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転生したら美少女だったオレ  作者: ウルティ
第一章 なにもない場所

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第三十ニ話 持っただけじゃ足りない

第三十二話 持っただけじゃ足りない

 翌朝、まだ空が白みきる前に、俺は宿の裏手にある空き地へ出ていた。

 人通りはない。

 湿った土の匂いと、夜気の冷たさだけが残っている。

 腰から新しく買った剣を抜く。

 右に一本。

 左に一本。

 その瞬間だけは、少しだけ気分が変わった。

 何も持っていなかった数日前とは違う。

 丸腰で飛び出して、結果的にどうにかなっただけの自分とは違う。

 だが、その安心は一歩目で消えた。


「……っ」


 右を前に出し、左を少し引く。

 頭の中には形がある。

 ゲームで何度も見て、何度も触った動きだ。

 片方で受け、片方で差し込む。

 あるいは左右から連続で刻む。

 イメージだけなら、いくらでも出てくる。

 でも、身体はそう簡単に動かなかった。

 右を意識すると左が遅れる。

 左を返そうとすると、今度は重心が浮く。

 踏み込みに合わせて両手を連動させるつもりが、片方だけ半拍ずれる。

 遅い。

 甘い。

 しかも、ぎこちない。

 剣先がぶれるたびに、自分でも分かる。

 今のは受けたつもりでも、現実なら手首ごと持っていかれる。

 今のは斬ったつもりでも、相手に届く前に懐へ入られる。


「全然、駄目だな……」


 小さく漏れた声は、朝の空気に吸われていった。

 双剣を選んだ判断自体は間違っていないと思う。

 大剣は重い。今の身体では明らかに扱いきれない。

 刀はこの世界でまだ見ていない。

 今ある現実の中で選ぶなら、残るのは双剣だった。

 それに、今の身体の利点は重さじゃない。

 軽さと柔らかさだ。

 大きく振り回して潰すより、細かく動いて角度を作る方が向いている。

 それも分かっている。

 でも、分かっていることと、できることは別だ。

 もう一度構える。

 片方を前へ、片方を胸元へ寄せる。

 踏み込み、払って、返す。

 刃筋が安定しない。

 前腕に巻いた革具がまだ妙に気になる。

 胸当ては軽いが、上半身のひねりにわずかに遅れが出る。

 脛当てとブーツも、裸に近い格好で走り回っていた時とは感覚が違う。

 防具は必要だ。

 だが、着ければそれで動けるわけじゃない。

 結局、日がしっかり昇るまでやって、俺は何度か自分の剣先を土に擦らせ、最後には左手の握りを少し滑らせた。

 豆にもなっていない掌がじんじん痛む。

 武器は買った。

 防具も揃えた。

 それでも、持っただけで戦えるほど世の中は甘くない。

     *

 店に着いた頃には、腕も肩も妙に重かった。

 それでも商会は待ってくれない。

 入口脇の棚では、旅用の小物が昨日よりさらに自然に動いていた。

 中へ入った客が布棚まで流れ、その近くに寄せた針や糸を一緒に見る。

 こちらが声をかけなくても、客の手が勝手に次へ伸びる流れができつつある。


「その箱、下じゃなくて横です」


 若い従業員が補充箱を持ち上げかけたところで声をかける。


「手前に置くと客の足に当たります」


「あ、はい!」


 返事と動きが前よりずっと素直だった。

 もう、一から十まで言わなくても通る。

 レインが帳場からこちらを見て、少しだけ目を細める。


「今日は顔色が少し違いますね」


「朝から動いただけです」


「店の前に獣でも出ましたか」


「そこまでじゃないです」


 そう返すと、レインは苦笑した。


「でも、何か始めた顔はしています」


 思ったより見ている。

 誤魔化しても仕方ないと思って、少しだけ肩を竦めた。


「武器を買ったので、試してました」


「もう?」


「もう、です。前みたいなことが次に起きた時、何も持ってないのは危ない」


 その言葉に、レインの表情が一瞬だけ引き締まる。

 路地裏の件を詳しく話してはいない。

 けれど、何かがあったことは察している。


「……どうでしたか」


「買っただけじゃ駄目だって分かりました」


 それが一番正確だった。


 横を通りかかったコルバンが、聞こえていたらしく鼻を鳴らす。


「当たり前だ。剣は持っただけで腕にはならん」


「知ってます」


「本当に知ってるやつは、そんな豆もできてねぇ手で朝から振り回さん」


 ぎくりとして、思わず左手を引いた。

 見られていたらしい。

 コルバンは伝票束を机に置きながら続ける。


「だがまあ、持たんよりはましだ。丸腰で死ぬより、下手でも刃を握ってる方が生き残る目はある」


 言い方は相変わらずだが、内容は否定しきれない。


「……ありがとうございます」


「礼は要らん。働け」


 いつも通りの返事だった。

 それなのに、少しだけ気が楽になる。

 昼を回る頃には、店の流れは昨日よりさらに安定していた。

 レインが帳面を見て数字を拾い、若い従業員が補充を回し、コルバンが文句を言いながら棚の位置を数寸だけ直す。

 昨日までなら全部が別々に動いていたのに、今は少しずつ一本の流れになり始めている。

 それを見ながら、俺は布を折る手を止めずに考えていた。

 商会は前へ進んでいる。

 ローゼリアも、少なくとも当面は不用意に表へ出ないはずだ。

 でも俺の方は、まだ何も足りていない。

 路地裏で起きたあの異常が何だったのか分からない。

 双剣を選んだ判断は間違っていないと思う。

 けれど、正しい武器を選ぶことと、それを使いこなせることは別だ。

 結局、自分一人で分かる範囲には限界がある。

 この世界でどう戦うのか。

 契約とは何なのか。

 あの時、胸の奥から溢れたものは何だったのか。

 知らなすぎる。

 布を棚へ戻しながら、無意識に腰の剣へ触れた。

 重くはない。

 むしろ今の身体にはよく馴染む。

 だからこそ分かる。

 これをちゃんと扱えるようになれば、今よりはましになる。

 でも、独学だけでどこまで行けるのか。

 夕方、店を閉めて宿へ戻ったあと、俺はもう一度だけ剣を抜いた。

 朝より少しだけ肩の力を抜く。

 片方を前へ。片方を守りに残す。

 踏み込み、返す。

 まだずれる。

 まだ遅い。

 それでも朝よりは少しだけ、左右の間合いが揃った気がした。

 気のせいかもしれない。

 でも、こういうものはたぶん、その気のせいを積むしかない。

 剣を下ろす。

 掌の痛みはまだ残っている。

 腕も重い。

 防具も完全には馴染まない。

 武器は手に入った。

 だが、それだけで生き残れるなら苦労はしない。

 双剣を静かに鞘へ戻し、俺は小さく息を吐いた。

 持っただけじゃ足りない。

 それでも、何も持たないままでいるよりはずっといい。

 今の俺に必要なのは、たぶんその先だった。



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