだ。

 ワイバーンはそれを見ていた。

 誰かが隙を見せるのを待っていたみたいに、頭を低く下げる。

 次はローゼリアだ。

 俺はローゼリアの前へ出た。

 止められるわけがない。

 分かっている。

 今の俺では、あの突進を受ければ終わる。

 でも、身体が動いた。

 二本の剣を構える。

 ワイバーンの視界に入るように、ほんの少し前へ。


「アイリス、下がりなさい!」


 ローゼリアの声が背後から聞こえる。

 ワイバーンが突っ込んでくる。

 地面が揺れる。

 口の中が乾く。

 怖い。

 それでも、目を逸らせない。

 直前、レオスが横から入った。

 剣をワイバーンの進路に置く。

 爪が剣に当たる。

 火花のようなものが散り、レオスの腕が跳ね上がった。

 それでも、進路がわずかにずれた。

 俺は剣を振る。

 当てるためじゃない。

 顔の前を横切らせるため。

 ワイバーンの瞳が、一瞬だけ動いた。

 その一瞬で、ローゼリアの荊が足元へ絡む。

 だが、足りなかった。

 ワイバーンの肩が俺にぶつかる。


「がっ……!」


 身体が浮いた。

 背中から地面に叩きつけられる。

 息が抜けた。

 空が見えた。

 視界の端で、セシリアが何か叫んでいる。

 痛い。

 肺がうまく動かない。

 ネルを入れた布袋が、少し離れた場所で転がっていた。

 袋の口から、薄い水色の丸い身体が半分出ている。


「ネル……」


 手を伸ばしかけた瞬間、ワイバーンがまた羽ばたいた。

 セシリアの線が村人たちの前に張られる。

 防壁ではない。

 位置を示す線。

 逃げ道を作る線。


「右の小屋へ! 走って!」


 村人が動く。

 商人が荷車から離れる。

 だが、ワイバーンは荷車の方へ執着していた。

 やはり匂いだ。

 干し肉と果実。

 そこに意識が寄っている。

 そのおかげで、俺たちはまだ全滅していない。

 けれど、同時に村から離れてくれない。

 ローゼリアの腕に血が滲んでいた。

 ニカは立ち上がっているが、片脇を押さえている。

 セシリアの額には汗が浮かび、魔力の線はさっきより細くなっていた。

 レオスの手首も震えている。

 全員、削られている。

 使えるようになったばかりの力では、届かない。

 ローゼリアの荊は裂かれる。

 セシリアの線は風で散る。

 ニカの拳は鱗を揺らすだけ。

 レオスの剣も、正面からでは止められない。

 俺は何も使えない。

 勝てない。

 このままでは、勝てない。

 ワイバーンが再び空へ上がった。

 低く旋回する。

 子ども寄りの小型とはいえ、空へ上がった瞬間、手が届かなくなる。

 翼が広がる。

 旋回。

 そして、急降下。

 俺はそれを見ていた。

 翼。

 尾。

 脚。

 角度。

 速度。

 ワイバーンは、荷車へ向かって降りてくる時、必ず左翼が少し下がる。

 低空へ入る直前、翼を大きく広げる。

 爪で掴みにいく瞬間、首より脚へ意識が寄る。

 旋回の時、右へ回る動きがわずかに遅い。

 斬れない。

 届かない。

 止められない。

 でも、違う。

 俺たちは、倒す場所を間違えている。

 鱗じゃない。

 牙でもない。

 爪でもない。

 あいつの力は、空にある。

 飛んでいるなら、落ちる。

 速いなら、急には止まれない。

 重いなら、ぶつかれば壊れる。

 俺たちに足りない力は――あいつ自身が持っている。

 肺に残った痛みを押し殺し、俺は土を掴んで立ち上がった。


「……倒すんじゃない」


 声は掠れていた。

 それでも、皆がこちらを見る。


「落とすんだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
素晴らしい発想の転換ですね! ワイバーンが飛ぶスピードで、地面に落とされたら? ただでは済まないですけど、それをどうやって為すのか? この発想力はアイリスの武器になりそうですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ