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転生したら美少女だったオレ  作者: ウルティ
第一章 なにもない場所

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第二十四話 死に筋と売れ筋

第二十四話 死に筋と売れ筋

 レインが帳簿を持ってこさせるまでの間、俺は応接机の上に置かれた茶器や筆記具を眺めていた。

 高級すぎはしない。

 だが、安物でもない。

 客に見せる場所だけは、最低限整えている。

 見栄だけで店を回している商会なら、こういう細部はもっと派手になる。

 逆に本当に崩れきった店なら、こんなところまで手が回らない。

 つまりこの店は、まだ完全には死んでいない。


「お待たせしました」


 レインが帳簿を机に置いた。

 革表紙の擦れ具合から、日常的に使われているのが分かる。

 番頭は露骨に不満そうな顔のまま、俺の横からその帳簿を覗き込んでいた。


「見せる必要があるのか、本当に」


「約束しましたから」


 短いやり取りだったが、それだけで二人の関係が少し見える。

 番頭は現場を知っている。

 レインはそれを切れない。

 だが、譲れない線は引こうとしている。

 俺は帳簿を開いた。

 数字は思ったよりきちんとしていた。

 日付、品目、売上、仕入れ。

 少なくとも、何も記録していない店ではない。

 むしろ、記録だけならそこそこ丁寧だ。


「……なるほど」


「何か分かりますか」


 レインが慎重に訊く。


「思ったより悪くないです」


 番頭が鼻を鳴らした。


「だったら話は終わりだろうが」


「記録は悪くない、って意味です」


 俺は次の頁をめくりながら言った。


「でも、記録で止まってる。何が売れてて、何が場所を食ってるかを整理してない」


 しばらく数字を追う。

 旅用の小物――火打石、紐、簡易の針、携帯油、小さな革袋。

 このあたりは回転が早い。

 単価は低いが、数が動く。

 外套は季節と天候で波があるが、当たれば大きい。

 革鞄は単価が高く、利益も悪くない。

 だが売れ方が鈍い。

 布は安定して出ているが、新規の客を掴んでいない。

 一方で、動きの悪い品もある。

 見栄えの割に高すぎる装飾布。

 用途の狭い重い収納箱。

 場所を取るわりに売れない。


「売れてないんじゃない」


 俺は帳簿から目を上げた。


「売れるものを、売れる形で出せてないだけです」


 レインの眉がわずかに動く。

 番頭は険しい顔のままだ。


「旅小物は回ってます。外套も悪くない。革鞄も数字だけなら見込みがある。なのに、店先では全部散ってる。入口で客を止めるべき物が、奥や横に埋もれてる。逆に、動かない品がいい場所を食ってる」


「それは……」


 レインが何か言いかけて、言葉を止めた。


「気づいてはいたんじゃないですか」


 そう言うと、彼は小さく目を伏せた。


「はい。ですが、どこから手をつければいいか分からなかった」


 番頭が割って入る。


「店ってのは数字だけで回るもんじゃねぇ。客の気分、天気、流れ、そういうもんがある。帳簿だけ見て分かったような顔をするな」


「だから帳簿だけじゃ足りないんです」


 俺は帳簿を閉じた。


「在庫置き場、見せてください」


 そこで初めて、番頭があからさまに嫌そうな顔をした。


「そこまで見せる必要が――」


「あります」


 言い切ると、空気がぴんと張る。


「表が死んでるなら、裏もどこかで詰まってる。でなければ、ここまで綺麗に噛み合って赤字にはならない」


 レインは少しだけ考え、それから立ち上がった。


「行きましょう」


     *


 在庫置き場は、表の売り場よりさらに“惜しい”空気をしていた。

 品が悪いわけじゃない。

 むしろ良い。

 布は湿気を避けて積まれているし、革鞄も雑に放られてはいない。

 だが、置き方に統一がない。

 同じ旅用小物でも棚が分かれ、布と裁縫道具が離れ、補充に持っていく導線が悪い。

 俺は棚を見上げ、箱の脇に置かれた木札を確認し、足元の木箱の蓋を軽く持ち上げた。


「……やっぱり」


「何がです?」


 レインが後ろから覗き込む。


「表の死に方は、裏の死に方の結果です」


 振り返って、棚を指した。


「同系統の商品が散ってる。補充に時間がかかる。何がどれだけ残ってるか感覚頼りになってる。だから、表で動いた物をすぐ補えない。良い品ほど奥に埋もれる。売れる物が売り場にいない」


 番頭が低く唸るように言った。


「現場を知らねぇやつの机上の空論だ」


「だから両方見てるんです。数字も、表も、裏も」


 俺は視線を逸らさず返した。


「机上だけなら、ここまで言いません」


 番頭は言い返しかけて、黙った。

 完全には納得していないが、少なくとも無視はできなくなっている。

 そのままさらに見ていくと、別のものも見えた。

 売れない品が捨てられず残っている。

 古い仕入れ先から入れ続けている品が、場所だけを食っている。

 常連に融通した痕跡もある。

 数字に表れていない“甘さ”が、店のあちこちに染みついていた。

 俺はレインを見た。


「あなた、自分の取り分を削ってますよね」


 レインが目を見開く。


「……そこまで、分かりますか」


「帳簿の数字が、赤字続きにしては整いすぎてる。どこかが無理を被ってると思ったら、あなた自身の取り分だった」


 レインは苦く笑った。


「従業員には、ひもじい思いをさせたくないんです」


 番頭が苦々しく吐き出す。


「それが甘いって言ってるんですよ、坊ちゃんは」


 俺はその言葉に頷いた。


「その通りです」


 二人とも、少し驚いた顔をした。


「優しさだけじゃ商売は回らない。だから、人を増やす前に今ある店の回し方を変えるべきなんです。守りたいなら尚更」


 レインは黙ったまま、棚に並ぶ在庫を見上げた。

 たぶん今まで何度も見てきたはずの景色だ。

 けれど今は、少しだけ違うものに見えているはずだった。

 俺は一度、置き場全体を見渡してから言う。


「この店、赤字の理由は一つじゃないです」


「……ええ」


「でも、最初に手を入れる場所は決まってます」


 レインがこちらを見る。

 番頭も無言のまま視線を寄越した。

 俺ははっきり言った。


「入口です」


「入口……」


「はい。入口で何の店か分からない。旅用品が散ってる。客の足を止めるべき品が奥にいる。ここを直せば、最初の変化は出せる」


 番頭が腕を組み直した。


「たかが入口をいじったくらいで、何が変わる」


「たかがじゃないです。客は入口で入るか帰るか決める。そこで負けてる店は、中で何を置いてても取りこぼす」


 少しだけ間を置いて、続けた。


「この店はまだ死んでない。だから、最初に変えるのは入口です」


 レインはしばらく何も言わなかった。

 だがその沈黙は、迷いというより腹を決める前のものに見えた。

 俺は棚から手を離し、まっすぐ二人を見た。


「明日、入口を変えます」


 番頭の顔が、今度こそ本気で歪んだ。

 でも構わない。

 ここからだ。



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