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転生したら美少女だったオレ  作者: ウルティ
第二章 この世界の自分

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第三十七話 入寮

こんにちは!ここまでお読み頂きありがとうございます!

ここから物語は第二章へと突入します!

物語は一段階進み、物語の根幹とも言える悪魔契約が成される章です!

様々な悪魔が登場します!

またこの世界における悪魔とはどういう存在なのかにも視点を向けて頂けると、より物語を楽しめると思います!

では、転生したら美少女だったオレ第二章開幕です!

第三十七話 入寮

 アークレスト学院は、ヴァリスの街並みの中でも明らかに空気が違っていた。

 街の建物と同じ石造りのはずなのに、ここだけ妙に整いすぎている。

 高い塀、均等に並ぶ窓、左右対称に伸びる棟。

 大きい、というより、無駄がない。

 人を学ばせるために作られたというより、人を選び、並べ、育てるために作られた場所――そんな印象だった。

 正門をくぐると、中にはすでにかなりの人数がいた。

 新入生、その家族、付き添い、使用人。

 年齢の近い男女がそこかしこにいて、それぞれ荷物を運び、手続きを済ませ、ぎこちなく学院の空気に馴染もうとしている。

 緊張しているのは皆同じなのだろうに、纏っているものはかなり違った。

 仕立てのいい服、上質な革鞄、磨かれた靴。

 ここに来るまでにどんな環境で育ってきたのかが、黙っていても見えてしまう。

 俺は肩に掛けた荷物の紐を持ち直し、受付棟へ向かった。

 その途中で、何度か視線が止まるのを感じた。

 最初は気のせいかと思った。

 だが、一度や二度じゃない。

 すれ違った女子が会話を止める。

 受付の列に並んでいた男子が、はっとしたみたいにこっちを見る。

 女の子ですら一瞬目を奪われるみたいに視線を留める。

 ……ああ、やっぱりそうか。

 今さらだけど、俺は改めて理解した。

 この身体の顔立ちは、この世界でもかなり整っている。

 転生した直後はそんなことを冷静に考える余裕なんてなかった。

 生きること、隠すこと、順応すること、それだけで精一杯だった。

 でも一ヶ月経って、街に出て、人と関わって、ようやく分かる。

 これは「ちょっと整ってる」程度じゃない。

 黙っていても目を引く顔だ。

 正直、面倒だと思った。

 武器になる場面もあるかもしれない。

 けれど、まだ今の俺には、こういう視線はただ落ち着かないだけだった。

 受付に着くと、対応に出た女職員も一瞬だけ目を止めた。

 ほんのわずかだ。

 けれど、見逃すほど鈍くもない。


「……新入生の方ですね。こちらに氏名を記入してください」


 差し出された紙とペンを受け取り、俺は一瞬だけ手元を見る。

 氏名。

 この世界で、俺を示すための名前。

 少しだけ妙な感覚がした。

 けれど、今さら迷っても仕方がない。

 俺は欄に、アイリス、と書いた。

 職員はそれを確認し、すぐに視線を上げる。


「家名は?」


「……ないです」


 答えると、職員の手がわずかに止まった。

 驚いた、というほどではない。

 けれど、そう返されることを想定していなかったような間だった。


「家名がない場合でも、学院では識別のために登録名が必要になります」


「登録名?」


「はい。学院には同名の生徒が在籍する可能性があります。また、成績、寮、契約記録、試験結果、卒業後の証明書など、すべて氏名で管理されます。貴族家の方は家名を、平民の方でも出身地や保護者名、あるいは任意の登録姓を用いることが一般的です」


 なるほど。

 言われてみれば当然だ。

 ここは家ではない。

 学校でもあるが、同時に制度の中だ。

 個人を個人として扱うには、名前だけでは足りない。

 家名。

 血の証。

 帰る場所の名前。

 この世界で、自分がどこに属しているのかを示すもの。

 そんなもの、俺にはない。

 けれど、名前ならある。

 滝沢天海。

 もう誰にも呼ばれない名。

 この世界では、何の意味も持たない名。

 それでも、俺が俺だった証まで、なかったことにはしたくなかった。

 天。

 海。

 天は、たしかフランス語でシエル。

 海は、イタリア語でマーレ。

 そのまま並べると、少し長い。

 この世界で名乗るには、少しだけ馴染まない気もした。

 なら、混ぜるか。

 天海を、そのまま持ち込むんじゃない。

 今の俺が名乗れる形に変える。

 シエル。

 マーレ。

 その二つの響きを、胸の奥で静かに重ねる。


「……シエーレ」


 職員のペン先が止まった。


「シエーレ、でよろしいですか?」


「はい」


「では、登録名はアイリス・シエーレとなります」


 アイリス・シエーレ。


 紙の上に書かれたその名前を見て、少しだけ胸の奥が落ち着いた。


 滝沢天海ではない。

 けれど、天海を捨てたわけでもない。

 この世界で生きるために、俺はその名を、今の自分に馴染む形へ変えた。

 職員は淡々と書類を整え、次の紙へ視線を落とした。


「確認できました。女子寮東棟三階、三一二号室です。本日中に入寮を済ませ、明朝は選抜試験のため第一講義棟前へ集合してください。起床鐘から一刻後です」


「選抜試験って、筆記と実技の両方?」


「詳細は明朝説明されます」


 必要以上のことは話さない。

 学院らしい対応だと思った。

 鍵を受け取り、俺は受付を離れた。

 背中に残る視線はまだある。

 気にするな、と自分に言い聞かせながら歩く。

 中庭を抜け、女子寮へ向かう。

 寮棟もまた学院らしく整っていた。

 清潔で、規則正しくて、少し息が詰まりそうなほどきっちりしている。

 けれど嫌ではない。

 むしろ、こういう場所に来たかったんだと少し思う。

 学ぶための場所。

 自分の知らないものが、きっと山ほどある場所。

 三階まで上がり、廊下を進む。

 三一二号室の前で一度だけ立ち止まった。

 ここから先は、完全に新しい生活だ。

 三週間で積み上げたものなんてたかが知れている。

 剣も、知識も、この世界の常識も、全然足りていない。

 それでも、何もないまま入るよりはずっとましだと自分に言い聞かせてきた。

 小さく息を吐いて、鍵を差し込む。

 部屋の中は、思っていたより広かった。

 二人部屋。

 左右に一つずつベッド、机、棚。

 窓際には午後の光が差していて、粗末ではないが飾り気もない。

 学院の寮としては十分、という感じだ。

 ただ、部屋にはもう先客がいた。

 窓辺に立っていた少女が、扉の音に反応してこちらを振り返る。

 白い髪。

 冷たい紫の瞳。

 整いすぎた顔立ち。

 どこか刺すような美しさがある。

 立ち姿だけで育ちの良さが見えるのに、それ以上に先に来たのは、露骨な不機嫌さだった。

 彼女は俺を見た瞬間、隠そうともせず眉を寄せた。


「……あんたがもう一人?」


 歓迎の気配は一切ない。

 最初から嫌っているというより、最初から敵意の方を先に向けるタイプの目だった。


「たぶん。三一二号室って言われたし」


 俺がそう返すと、少女は小さく鼻で笑った。


「最悪」


 思わず、少しだけ目を細める。


「初対面でそれ言うんだ」


「言うわよ。こっちは静かに過ごしたいの。変なのと同室とか勘弁してほしい」


 ずいぶんはっきりしてるな、と思った。

 遠回しに棘を刺す気すらないらしい。

 けれど、ここで引くのも違う気がした。


「安心して。私も面倒なのは嫌い」


「……へえ」


 少女は腕を組み、改めて俺を上から下まで見た。

 その視線には値踏みと警戒が混ざっている。

 顔立ちのせいか、あるいは荷物の少なさのせいか、何に引っかかったのかは分からない。


「名前は?」


 先に聞いてきたのは向こうだった。

 敵意むき出しのくせに、確認はするらしい。


「アイリス」


「そう」


「そっちは?」


 一瞬だけ間が空いた。

 少し眉を歪める。


「……セシリア」


 それだけ。

 姓は言わない。

 けれど、その短い名乗り方にすら、妙な高さがあった。


「よろしく、セシリア」


 セシリアは少し目を見開いて、少し慌てているのが見てとれた。


「よ、よろしくしないで。馴れ馴れしい」


 即答だった。

 ここまで来ると、逆に少し面白い。


「同室なんだから最低限は話すでしょ」


「必要があればね」


 ぴしゃりと言い切って、セシリアは窓の方へ視線を戻した。

 本当に感じが悪い。

 けれど、その敵意が単純に見下しだけで出来ている感じもしなかった。

 誰かを先に遠ざけるのに慣れているような、そんな棘だった。

 俺は空いている方のベッドへ荷物を置き、静かに中身を取り出した。

 衣類、筆記具、日用品。大した量はない。

 棚へ並べていくうちに、部屋の静けさが少しずつ現実味を帯びてくる。

 明日は選抜試験だ。

 そこで何を見られるのか、どこまで測られるのか、まだ分からない。

 けれど、それでクラス分けが決まる。

 つまり、ここでの立ち位置の最初の線が引かれるということだ。

 窓の外では、中庭を歩く新入生たちの姿が小さく見えた。

 俺はまだ、この学院のことをほとんど知らない。

 セシリアみたいな奴がどれだけいるのかも、自分がここでどう見られるのかも、明日にならないと分からない。

 それでも、ようやくここまで来た。

 知らないから来た。

 足りないから来た。

 自分を守るために。

 ローゼリアを守るために。

 ベッドの端に腰を下ろし、俺は机の上に明日のための筆記具を並べた。

 この学院で、俺は何を知るのか。

 そして、自分に何が足りないのか。

 その答えを、明日から嫌でも思い知らされることになる。



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