第一話 知らない場所
はじめましての人も以前から見て頂いていた人もこんにちは!自身で書く二作目の作品です。一作目もまだ途中ですが、前回とは少し毛色を変えた作品です。それでは、お楽しみ下さい。
寒い――そう思って体を抱いた瞬間、違和感に気づいた。
触れているはずの自分の身体が、明らかにおかしい。
柔らかい。
胸に、重みがある。
二つ。
「……は?え?これ、俺?」
聞こえてきた透き通るような綺麗な声。
自分の声じゃない。
ゆっくりと目を開ける。
じめッとした湿気が肌にまとわりつく。
空気は冷たく、しかしどこか生暖かい。
洞窟特有の、閉ざされた空間の温度だ。
土と木の匂いが鼻を刺す。
湿った土の匂いと、朽ちかけた木の匂いが混ざり合い、どこか重たい空気を作り出している。
遠くで鳥のような鳴き声が響いている。
だが、それはどこか聞き慣れたものとは違う、不規則で濁った音だった。
視界に入ったのは、白くきめ細かい肌。
薄暗い空間でもはっきり分かるほどに滑らかで、光をわずかに反射している。
細い腕。
締まった身体。
筋肉の厚みは感じないが、無駄のない均整の取れたライン。
そして、どう見ても女の身体。
「......ちょっと...待て……」
思わず自分の身体を触る。
指先が肌に触れるたびに、妙に敏感な感覚が返ってくる。
手から溢れそうな胸。
柔らかいお腹。
長く締まった脚。
何度触れても、違う。
三十五年触れてきた自分の身体じゃない。
触れているのに、触っている実感がどこか遠い。
柔らかすぎる。
軽すぎる。
「……なんだこれ」
頭が回らない。
いや、回そうとしても回らない。
思考が霧に包まれているように鈍い。
言葉にしようとすればするほど、輪郭がぼやけていく。
記憶を辿ろうとしても、直近だけが抜け落ちている。
ついさっきまで何をしていたのか。
どこにいたのか。
それだけが、すっぽりと抜け落ちている。
断片的に思い出せる。
名前。
年齢。
仕事。
俺は滝沢天海。三十五歳。独身。会社経営。
そこまでは確かだ。
積み重ねてきた時間の感覚も、経験も、すべて残っている。
なのに――
「なんで女になってんだ」
言葉にした瞬間、現実が一層重くのしかかる。
冗談でも夢でもない。
目の前にあるのは、確かに“今の自分の身体”だ。
状況が理解できない。
洞窟のような場所。
視界の端には岩肌が広がり、ところどころに苔のようなものが張り付いている。
裸の身体。
冷たい空気が直接肌に触れ、じわじわと体温を奪っていく。
何も持っていない。
手元にあるのは、この身体だけ。
最悪だ。
「……はぁ」
一度、大きく息を吐く。
吐いた息が白くなるほどではないが、空気の冷たさは確かだ。
考えろ。
パニックになっても意味はない。
むしろ思考を止めた瞬間、終わる。
今までだってそうだった。
トラブルも、問題も、全部考えて乗り越えてきた。
今回も同じだ。
「今必要なのは……水と食料と、服か」
現実的な思考に切り替える。
優先順位をつける。
まずは生存。
次に環境の把握。
その次に、この状況の原因。
順番を間違えれば詰む。
状況は最悪だが、やることはシンプルだ。
生きる。
それだけ。
「……まぁいい」
言葉にして、自分を納得させる。
どういう状況かは分からない。
なんでこうなったかも分からない。
理解できないことを考えても、今は意味がない。
でも――
「どうにかするしかない」
俺は立ち上がる。
足に力を入れると、違和感が一瞬だけ走る。
重心の位置が違う。
体のバランスが微妙にズレている。
それでも、動けないほどではない。
むしろ――順応している。
身体は違う。
状況も意味不明。
それでも、中身は俺のままだ。
考え方も、判断も、経験も。
三十五年、どうにかしてきた。
何もないところからでも、形にしてきた。
なら今回も同じだ。
「……やってやるよ」




