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転生したら美少女だったオレ  作者: ウルティ
第二章 この世界の自分

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第四十七話 席の意味

第四十七話 席の意味

 訓練が終わってからも、脇腹に残った感覚は消えなかった。

 痛い、というほどではない。

 けれど、木剣の先がそこに触れた瞬間の感覚だけが、妙にはっきり残っている。

 判定は俺の勝ち。

 イザベラはそう言った。

 でも、実戦なら脇腹を裂かれていた。

 その言葉も、同じくらいはっきり残っている。

 俺は右手を軽く握り、開いた。

 手首が少し痺れている。

 三回転。

 魔法の加速も、魔力圧の補助もなしにやる動きじゃない。前世で画面越しに見ていた剣技を、無理やり身体でなぞっただけだ。

 あれは技というより、奇策に近い。

 一度は通じた。

 でも、二度目も通じる保証はない。

 それに――。


「契約者側にいるなら、その席の意味くらい背負え」


 レオスの声が、頭の奥で何度も反響していた。

 俺は何も掴めていない。

 ラグナもルナも形にならない。

 魔法も使えない。

 魔力圧もまともに扱えない。

 だから、自分は落ちこぼれだと、どこかで思っていた。

 けれど、レオスから見れば違う。

 俺は契約者側にいる。

 それだけで、持つ側なのだ。


「アイリス!」


 後ろから明るい声が飛んできた。

 振り返ると、ニカがこちらへ駆け寄ってくる。ラーテルの耳がぴこぴこと動き、尻尾までやたら元気に揺れていた。


「さっきの何あれ!? ぐるぐるーって三回くらい回ってたやつ!」


「説明が雑すぎるでしょ」


「いや雑にもなるでしょ。普通あんな動きしないし!」


 ニカは両手をぶんぶん回して、俺のさっきの動きを再現しようとしている。

 全然違う。

 ただ、勢いだけは似ている。


「あれ、型じゃないよね? レオスも一瞬止まってたし」


「まあ、このおもいつきみたいなものかな」


「やっぱり! なんか変だったもん!」


「あはは、それ褒めてんの?」


「褒めてる褒めてる。変な動きって、初見だと強いし」


 ニカは笑って言った。

 軽い言い方だったが、見ているところは鋭い。

 初見だから通じた。

 まさにその通りだ。


「でもさ、あれ無理矢理って感じだった」


「それは否定できないなー、実際無理矢理だったし」


「じゃあ何回も使わない方がいいね。あたしなら途中で目ぇ回るわ」


 ニカがけらけら笑った瞬間、その横から鋭い声が割り込んだ。


「笑いごとじゃないでしょ」


 ローゼリアだった。

 腕を組み、眉をつり上げ、まっすぐ俺を睨んでいる。

 綺麗な顔立ちなのに、表情がまるで穏やかじゃない。


「ちょっと、あんた。さっきの何?」


「でも一応勝ったよ」


「勝った顔しないで。実戦なら切られてたって言われたでしょ」


「そうだね、そう言われた」


「言われたじゃないのよ。あんな無茶な動き、二回目は通じないわ」


 ローゼリアはずいっと距離を詰めてくる。

 心配している顔、ではない。

 怒っている顔だ。

 ただ、その怒りの向きくらいは、俺にも分かる。


「笑って誤魔化さないで。そういうところ、本当に腹立つ」


「心配してくれてるの?」


「してない。呆れてるの」


 即答だった。

 ニカが横で「うわ、つよ」と小さく呟く。

 ローゼリアはそれも聞こえていたのか、今度はニカを睨んだ。


「何よ」


「いやぁ、ローゼリアって思ったよりガツガツ言うよね」


「言うわよ。言わなきゃ分からない馬鹿がいるんだから」


「あはは、誰のことだろ」


「目の前のあんたよ」


 俺が軽く肩をすくめると、ローゼリアはさらに不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 そこへ、ゆっくりとセシリアが歩いてくる。

 白い髪が揺れ、紫の瞳が俺の両手に向いた。


「無様な勝ち方だったわね」


「それ、本人の前で言う?」


「言うわ。事実だもの。あれは勝利というより、相手の認識外から滑り込んだだけ」


「痛いところ突くよね」


「ただ……剣筋は、確かに見たことがなかったわ」


 セシリアは少しだけ目を細めた。

 皮肉ではない。

 分析している目だ。


「あの少年は、学院式の基礎に忠実だった。だからこそ、あなたの異質な動きに半歩遅れたのね」


「二度目は?」


「通じないわ」


「だよね」


「分かっているなら、精進することね」


 素直に褒める気はないらしい。

 でも、セシリアがただ俺を馬鹿にしているわけではないことくらいは分かった。

 ニカは面白がり、ローゼリアは怒り、セシリアは分析する。

 三者三様。

 それでも全員、さっきの戦いをちゃんと見ていた。

 俺は少しだけ息を吐いた。

 訓練後の休憩時間になり、俺たちは食堂へ向かった。

 食堂はすでに生徒たちで埋まり始めている。

 大きな長机がいくつも並び、決まった席札があるわけではない。学院側から、契約者と非契約者で座る場所を分けられているわけでもない。

 それなのに。

 線はあった。

 契約者側の生徒たちは、自然と中央の席に集まっている。

 非契約者側の生徒たちは、端の席に固まっていた。

 誰かが命令したわけじゃない。

 机に名前が書かれているわけでもない。

 ただ、空気がそうさせている。

 俺は足を止めた。

 席の意味。

 レオスの言葉が、また胸の奥に落ちる。


「どうしたの?」


 ローゼリアが横から覗き込む。


「ううん」


 俺は食堂を見渡した。


「線があるなと思って」


「線?」


「見えない線」


 ローゼリアは一瞬だけ目を細め、それから食堂を見た。

 すぐに察したらしい。

 口元が不機嫌そうに歪む。

 その時、近くの契約者側の席から笑い声が聞こえた。


「非契約者って、基礎訓練だけは真面目だよな」


「悪魔がないんだから、それくらいやらないと」


「努力で埋まる差じゃないけどな」


 軽い声だった。

 たぶん、本人たちは深く考えていない。

 だが、その軽さが余計に耳についた。

 俺が言葉を探すより早く、ローゼリアが一歩出た。


「聞こえてるわよ」


 声は高くない。

 だが、よく通った。

 笑っていた生徒たちがこちらを見る。

 ローゼリアは顎を上げ、真正面から睨みつけた。


「陰でしか言えないなら、口を閉じていたら?」


「なっ……」


 相手の男子生徒が顔を赤くする。

 場の空気が少し張った。

 セシリアが隣で小さく息を吐く。


「ローゼリア」


「分かってるわ」


 ローゼリアはそう言いながらも、まだ睨むのをやめない。

 気が強い。

 そして、黙って流す気もない。

 俺はその横顔を見ながら、何も言えなかった。

 自分でも、何を言えばいいのか分からなかった。

 非契約者を馬鹿にするな。

 そう言うのは簡単だ。

 でも、俺は契約者側にいる。

 その席に座っている俺が、どの口で言うのか。

 食堂の端に、レオスがいた。

 一人ではない。

 何人かの非契約者が同じ席についている。騒いでいるわけではないが、一人の生徒が何かを尋ね、レオスが短く答えている。

 中心人物という感じではない。

 けれど、一目置かれているのは分かった。

 俺は少し迷ってから、そちらへ歩いた。

 近づいた瞬間、非契約者側の空気がわずかに硬くなる。

 敵意ではない。

 ただ、警戒。

 俺はそれだけで、自分がどちら側の人間に見えているのかを理解した。


「レオス」


 声をかけると、レオスは顔を上げた。


「何だ」


「さっきは、ありがとね」


「礼を言われることはしていない」


「いや、あの言葉。刺さったよ」


 レオスは少しだけ黙った。

 それから、淡々と言う。


「なら、忘れるな」


 俺は一度、食堂の中央と端を見比べた。

 そして聞いた。


「あなたは、契約者が嫌いなの?」


 周囲の非契約者たちの視線が鋭くなる。

 レオスは動じなかった。


「嫌いかどうかは関係ない」


「なら、何が関係あるの?」


「差だ」


 短い言葉だった。

 それだけで、十分に重かった。


「契約した者は、失敗しても契約者だ」


 レオスは俺を見た。


「契約できなかった者は、どれだけ積み上げても非契約者だ」


 俺は何も返せなかった。

 レオスの声は荒くない。

 怒鳴ってもいない。

 恨みをぶつけているわけでもない。

 ただ、事実を置いている。

 だからこそ、逃げ場がなかった。


「お前が弱いことは分かる」


「……はっきり言うよね」


「事実だ」


 レオスは淡々と続ける。


「だが、お前は契約者側にいる」


「うん」


「その席は、俺たちには最初からない」


 胸の奥が詰まった。

 俺は自分の欠けているものばかり見ていた。

 魔法が使えない。

 悪魔が顕現しない。

 魔力圧が扱えない。

 でも、それは俺の内側から見た俺だ。

 外から見れば違う。

 俺は契約者側にいる。

 双子の悪魔を持っている。

 ローゼリアと近く、セシリアとも同室で、商会にも関わっている。

 俺が何を持てていないかなんて、他人には見えない。

 他人に見えるのは、俺が何を持っているように見えるかだ。


「……覚えておく」


 俺がそう言うと、レオスはそれ以上何も言わなかった。

 俺は席へ戻った。

 食事の味は、あまり分からなかった。

 午後の訓練前、俺は水場の近くで手首を冷やしていた。

 じんじんとした痛みが、少しずつ引いていく。


「随分と難しい顔をしているな」


 背後から声がした。

 イザベラだった。


「そんな顔してました?」


「していた」


「なら、たぶん考え事ですね」


「レオス・バルドの言葉か」


 隠す意味もなかった。


「……まあ、少し」


「少し、という顔ではないな」


「じゃあ、結構ですかね」


 イザベラは隣に立ち、訓練場の方へ視線を向けた。


「立場とは、本人が望んだものだけではない」


 その声は、いつも通り淡々としていた。


「周囲が押しつけるものでもある。お前がどう思おうと、お前は契約者側にいる」


「私が何もできなくても?」


「できるかどうかは関係ない。まず、そう見られているという事実を自覚しろ」


 俺は水に浸した手を見た。

 何も掴めていない手。

 でも、外から見れば持っている側の手。


「自覚した上で、どう立つかを選べ」


 イザベラはそれだけ言うと、歩き出した。

 答えはくれない。

 ただ、問いだけを置いていく。

 俺は濡れた手を軽く振り、水気を落とした。

 午後の訓練へ向かう廊下で、前方の角から数人の生徒が勢いよく出てきた。

 反射的に、俺は半歩前へ出る。

 だが、すぐ隣で靴音が鳴った。

 ローゼリアが、俺の横に並んでいる。

 肩がほとんど触れそうな距離だった。


「何?」


 俺が聞くと、ローゼリアは前を向いたまま答えた。


「別に」


 その顎は少し上がっていた。

 横顔は、なぜか少しだけ怒っているように見えた。

 俺は何も言わなかった。

 ただ、隣に並ぶその気配を感じながら歩く。

 席の意味。

 立つ場所の意味。

 俺はまだ、その答えを知らない。

 けれど、知らないまま座っていていい席ではない。

 それだけは、少しだけ分かった気がした。


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― 新着の感想 ―
この物語はアイリスの内面的な成長も描いてるんですね。 自分のいた世界とはまるで違う世界で生きていかなきゃいけない訳で、そこに適応するために変化する必要はあるので、彼女の中の人はいい年でも、成長を求めら…
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