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転生したら美少女だったオレ  作者: ウルティ
第一章 なにもない場所

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第三十三話 七日目の答え

第三十三話 七日目の答え

 店に手を加えてから七日目の朝、ハルヴェイ商会の空気は最初とはまるで違っていた。

 入口で立ち止まる客がいる。

 そのまま旅小物を見る。

 さらに中へ流れ、布棚へ移り、会計前で足りない物を一つ足す。

 前なら、どこかで途切れていた流れだ。

 今はそれが自然に繋がっていく。

 俺は開店前の店内を歩きながら、棚の端に置かれた補充箱の位置を数寸だけずらした。

 これも最初ならいちいち声をかけていたことだが、もう若い従業員たちもだいぶ慣れてきている。

 客の足に当たらず、手は届きやすく、補充の流れを邪魔しない位置。

 そういう小さな調整が、少しずつ店の動きを変えていた。


「その箱、もう少しだけ奥です」


「はい」


 返事は早い。

 動きにも迷いがない。

 入口を整えた初日、言われたことを半信半疑でなぞっていた頃とは明らかに違う。

 店は、ようやく“回り始めた”のだと思った。

 帳場の方では、レインが朝から何度も売上帳を開いていた。

 見なくてもいい頻度で見ている。

 落ち着かないのだろう。

 今日が七日目。

 最初に俺が言った「七日間見させてほしい」の答えが出る日だ。

 開店してしばらくすると、客足はいつも通りに流れ始めた。

 いや、いつも通りという言い方はもう違うかもしれない。

 前の“いつも通り”とは、明らかに別の店になっている。

 入口脇の火打石が減る。

 その隣の携帯油も動く。

 布を見ていた女が、寄せておいた針と糸を一緒に取る。

 外套を手にした男が、会計前で革紐を足す。

 店の中を歩き回っていると、その一つ一つがちゃんと見えた。

 何が止まらず、何が繋がるようになったか。

 数字を待つまでもなく、空気が違う。


「アイリスさん」


 昼を少し過ぎたあたりで、レインが帳場から声をかけた。

 いつもより真面目な声だった。


「少し、いいですか」


 俺は棚を離れ、帳場へ向かった。

 そこには開いた帳面が置かれている。

 横には何枚かの控え札と、ざっくりとまとめられた簡単な売上の比較表まであった。

 昨夜のうちに整理したらしい。


「七日前と比べました」


 レインが指先で数字を追う。


「入口側の商品は、回転が明らかに上がっています。火打石、紐、携帯油、小針。このあたりは特に。あと、単品で終わるお客様が減りました」


「布を見る人が、そのまま裁縫道具へ流れるようになったからですね」


「はい。外套も、見るだけで終わらず、そこから別の商品へ繋がることが増えました」


 俺は帳面を受け取って目を通した。


 悪くない。

 いや、正直に言えば十分に良い。

 派手に跳ねたわけじゃない。

 だが、そこが逆にいい。

 嘘くさい爆発じゃない。

 入口を変え、導線を整え、関連商品を寄せ、死に筋を下げた結果として、現実的な伸び方をしている。

 店の感覚と、数字が噛み合っていた。


「どう、ですか」


 レインが訊く。

 その聞き方に、少しだけ胸が詰まる。

 商会主なのだから、本来は自分で判断しなければならない立場だ。

 けれど今のレインは、その答えを俺に委ねるくらいには、この七日間に賭けていた。


「ちゃんと変わってます」


 そう返すと、レインの肩から少しだけ力が抜けた。


「よかった……」


 小さく漏れた声は、本心そのままだった。

 その時、横から低い声が割って入る。


「気に食わんが、売れたのは事実だな」


 コルバンだった。

 帳場の脇に腕を組んで立ち、あからさまに不機嫌そうな顔で帳面を見ている。


「入口を触ったくらいでここまで変わるとは思わなかった」


「褒めてるんですか、それ」


 俺が言うと、コルバンは眉をひそめた。


「褒めとらん。結果を見とるだけだ」


「じゃあ十分です」


 そう返すと、コルバンは鼻を鳴らしただけだった。

 でも、それでいい。

 あの男がこの場で結果を否定しないなら、それだけで十分に重い。

 レインが帳面を閉じ、まっすぐこちらを見た。


「アイリスさん」


「はい」


「最初に言った七日間は、これで終わりです」


「そうですね」


「そのうえで、改めてお願いしたいです」


 一拍置いて、レインははっきり言った。


「これからも、力を貸してもらえませんか」


 言葉を選んでいるのが分かる。

 雇う、使う、頼る。

 そのどれでもあるようで、どれでもない言い方だった。


「商会を立て直したいんです。俺一人では、見えていなかったことが多すぎた。……あなたがいなければ、たぶん今も分からないままだった」


 帳場の向こうで、若い従業員たちが何となくこちらを気にしている。

 聞いているわけではないふりをしながら、耳は立っている。

 コルバンも黙っていた。

 俺は少しだけ視線を落とした。

 この世界に来てから、ずっと生き延びることしか考えていなかった。

 水。

 食料。

 服。

 寝床。

 金。

 足場。

 必要な物を一つずつ揃えて、ただその場を越えてきた。

 でも今、ここには結果が残っている。

 俺が見て、考えて、手を入れて、変わった店がある。

 これは偶然じゃない。

 誰かに恵んでもらっただけでもない。

 自分で、この世界の中に足場を作ったのだ。


「報酬の方も、最初の約束通りお渡しします」


 レインが用意していた革袋を差し出した。

 持ってみると、思ったよりずっしりしている。


「……結構入ってますね」


「成果分ですから」


 その言葉に、コルバンが横からぼそりと言った。


「安く済ませたら、それこそ店主失格だ」


「珍しくまともなこと言いますね」


「いつだってまともだ」


 軽口に近い応酬だった。

 それなのに、数日前までの刺々しさとは少し違っているのが自分でも分かる。

 革袋を握ったまま、俺は店内を見回した。

 入口で足を止める客。

 そのまま中へ入る流れ。

 補充位置を覚え始めた従業員。

 数字を見て変化を把握しようとするレイン。

 文句を言いながらも店の流れを壊さないコルバン。

 生きる場所は、確かにできたのだと思った。

 けれど、その実感と同時に、胸の奥には別の感覚も残っていた。

 武器は買った。

 軽装防具も揃えた。

 商会は少しずつ安定してきた。

 ローゼリアも、少なくとも当面は不用意に表へ出ないはずだ。

 それでも、まだ足りない。

 路地裏で起きたあの異常が何だったのか分からない。

 あれがもう一度起きる保証はないし、起こさずに済むならその方がいい。

 武器だって、持っただけでは話にならない。

 守れたと言うには、全部が曖昧すぎた。


「少しは安心できましたか」


 レインが静かに訊いた。

 俺は革袋の口を指でなぞってから、答える。


「生活のことなら、少しは」


「それなら良かったです」


「でも、それだけです」


 レインは何も言わなかった。

 分かっているのかもしれない。

 俺が今この店だけを見ているわけじゃないことも、この七日間の成果だけで満足できる段階にいないことも。

 コルバンが帳場の奥へ戻りながら、背中越しに言う。


「足場ができたなら、その上に何を積むか考えろ。商売でも何でも同じだ」


 その言葉に、思わず少しだけ笑いそうになった。

 店を閉める頃には、七日目の数字はほぼ出揃っていた。

 誰の目にも分かる形で、最初の一歩は成功だった。

 宿へ戻る道すがら、革袋の重みをもう一度確かめる。

 自分で稼いだ金だ。

 この世界で、初めて自分の力で作った足場の重さだった。

 それは確かに心強い。

 でも、守りたいものを守るには、まだ足りない。

 生きる場所は、できた。

 けれど、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。



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