第二話 始まりの一歩
俺はまず自分が無防備すぎることを再認識した。
裸のまま、見知らぬ場所に放り出されているという事実が、時間が経つほどに重くのしかかってくる。
肌にまとわりつく湿気と、時折吹き込む冷たい空気の温度差が、じわじわと体力を削っていく。
このまま何もせずにいれば、いずれ動けなくなるのは目に見えている。
「まずは…水だな。水がないとすぐに死ぬ」
口に出すことで、自分の思考を整理する。
喉はまだ乾いていないが、時間の問題だ。
湿気があるということは水源がある可能性が高い。
壁や地面に染み込んだ水分、あるいは奥に流れがあるかもしれない。
次に少なくても羽織る物と武器が必要だ。
体温を維持するものがなければ、夜を越えるのは厳しい。
得体の知れない場所で、何が出てくるかわからない。
さっき聞こえたあの鳥のような鳴き声も、どこか不自然だった。
身を守るものは必ず必要になる。
幸い、出口は比較的近くにある。
光が遠くに見えるからだ。
完全な暗闇ではないというだけで、少しだけ気持ちが軽くなる。
「あとは…火もいるな」
体力を温存しておかないとこんな状況じゃ生きていけないし、病気になる可能性も上がる。
湿気が強いこの環境では、体温が奪われやすい。
周りを見渡してもそれらは見当たらない。
乾いた枝も、火打石もない。
だが、ないなら作るしかない。
「そもそも、ここはどこなんだよ。マジでこれ現実か?」
言葉にしても、答えが返ってくるわけではない。
だが、何も考えないよりはマシだ。
俺は自問自答しながら、一旦洞窟の入り口の方へ向かう。
足元の岩は滑りやすく、慎重に歩かないとすぐに転びそうになる。
妙に静かだ。
自分の足音だけが、やけに大きく響いている気がする。
「これは…」
洞窟を出るとそこには見たことのあるような、無いような木々が生い茂っていた。
葉の形や色は似ているのに、どこか違う。
光の反射の仕方や、風に揺れる動きがわずかに不自然だ。
ただ、不安な気持ちを払拭するような感覚を覚えるほど美しい森だった。
鬱蒼と生い茂るというよりは、少し冷たさの残る風が吹き抜け、鳥達が囀っていて、暖かい陽の光が差していた。
そのはずなのに、どこか“静かすぎる”。
今まで見たどの写真よりも肌で感じるこの森が今の不安な気持ちも相まって美しく感じた。
幸運にも木のツルや葉っぱ、枝は手に入りそうだ。
「武器と羽織る物はなんとかなりそうだな」
俺は昔見たサバイバルの動画を思い出しながら、小学校の家庭科の授業でしか習ったことのない裁縫を真似て羽織るものと腰に巻く物と靴のようなものを作る。
材料は大小様々な大きさの葉っぱとツルだ。
手を動かしながら、頭の中で手順をなぞる。
だが実際にやってみると、思った以上にうまくいかない。
指の力加減が違う。
思ったよりも繊細で、逆に思ったよりも力が入らない。
見よう見まねでやってみるが、なかなか上手くいかない。
「まぁそう簡単には作れねーよな」
当たり前だ、サバイバルなんてしたことがない。
それに俺の記憶にある力の強さと実際の力の強さにズレがあり、なかなかに作業が困難だった。
体付きも変わってるため、自分が思う大きさともズレが大きかった。
何度も結び直し、破れ、やり直す。
思ったよりもツルが固く、葉も脆い。
無駄に時間がかかる。
この柔らかい指先だと痛みも増している気がする。
「あー、クソ!また破れた!」
精神的にも焦りが出る。
それでも、やらないよりはマシだ。
何度か試行錯誤して、なんとか完成させる。
見た目はかなり雑だが、最低限の機能は果たしそうだ。
「よし、とりあえず服的な物はなんとかなった。それにしても胸が大きすぎてなかなか葉っぱを使ったな…よし、次は武器を作るか」
俺はその辺に落ちてる手頃な石を割り、二メートルほどの枝を折って、それをツルで固定する。
石を割るたびに、乾いた音が森に響く。
その音が、妙に遠くまで響いている気がした。
誰かに聞かれているような、不気味な感覚が一瞬だけよぎる。
簡易的だが敵と距離を保てるように槍状の武器を作り、予備として、石包丁のようなものをいくつか腰にぶら下げた。
「だいぶ陽が登ってきたな」
気がつくと陽が真上に来ている。
影が短くなり、光が強くなっている。
目が覚めた時よりも幾分か気温が上がっている。
「よし、準備は出来たし水を探しにいこう」
俺は道端で食べられそうな木の実やキノコなどを見繕いながら、水源を探すために森に入った。
だが、見つけたものはどれも見覚えがない。
色は似ているのに、形が微妙に違う。
触れると、わずかにぬるりとした感触が残るものもあった。
歩きながらも思考は止めなかった。
「ここはどこなんだ…それに、なんで俺は女になってんだ…」
いくら考えても直近の記憶だけモヤが掛かっている。
「うーん…まぁ考えても答えは出ねぇよな」
そうこうしていると少し暗くなり始めた。
それに気づき空を見上げてると、雲がかかり今にも降ってきそうだった。
風の流れが変わる。
空気が一気に重くなる。
「今日はここまでにして、一旦洞窟に戻るか」
今の状態で体力を奪われることがあったらダメだ。
俺はそう思い、即座に洞窟に戻ることを決意した。
戻りながら植物、小動物などを観察していたが、どれも見たことのないものばかりだった。
中にはこちらをじっと見てくる小動物もいた。
逃げるでもなく、ただ見ている。
その視線が妙に気味悪い。
幸い、道すがらで木の実はいくつか取れていたので、食料はどうにかなりそうではある。
洞窟に入り、少し荷物の整理をしていると入り口の方から雨の音が聞こえてきた。
ぽつ、ぽつ、と不規則に始まったそれは、すぐに激しさを増していく。
俺は木の実のカラをツルでいくつか繋げて、外の岩に引っ掛けた。
「とりあえずの水はこれでどうにかなりそうだな」
まさに恵みの雨と言ったところだ。
だが同時に、外に出られない状況でもある。
時間と体力が惜しいので、俺は洞窟の奥を散策してみることにした。
「これは…苔か」
外とは違い少しひんやりとした空気だが、苔などがあることから湿気は常にあって、その湿気の元になる水源がある可能性もある。
足音がやけに反響する。
奥へ行くほどに音が吸い込まれていくような感覚になる。
俺はそう思い、奥へと足を進める。
すると、奥から微かに音が聞こえた。
水音のようにも聞こえる。
だが、それだけじゃない。
何かが擦れるような、低い音が混じっている。
「なにか…いんのか」
俺は警戒しながら先へ進む。
音は段々と近づいている。
いや、違う。
“向こうも動いている”。
岩陰に身を隠し、音がさらに近づいてくるのを待つ。
自分の鼓動がうるさい。
耳の奥でドクドクと鳴り響く。
息を殺しながら、背中をピッタリと岩につけ、死角を無くす。
「絶対生き残ってやる」
俺は武器を構えた。




