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転生したら美少女だったオレ  作者: ウルティ
第一章 なにもない場所

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第十五話 名を問う者

第十五話 名を問う者

 騎士の男の視線は刃のようだった。

 革鎧の胸元には、紫地に赤い剣をあしらった紋章が縫い付けられている。

 昨夜、木の上から見た旗と同じ意匠だ。

 つまりこいつは、ヴァルンハート領の人間。

 ローゼリアを探していた側――そう考えるのが自然だった。

 だが、だからといって安心はできない。

 俺はローゼリアの前に立ったまま、騎士の男を見返した。

 左足がずきりと痛む。

 腹の奥も鈍く重い。

 それでも、ここで目を逸らす気にはなれなかった。


「……私の名前はアイリス」


 名乗ると、騎士の男の眉がわずかに動いた。


「聞いているのは名だけじゃない。どこの誰で、なぜお嬢様の傍にいる」


 低く押し殺した声。

 怒鳴っていない分、余計に怖い。

 職務として疑っている声だ。

 俺が答えるより先に、医者が一歩前に出た。


「そこまでだ。ここは診療所だぞ、まずは声を落とせ」


「先生、失礼を承知で来た。だが、こちらも悠長に構えていられる状況ではない」


 騎士の男は、視線を俺から外さないまま言う。


「ローゼリア様が行方不明になって二日だ。それに正体不明の娘が傍にいる。警戒しない方がどうかしている」


 正論だった。

 俺は唇の内側を噛む。

 言い返せない。

 俺が逆の立場でも同じ顔をする。


「……助けたのは、私」


「証明できるか?」


「それは、できない」


 言葉が短くなる。

 言い訳を重ねても、怪しさが増すだけだと分かっていた。

 騎士の男の目がさらに細くなる。


「では、なおさら――」


「待ちな」


 医者が遮る。


「俺はこいつら二人を診た。運び込まれた時の状態も見てる。嬢ちゃんは全身打撲、高熱。こっちは足に深い裂傷、腹もひどく打ってる。それに肋骨までやってる。極め付けは出血多量ときたもんだ。死んでてもおかしくなかった。少なくとも、ここに来てから争った気配はない」


「それでは足りん」


「足りる足りないを決めるのはあんたじゃない。患者を無理に動かすなら、俺が許さない」


 医者の声音は平坦だったが、その一言には妙な重みがあった。

 騎士の男は舌打ちこそしなかったものの、わずかに顎を引く。

 完全には退いていない。

 その時だった。

 背中の方で、布の擦れる小さな音がした。


「……待ちなさい」


 掠れた声。

 振り返ると、ローゼリアが薄く目を開けていた。

 顔色はまだ悪い。

 唇も乾いている。

 だが、その金の瞳ははっきりとこちらを見ていた。


「お嬢様、まだお休みください」


「その子に……無礼をしないで」


 騎士の男の顔が変わる。

 驚きと戸惑いが一瞬で入り混じった。


「ですが――」


「その子がいなければ、私はここにいないわ」


 言葉の一つ一つに息苦しさが混じる。

 なのに、声の芯だけはまったく揺れていなかった。


「川で、助けられたの。崖から落ちた後も……ずっと、私を守ろうとしていた」


 違う。

 結果的に守られたのは俺の方だ。

 そう言いかけて、飲み込む。

 ここでそれを口にしたら、この子の言葉の意味が薄くなる気がした。

 騎士の男はしばらく黙っていたが、やがて深く息を吐いた。


「……承知しました。少なくとも、この場で無礼は致しません」


 そこまで言ってから、今度ははっきりと俺を見る。


「だが、警戒を解くわけではない。お前の身元が分からない以上、ヴァルンハート家預かりとなる。異論はあるか」


 異論なんて、あるに決まっている。

 でも、それを口にできる立場じゃないことも分かる。

 戸籍もない。

 身分もない。

 記憶が曖昧で、説明のつかないことだらけ。

 そんな人間を放っておく方が無責任だ。


「……ない」


 俺が答えると、騎士の男は一度だけ頷いた。


「よろしい。ローゼリア様の移送準備を進めます。容体が許し次第、ヴァリスへ戻る」


 ヴァリス。

 おそらくローゼリアの家がある街。

 そこへ行けば、この世界の現実がもっと濃く俺の前に現れるだろう。


「アイリス」


 ローゼリアが俺を呼ぶ。

 俺はすぐにベッドのそばへ寄った。


「……あなたも、一緒に来なさい」


「それは...」


 思わず言葉に詰まる。

 騎士の男が眉をひそめる。

 医者が小さく鼻を鳴らした。

 ローゼリアは、熱に浮かされたような顔のまま、それでも少しだけ笑った。


「恩人を置いていくほど、私は薄情じゃないわ」


 胸の奥が変に熱くなる。


「……わかったよ」


「それと」


 ローゼリアは小さく息を吸う。


「私を助けた時みたいに、勝手に無茶をするのはやめなさい」


「それは……善処...するよ」


「善処じゃないわ。約束しなさい」


 弱っているくせに、妙なところだけ強い。

 思わず口元が緩む。


「分かった。約束する」


 その返事を聞いた途端、ローゼリアはふっと力を抜いた。

 医者がすぐに脈を確かめ、布団を掛け直す。


「もう喋るな。今度こそ休め」


 医者にそう言われ、ローゼリアは目を閉じた。

 最後に一度だけ、安心したように眉が緩むのが見えた。

 部屋を出ると、廊下の空気は少し冷たかった。

 騎士の男は窓の外を見ながら言った。


「勘違いするなよ。お嬢様が認めたからといって、お前を信用したわけじゃない」


「分かってる」


「お前が敵でないことを祈っている。ローゼリア様のためにな」


 その言い方には、剥き出しの敵意ではなく、本気の忠誠があった。

 俺は小さく息を吐く。


「……私も同じ」


「何?」


「ローゼリアに、あんな顔はもうさせたくない」


 騎士の男は怪訝そうに俺を見たが、何も言わなかった。

 窓の外では、石畳を荷馬車が軋みながら進んでいく。

 見知らぬ世界の、見知らぬ街の、当たり前の音。

 その中で俺は、自分の手をゆっくり握った。

 弱いままじゃ守れない。

 名も立場もないままじゃ、並んで立つことすらできない。

 ヴァリスへ行く。

 監視でも保護でも、今はどうでもいい。

 そこが、俺の次の一歩になる。

 廊下の先で、騎士の男が部下に指示を飛ばし始める。

 ヴァルンハート家の人間たちが、慌ただしく動き始めていた。

 俺はその音を聞きながら、静かに目を伏せた。

 ――名を問われたのなら、次は胸を張って答える。

 そう言えるだけの力を、俺はここで手に入れる。

 そう思った。



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