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転生したら美少女だったオレ  作者: ウルティ
第一章 なにもない場所

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第三十一話 必要な備え

第三十一話 必要な備え

 店に手を加えてから五日目、ハルヴェイ商会の空気はもう明らかに変わっていた。

 入口で立ち止まる客が増えた。

 立ち止まった客が中へ入る。

 中へ入った客が、一つで終わらず二つ目に手を伸ばす。

 たったそれだけのことが、今までできていなかった。

 俺は会計脇の小物棚に手を入れながら、売れて減った分の補充位置を少しだけ直した。

 前までは、動いた品をそのまま空いた場所へ差し戻していたせいで、見た目も流れも崩れていた。

 今は違う。

 客がどこで目を止め、何をついでに取るかを意識して戻すだけで、棚の表情が変わる。


「革紐、手前に寄せます」


 若い従業員が、俺の顔を見ながら言った。


「ええ。あと、その横に小針。布を見た人が流れてきやすい位置に」


「はい」


 返事が早い。

 迷いも減った。

 俺が一から指示しなくても、店の側が少しずつ考えて動き始めている。

 それを見て、ようやく本当に息を吐けた。

 商会は前に進んでいる。

 これはもう偶然じゃない。

 けれど、だからといって俺自身が何も変わらないままでいいわけじゃなかった。

 あの夜の路地裏が、頭から離れない。

 崩れ落ちた男たち。

 意味も分からず胸の奥から溢れた、あの異常。

 そして何より――その前に、俺は何も持っていなかった。

 もし、あの時あれが起きなかったら。

 もし、ただの力のない十六の少女として、あいつらの前に立っていただけだったら。

 考えるまでもない。

 終わっていた。


「アイリスさん」


 帳場からレインが声をかけてくる。


「今朝の分です。入口側の小物、やっぱり昨日より動いてます」


 帳面を受け取って目を通す。

 火打石、携帯油、紐、小針。

 数字だけ見ても悪くない。

 布まわりも一緒に動き始めている。

 昨日から今日へ、ちゃんと繋がっていた。


「いいですね」


「はい。正直、ここまで変わるとは思っていませんでした」


 レインは苦笑混じりに言う。


「入口だけじゃなくて、その先も変わるんですね」


「入口で負けなくなったら、中の粗さが次に見えるだけです」


「それをあなたみたいに若い女の子が普通みたいに言うのは、やっぱり変ですよ」


 少し笑うレインに、俺も小さく口元を緩めた。

 その時、ふと帳場の端に立てかけられていた荷札の木片が視界に入る。

 細く削った木に、麻紐を通すための穴が開いているだけの簡単なものだ。

 武器でも何でもない。

 ただの札。

 それなのに、視線がそこで止まる。

 細い。

 軽い。

 今の俺の身体は、重いものを振り回すためにはできていない。

 レインが帳面を閉じる音で、意識が戻った。


「どうしました?」


「……前から思ってたんですけど」


 言いながら、自分の中でようやく言葉になった感覚を確かめる。


「この辺りで、実用向きの武具を扱ってる店ってありますか」


 レインが少しだけ目を丸くした。


「武具、ですか」


「ええ。最低限の物でいいです。高級品じゃなくて、街中でも無理なく買える範囲のもの」


 レインはすぐに察したらしい。

 表情を引き締めた。


「……この前の件、ですか」


「はい」


 ごまかす意味もなかった。


「次があった時、何も持っていないのは危ない」


 俺がそう言うと、帳場の奥で伝票を整理していたコルバンが鼻を鳴らした。


「ようやくそこに気づいたか」


 相変わらず言い方は腹が立つ。


「気づくのが遅い方だとは思ってます」


「遅ぇよ」


 即答だった。


「今の世の中、身一つで表を歩けるほど甘くねぇ。まして若い娘ならなおさらだ」


 言い方は気に食わないが、否定もできない。

 俺は黙ったまま視線だけ向ける。

 コルバンは少しだけ肩を竦めた。


「裏通りの外れに武具屋がある。派手な品はねぇが、実用だけなら悪くない。見栄じゃなく使うための物を置いてる」


「紹介状はいりますか」


「要らん。値切るなよ」


「そのつもりはありません」


 そう返すと、コルバンはまた鼻を鳴らして奥へ引っ込んだ。

 昼の忙しい時間を抜けたあと、俺は一人でその武具屋へ向かった。

 通りの賑わいから少し外れた、石造りの低い店だった。看板も大きくない。

 だが入口脇には、手入れされた革鎧と鈍い銀色の剣が二本、無言で立てかけられている。

 見せびらかす店じゃない。

 使うための店だ。

 中へ入ると、油と革と鉄の匂いが鼻を打った。

「いらっしゃい」

 奥から出てきた店主は、俺を見て一瞬だけ眉を動かした。

 若い女が一人で来るには似合わない店だと思ったのかもしれない。

 けれど、それ以上のことは言わない。


「剣を見たいです」


「一本か?」


「二本」


 店主の目が少しだけ細くなる。


「使い道は」


「実戦前提です。重すぎる物は要りません。扱いやすくて、取り回しが利くものを」


 そう言いながら、店内の剣を順に見る。

 大剣が壁にかかっている。

 元の世界なら、たぶん一度は目を引かれた。

 ゲームの中でなら、重い一撃で叩き割る感覚は嫌いじゃなかった。

 だが今の身体であれを振るう姿を想像した瞬間、すぐに消えた。

 重い。

 遅い。

 今の俺には無理だ。

 刀に似た細身の曲刀を探す。

 ない。

 この世界に来てから、まだ見ていない。

 憧れで選ぶには、今は現実が先だ。

 残るのは双剣。

 俺は短すぎず長すぎない片手剣を二本、順に持たせてもらった。

 一本ずつ持った感触。

 左右に分けた時の重さ。

 抜く動作、返す動作、手首への収まり。

 軽い。

 いや、軽いだけじゃない。

 今の身体の方が、こういう武器には合っている。

 腕力は足りない。

 だが、その代わりに軽さと柔らかさがある。

 肩も腰も、前より細かく動く。

 大きく振りかぶるより、角度を作って差し込む方が自然だ。

 それに、双剣なら攻防を分けられる。

 片方で受けて、片方で返す。

 ゲームの中で散々やった動きだ。

 もちろん現実はそんなに甘くない。

 頭に形があるだけで、身体がついてくる保証なんてない。

 それでも、何もないよりはずっといい。


「……これ、ください」


 選んだのは、癖の少ない実用剣二本だった。

 装飾はない。

 鍔も地味だ。

 だが、今の俺に必要なのは見栄えじゃない。


「防具も見るのか?」


「軽装で。動きが死なないものを」


 胸当て、前腕の革具、脛当て、丈夫なブーツ。

 服の上からでも無理なく着けられる範囲で、最低限の物だけを選ぶ。

 重ねすぎれば鈍る。

 今の俺に必要なのは、強そうに見えることじゃなく、次に簡単に死なないことだ。

 支払いを終えた時、腰の袋は思ったより軽くなった。

 それでも後悔はなかった。

 宿に戻ってから、俺は借りた狭い部屋の中で、双剣を抜いてみた。

 右手。

 左手。

 片方を前に。

 もう片方を少し引く。

 踏み込み、戻り、受ける角度、返す軌道。

 ぎこちない。

 当然だ。

 上手くなんてない。

 けれど、一本だけの時より身体が落ち着く。

 片方が空く不安がない。

 今の俺には、たぶんこっちの方がいい。

 刀は、まだこの世界で見ていない。

 大剣は、今の身体では重すぎる。

 だったら双剣だ。

 軽さと柔らかさを殺さず、今の俺が一番現実的に持てる武器。

 ベッド脇に二本の剣を立てかけ、軽装の胸当てを椅子へ置く。

 強くなったわけじゃない。

 何かが分かったわけでもない。

 それでも、次に何も持たず立つつもりはなかった。



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