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転生したら美少女だったオレ  作者: ウルティ
第二章 この世界の自分

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第三十八話 契約の刻

第三十八話 契約の刻

 起床鐘が鳴る前に、俺は目を覚ましていた。

 深く眠れた気はしない。

 けれど、眠れなかったわけでもない。

 胸の奥に、今日が何かの始まりになるような重さだけが残っていた。

 向かいのベッドでは、セシリアがすでに支度を終えかけていた。

 白い髪を整え、制服の襟を指先で真っ直ぐに直している。

 昨日よりさらに機嫌が悪そうだ。

 もともと愛想のある子ではないが、今日はその刺が隠れる気配すらない。

 俺も黙って着替えを済ませる。

 髪をまとめ、筆記具を鞄へ入れる。

 動作そのものは落ち着いているつもりでも、指先にはわずかな硬さが残っていた。

 選抜試験の第一工程。

 昨日の時点では中身までは明かされなかった。

 ただ、学院全体の空気が妙に張っていたのは確かだ。

 あれがただの筆記試験程度で終わるとは思えなかった。

 先に支度を終えたセシリアが扉へ向かう。

 俺もそのまま後を追った。

 廊下へ出たところで、セシリアがぴたりと足を止める。


「……ついて来ないでくれる?」


 振り返りもせずに言うあたり、相変わらずだ。


「いや、知ってる相手があなたしかいないし」


「だからといって、なぜ私と一緒に行くの」


「同じ部屋で起きたんだから、そのまま行くだけでしょ」


 セシリアは露骨に顔をしかめた。


「その神経、本当に理解できないわ」


「私も、あなたのその拒絶の早さはよく分からない」


 一瞬だけ言葉に詰まったあと、セシリアは小さく息を吐いた。


「……勝手になさい」


 吐き捨てるように言って歩き出す。

 俺も気にせずその隣をついていった。

 女子寮の廊下を抜け、中庭へ出る。

 今さらだが、まさに女の園だ。

 朝の空気はひんやりしていて、白い石壁がまだ少し青く見えた。

 そこを、王女らしい空気を纏った白髪の少女と、見慣れない金髪の美少女が並んで歩いている。

 珍しいのだろう。

 すれ違う新入生たちの視線が何度も止まるのが分かった。

 ただ、それ以上に周囲の目を引いたのは、俺がセシリアの隣を平然と歩いていることらしかった。

 会場へ続く講義棟前には、すでにかなりの人数が集まっていた。

 二百人近いだろうか。

 緊張で言葉少なな者もいれば、逆に落ち着かないのか早口で何かを喋っている者もいる。

 その中で、俺たちが近づいた途端、空気が少し揺れた。


「セシリア殿下、おはようございます」



「本日もお美しく……」



「ご一緒できて光栄です」

 仕立てのいい制服を着た貴族らしい新入生たちが、次々とセシリアへ挨拶に来る。

 言葉は丁寧だが、相手本人というより“王女”に向けられている感じが強かった。

 敬意の中に、緊張と媚びが混ざっている。

 セシリアはそれに短く返す。


「ええ、おはよう」


「そう」



「今は試験前よ。無駄口は控えなさい」


 冷たい。

 だが切り捨てるほどでもない。

 その温度がまた、相手を余計に緊張させていた。

 その少し先に、赤い髪が見えた。

 ローゼリアだ。

 俺の姿を見つけた瞬間、ぱっと表情が明るくなる。

 次の瞬間には、もう駆け出していた。


「アイリス!」


 そのまま勢いよく抱きつかれる。

 不意打ちみたいな近さに、身体が一瞬だけ固まった。

 柔らかい。

 近い。

 中身の俺が遅れて反応して、わずかにたじろぎかける。

 けれど、それは本当に一瞬だった。

 ローゼリアの腕に、思っていたより強い力が入っていたからだ。

 ああ、この子も不安だったんだ、とすぐに分かった。

 そう理解した瞬間、変な戸惑いは消えた。

 俺だって、学院のこの空気の中でローゼリアの顔を見られてほっとしていた。

 だから、そのまま抱きしめ返す。


「おはよう、ローゼリア」


「……よかった。本当に来てた」


「そっちこそ」


 短い言葉だけで十分だった。

 周囲のざわめきが大きくなったのが分かる。

 さっきまでセシリアへ挨拶していた連中まで、今度はローゼリアが駆け寄って抱きついた相手として俺を見ている。

 誰だ、何者だ、という視線だ。

 少し離れたローゼリアは、そこでようやくセシリアに気づいたらしく、表情を整えた。


「……セシリア様」


「久しぶりね、ローゼリア」


 互いに名前と顔は知っている。

 けれど、それ以上ではない。

 たった一往復の会話だけで、その距離が分かった。

 そのあと、今度はローゼリアのもとにも何人かが挨拶へ来た。

 セシリアの時ほど空気は張っていないが、それでもやはり高位の家の娘に向ける敬意がある。

 そこで俺はようやく、二人の立場をある程度理解した。

 でも、だからといって今さら急に距離を変える気にはなれなかった。


「二人とも、会場ってあっちで合ってる?」


 俺がそう聞いた瞬間、近くにいた新入生たちがあからさまに目を見開いた。

 ローゼリアにもセシリアにも、同じ調子で話しかけたからだろう。

 セシリアはさらに機嫌が悪そうな顔になる。


「ちょ、アイリス……」

 

 ローゼリアは少し驚いたような表情を見せる。


「ええ、あちらで間違いないわ」


 セシリアは淡々と答える。

 その様子がまた、周囲をざわつかせた。

 やがて教員たちが現れ、ざわめいていた空気が一気に引き締まった。

 案内された先は、大講堂のような広い石造りの空間だった。

 高い天井、扇状に並ぶ席、中央には巨大な魔法陣が刻まれた円形の祭壇。

 前へ出た教員が、よく通る声で告げる。


「これより、選抜試験の第一工程を開始する」


 会場が静まり返る。


「第一工程は――悪魔契約だ」


 その一言で、空気が変わった。

 知識としては頭にあった。

 人は悪魔と契約し、その力を得る。

 けれど、それはあくまで知識だ。

 俺にとってはまだ、本の中の話に近かった。


「契約は誰もが成功するわけではない。成功率はおよそ二割。成功しても得られる悪魔や能力は選べない。己の器と適性がすべてだ。なお、この結果は今後の教育方針、編成、評価に大きく関わる」


 二割。

 二百人近くいるなら、成功するのは四十人前後。

 数字として聞くだけでも、思っていた以上に少ない。


「それでは始める。名前を呼ばれた者から前へ」


 儀式が始まった。

 名を呼ばれた生徒が一人ずつ祭壇へ上がる。

 術式が光る。

 何も起こらず終わる者もいた。

 短く光が揺れただけで、肩を落として戻っていく者。

 逆に、空気そのものが変わり、人ではない何かの気配が立ち上がる時もある。

 俺はそこで初めて、悪魔を見た。

 黒い鳥のようで鳥ではないもの。

 細い獣の骨格を思わせる影。

 水面のように揺れる人型。

 美しいものもいれば、不気味なものもいる。

 どれも生き物めいているのに、生き物とは決定的に何かがズレていた。

 見た瞬間、本能が「人の外側のものだ」と理解する。


「これが......悪魔」

 俺はそのあり得ない存在に言葉を失う。

 その実感が、遅れて背筋を冷やした。

 失敗者は多い。

 成功しても、拍手が起こるような空気ではない。

 ただ記録され、次へ進む。

 淡々としているからこそ、成功者の少なさが余計に際立つ。

 やがて、名が呼ばれた。


「ローゼリア・ヴァルンハート」


 会場がわずかにざわつく。

 ローゼリアは緊張しているのが分かった。

 一度俺の方を見て、頷いて歩き出した。

 足を止めず、祭壇の中央へ立つ。

 術式が光り、次の瞬間、圧を感じた。

 そして薄紅と深紅を帯びた気配が立ち上がった。

 花弁のようで、蔓のようで、近づけば傷つくと直感する美しさ。

 ブライア。

 その姿が現れた瞬間、会場の空気が少し変わった。

 明らかに格のある気配。

 可憐なのに、拒絶と守護が同時に立っている。

 俺は無意識に息を詰めていた。

 続いて呼ばれたのは、セシリアだ。


「セシリア・コーネリア」


 今度は、ざわめきの質が違った。

 期待が混ざっている。

 王女として、分かりやすく強い契約を望む視線。

 セシリアは前へ出る。

 横顔はいつも通り強張っていたが、その奥に張り詰めたものがあるのが見えた。

 術式が光る。

 先ほどの様な圧はなく、現れたのは、小さな少女型の悪魔だった。

 銀の髪、桃色の瞳、蜘蛛糸を纏ったような静かな存在。

 可憐で、高貴で、整いすぎた人形のような美しさ。

 けれど、場が求めていた“強そうな悪魔”ではない。

 シル。

 教員たちは記録を取る。

 だが、周囲の熱は思ったほど上がらない。

 その微妙な鈍さを、セシリアが感じ取れないはずがなかった。

 ほんの一瞬だけ、横顔が固くなる。

 だが彼女は何も言わず、元の位置へ戻った。

 その沈んだような静けさのあとで、次の名が呼ばれる。


「――次、アイリス」


 胸の奥が、ひとつ強く鳴った。



ブライア




シル





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