表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら美少女だったオレ  作者: ウルティ
第一章 なにもない場所

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/57

第二十五話 店の顔

第二十五話 店の顔

 翌朝、ハルヴェイ商会の前に立つと、空気はまだ静かだった。

 通りには朝の冷えが残り、石畳の継ぎ目に溜まった夜露が白く光っている。

 店の戸は半分だけ開いていて、中では従業員たちが開店前の支度をしていた。

 木箱の擦れる音、布を払う音、棚を拭く乾いた布の音。

 忙しいのに、どこか重い。

 昨日までと同じ並びで、今日も同じように一日を始めるつもりだった空気が、まだ店の中に残っていた。

 だが、今日は違う。

 俺は入口の前に立ったまま、店先を見渡した。

 外套は脇へ追いやられ、旅小物は散り、良い品は奥に埋もれている。

 通りを歩く客が最初に目にするのは、この店の強みじゃない。ただ置いてある物の塊だ。


「早いですね」


 後ろから声がした。

 振り向くと、レインが帳場から出てきていた。

 今日も整った商会服に身を包んでいるが、目元には少しだけ寝不足の色がある。

 昨日のあと、考えたのだろう。


「言ったでしょう。入口を変えるって」


 そう返すと、レインは苦笑して小さく頷いた。


「ええ。ですから、皆にも話してあります」


 店の中へ入ると、従業員たちが手を止めてこちらを見た。

 その視線には露骨な敵意はない。

 だが、歓迎もしていない。

 困惑と警戒が半分ずつ、といったところだ。

 番頭はすでに奥に腕を組んで立っており、俺を見た瞬間に顔をしかめた。


「朝の忙しい時に、余計な真似をするんじゃねぇぞ」


「余計かどうかは、終わってから決めればいいです」


 番頭の眉がぴくりと動く。

 だが、言い返す前にレインが一歩前へ出た。


「今日は入口まわりの配置を変えます」


 店の空気がわずかに揺れた。

 従業員の一人が目を丸くし、別の一人が持っていた布束を抱え直す。


「指示はアイリスさんから受けてください。私が許可します」


 それを聞いて、番頭が低く息を吐いた。


「坊ちゃん、本気ですか」


「本気です」


 声は強くない。

 だが、今朝のレインには昨日より芯があった。



 俺はそのやり取りを見てから、入口へ向き直る。


「まず、そこにある旅小物、全部いったんこっちへ集めてください。火打石、紐、針、携帯油、革袋。種類ごとじゃなく、“旅に出る人間が最初に要るもの”で一つにまとめます」


「まとめるって……その、雑に置くんですか?」


 若い従業員が戸惑った声を上げる。


「逆です。散ってるから雑に見えるんです」


 俺は棚板の高さに手を置いた。

「客は全部見ません。入口で、一目で“この店に何があるか”を判断します。だから最初に見せるのは、この店が客に渡せる答えです」


 ぽかんとした顔が二つ三つ並んだ。番頭は鼻で笑う。


「客ってのは、そんなに単純じゃねぇ」


「単純ですよ。少なくとも、新しく入る客は」


 俺は外套のかかった位置を指した。


「常連は探します。でも新規は探さない。分からなければ、そのまま帰る。だから入口で負けてる店は、中でどれだけ良い品を抱えてても取りこぼす」


 そこで、レインが小さく息を呑むのが見えた。

 昨日の言葉を、今ようやく現場の景色と重ねているのだろう。


「外套は前へ。朝の冷えが残ってる今なら、視線が行きやすい。色味に差が出るように並べてください。同じ黒を重ねるんじゃなく、濃淡を分ける」


「はい……!」


 若い従業員が動き出す。

 最初の一人が動くと、他の者もつられるように動き始めた。

 俺はそのまま入口脇の棚へ行く。


「装飾布は一段下げます。今ここに置いても、場所を食うだけです」


「おい、それは流石に――」


 番頭が口を挟む。


「見栄えのいい品を引っ込めるのか?」


「見栄えがいいのと、入口で戦えるのは別です」


 俺は装飾布の束を軽く持ち上げて見せた。


「これを欲しがる客は、最初から目的がある人です。入口で必要なのは“つい足を止める理由”であって、“分かる人には分かる品”じゃない」


 番頭は露骨に不満そうだったが、反論は飲み込んだ。

 代わりに従業員たちへ向けて吐き捨てる。


「……聞こえただろ。落とすなよ」


 その物言いに、俺は少しだけ内心で笑う。

 完全に認めたわけではないが、止める側から動かす側へ半歩だけ移った。

 十分だ。

 会計台の近くには、小さな革留め具と裁縫道具がばらばらに置かれていた。

 俺はそこを見て、近くの空き箱を引き寄せる。


「これはまとめてここ。会計の近くに置きます」


「そんな細かい物、入口じゃなくても売れるでしょう」


 レインが不思議そうに言う。


「売れます。だからこそ、最後にもう一つ持たせる場所へ置くんです」

 俺は木箱の中に針と糸、革留め具、小さな紐束を並べた。


「外套を見た客が、ついでに針を買う。革袋を手に取った客が、紐も持っていく。小物は単価が低くても、流れに乗せれば効く」


 そこで番頭が眉をひそめる。


「補充の手間が増える」


「増えません。増やさないようにするからです」


 俺は入口棚の下を指した。


「補充用の箱はその下へ。旅小物は三つに散らさず一つにまとめる。なくなったらそこから足す。散ってるから手間なんです」


 番頭は口を閉ざした。

 完全に納得したわけではない。

 だが少なくとも、言い返すための穴がすぐには見つからない顔をしている。

 やがて、入口の形が変わっていく。

 旅小物がまとまり、外套が前へ出て、見せ場を食っていた重い収納箱が脇へ下がる。

 さっきまで何の店か曖昧だった入口に、ようやく輪郭が出た。

 ――旅に出る者も、街で暮らす者も、まずここを見ればいい。

 そういう顔だ。

 開店の時刻が来た。

 戸が大きく開かれ、朝の光が斜めに差し込む。

 最初の客は、通りがかった中年の男だった。

 前ならちらりと見て通り過ぎていたはずの足が、入口の旅小物の前で止まる。


「……お、火打石あるのか」


 その声に、若い従業員が一瞬だけ俺を見た。

 男は火打石を手に取り、その隣に置いた携帯油も見て、ついでのように小さな革袋まで持った。

 会計までの動きが、昨日よりずっと自然だった。

 その次に入ってきたのは、布を見に来たらしい女だった。

 入口の外套を横目で見てから中へ入り、布を見て、帰り際に会計横の針と糸を一緒に手に取った。


「見やすくなったわね」


 何気ないその一言に、レインがはっとしたように顔を上げる。

 番頭は腕を組んだまま黙っていたが、口元だけがわずかに硬くなった。

 昼前には、入口で足を止める客が目に見えて増えた。

 劇的じゃない。

 だが確かに違う。

 昨日までは、そのまま流れていった視線が、一拍だけ棚に引っかかる。

 その一拍があるだけで、店の空気は変わる。

 夕方、客足が落ち着いた頃、俺は帳場の横で今日の動きをざっと見ていた。

 まだ一日だ。

 数字に出るには早い。

 だが、小物のまとまり買いは増えているし、何より入口で立ち止まる客の数が違う。


「……たまたまじゃ、なさそうですね」


 レインがぽつりと言った。


「たまたまだったら困ります」


 そう返すと、彼は疲れたように笑った。

 けれど、その顔には昨日よりずっと生気がある。

 番頭は最後まで不機嫌なままだった。

 だが、閉店の支度をしながら、入口棚の下に補充箱を寄せ直していた。

 気に食わないなりに、運用しやすい形に整えようとしている。

 十分な前進だ。

 俺は外套を羽織り、店を出た。

 通りには夕方の冷えが戻り始めている。

 商会の入口を振り返ると、朝よりもずっと“店”らしい顔をしていた。

 悪くない。

 まだ足りないが、死んだ店の動きじゃない。

 そのまま路地へ折れた時だった。

 酒場裏へ続く細い通りの奥で、男たちの低い声が重なった。

 荷箱の陰に身体を寄せると、途切れ途切れの言葉が耳に入る。


「……前は流されたはずだ」



「赤い髪の娘だろ」



「今度こそ外へ出た時に――」


 そこで、不意に呼吸が止まった。

 赤い髪。

 その言葉だけで、背筋が冷える。

 聞き間違いで済ませられるはずがなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ