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転生したら美少女だったオレ  作者: ウルティ
第三章 自由と支配

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第百七話 仲直りの海

第百七話 仲直りの海

 決闘の翌々日。

 俺の身体は、まだあちこち痛かった。

 背中は寝返りを打つたびに文句を言うし、腕は双剣を握るだけで少し重い。

 リリィの剣の圧は、どうやら記憶だけでなく筋肉にも刻まれたらしい。


「仲直りの海なんだから、もっと楽しそうな顔しなよ」


 隣でニカが笑う。


「こっちは床に叩きつけられた側なんだけど」


「でも生きてるし!」


「基準が雑」


 セシリアは呆れたように息を吐いた。


「普通、決闘の後に海へ行こうとはならないわ」


「でも、悪くないわね」


 ローゼリアが涼しい顔で言う。


「重い話を引きずりすぎても、余計に拗れるもの」


 今日の参加者は、俺、ニカ、セシリア、ローゼリア、リリィ、レオス。

 ミリアは来ていない。

 彼女は今日、イザベラに相談しに行くと言っていた。

 怖くないわけではないはずだ。

 それでも、自分で行くと決めた。

 だから俺たちは、俺たちで海へ向かう。

 獣車に揺られながら、リリィは窓の外を見ていた。


「海で遊ぶ、というのは初めてだわ!」


「リリィの国には海水浴ってなかったの?」


「海はあったわ。でも、海に入って遊ぶという発想はなかったわね。漁をする場所か、船が出る場所よ」


 レオスも静かに頷いた。


「俺もない」


「じゃあ今日は初海水浴だね!」


 ニカが尻尾を揺らす。

 セシリアは少し得意げに顎を上げた。


「なら、礼儀を学ぶことね。海には海の作法があるわ」


「セシリアも去年初めてだったよね」


「去年学んだから言っているのよ」


 強い。

 やがて獣車が止まり、潮の匂いが風に混じった。

 白い砂浜。

 青い海。

 波の音。

 去年よりも整えられた休憩所。

 足洗い場。

 更衣場所。

 浜履きの売り場。

 陽除け香膏と清香布を売る屋台。

 そして、人。

 かなり多い。

 二度目のシーズンになる今年は、海辺の遊びがもう珍しいだけのものではなくなっていた。

 家族連れ、若い男女、友人同士。

 みんなが思い思いに過ごしている。


「はっはっは! すごいわね! 祭りのようだわ!」


 リリィが目を輝かせる。


「で、どうすればいいの? 海に入るなら服を脱ぐのよね?」


 そう言って、リリィが何のためらいもなく上着に手をかけた。


「待ちなさい!」


 セシリアの悲鳴に近い声が響く。


「リリィ、違う違う!」


 ニカが慌てて腕にしがみつく。

 ローゼリアは冷静にリリィの手首を押さえた。


「ここで脱ぐのは駄目よ」


「そうなの? でも服のまま入れば濡れるでしょう?」


「だから水着を着るの!」


 セシリアの顔が少し赤い。

 俺は思わず視線を空へ逃がした。

 いや、理屈は分かる。

 海に入る。

 服は濡れる。

 なら脱ぐ。

 異世界基準なら、そこまで変ではないのかもしれない。

 でも、ここで堂々と脱がれたら、俺の精神が死ぬ。


「リリィ、まず水着を買いに行こう」


「水着?」


「海に入るための服」


「なるほど! 海には海の装いがあるのね!」


 リリィはすぐ納得した。

 次はレオスだ。


「レオスも買うよ」


「俺は見ているだけでいい」


「来たんだから入る」


 ニカが当然のように言う。


「なぜそうなる」


「そういうものだから」


「説明になっていない」


 結局、レオスも更衣場所へ連れていかれた。

 女性陣が水着を選んでいる間、リリィは布の少なさに何度も目を丸くしていた。


「これは本当に服なの? 下着ではなく?」


「声が大きいわ!」


 セシリアが真っ赤になって怒る。

 リリィは笑った。


「はっはっは! 知らないことを知るのは楽しいわね!」


 俺は自分の水着を手に取りながら、妙に落ち着かなかった。

 去年よりは慣れた。

 慣れたはずだ。

 けれど、自分の身体が水着になるという事実には、まだ完全には慣れない。

 鏡に映った姿を見るたびに、脳が一拍遅れる。

 外見は美少女。

 中身は俺。

 この違和感は、たぶん一生消えない気がする。

 更衣を済ませて外へ出ると、先に出ていたレオスが固まっていた。

 海パン姿のレオスは、鍛えられた身体つきもあって普通に絵になる。

 無愛想なのに顔が整っているから、なおさら腹が立つ。

 ただし、本人はそれどころではなかった。

 ニカが軽快に出てくる。

 続いてリリィが堂々と胸を張り、セシリアは少し恥ずかしそうに羽織りを押さえ、ローゼリアはいつも通り涼しい顔で歩いてくる。

 レオスの視線が、明らかに迷った。

 海。

 空。

 足元。

 水着の俺たち。

 海。

 足元。


「どうしたの、レオス?」


 ニカが覗き込む。


「……何でもない」


「顔赤いよ?」


「暑いだけだ」


「ふーん」


 ニカがにやにやする。

 こいつ、女の子の水着には赤くなるのか。

 まあ、気持ちは分かる。

 俺も男のままだったら、たぶん同じ反応をしていた。

 いや、今も十分に困っている。

 リリィは周囲を見回し、浜履きを選ぶ子どもや、香膏を腕に塗る女性たち、休憩所で涼む老人をじっと見ていた。


「これは、人を命じて動かす場所ではないのね」


「どういう意味?」


「行け、と言わない。買え、とも言わない。けれど、困らないように置かれている。履き物も、香膏も、布も、休む場所も」


 リリィは俺を見た。


「選べるように、道具と場所が用意されているのね」


「そんな大げさなものじゃないよ。ただ、困ることを減らしただけ」


「困ることが減れば、人は選びやすくなるわ」


 その言葉に、少しだけ驚いた。

 リリィは明るい。

 声も大きい。

 勢いもある。

 でも、見ていないわけではない。

 レオスも休憩所や屋台を見て、ぽつりと言った。


「剣がなくても、人は集まるんだな」


「剣がない方が集まりやすい時もあるよ」


「……覚えておく」


 それ以上、レオスは言わなかった。

 その重さを洗い流すように、ニカが両手を叩く。


「よし! 遊ぼう!」


「何するの?」


 俺は砂浜を見て、少し考えた。


「じゃあ、ビーチフラッグでもやる?」


「びーちふらっぐ?」


 リリィが首を傾げる。


「砂浜に伏せて、合図で走って、旗を取る遊び」


「勝負なのね!」


 食いつきが早い。


「トーナメント制にしよう。負けた人は全員の飲み物を奢る」


「待ちなさい。なぜ罰があるの?」


 セシリアが眉を寄せる。


「罰がある方が燃えるでしょ?」


 ニカが笑う。


「王になる女は飲み物代にも背を向けないわ!」


「何でも王に繋げるのやめない?」


 ローゼリアはさらりと言った。


「負けたくないわね」


 その一言で、全員の目が変わった。

 まずはニカ対セシリア。

 砂浜に伏せる姿勢になったセシリアは、最初こそ「王女である私が砂に……」とぶつぶつ言っていたが、ニカが「負けるの怖い?」と言った瞬間、目が据わった。


「やるわ」


 合図と同時に、ニカが飛び出す。

 速い。

 さすが獣人。

 砂を蹴る姿勢が低く、迷いがない。

 セシリアも意外なほど食らいついたが、旗を掴んだのはニカだった。


「勝った!」


「くっ……砂が悪いわ」


「あれれ〜言い訳かな〜?」


 次はリリィ対ローゼリア。


「王になる女が砂に顔をつけてもいいの?」


 ローゼリアがさらりと挑発する。


「王になる女は砂浜でも前に出るわ!」


 リリィは全力だった。

 結果、わずかにリリィの勝ち。

 ローゼリアは砂を払いながら肩をすくめる。


「本当に真っ直ぐね」


「はっはっは! 褒め言葉として受け取るわ!」


 そして俺対レオス。

 隣で伏せるレオスの横顔が、妙に硬い。


「レオス、集中してる?」


「している」


「こっち見てない?」


「見ていない」


「ならいいけど」


 合図。

 俺は砂を掴むように踏み込んだ。

 レオスは一瞬遅れた。

 ほんの一瞬。

 でも、砂浜ではそれで十分だった。

 俺は旗を掴む。


「勝ち」


「……砂が悪い」


「それ二人目」


 ニカが腹を抱えて笑った。

 レオスの耳まで赤い。

 決勝は、俺、ニカ、リリィ。

 旗は一本。

 合図と同時に三人が飛び出す。

 リリィは真っ直ぐ。

 俺は足場を選んで最短。

 ニカは低く、砂に沈まない。

 結果、ニカが旗を取った。


「勝ったー!」


「砂浜だとニカ強すぎる……」


「ニカ、速いわね!」


 リリィも素直に称える。

 そして罰ゲームの飲み物は、なぜかレオスが奢ることになった。


「待て。そういう規則だったか?」


「初戦で一番きれいに負けたから」


 ニカが言う。


「理由が雑だ」


 ローゼリアが微笑む。


「開始で明らかに遅れていたものね」


「理由は聞かないでおいてあげるわ」


 セシリアの一言で、レオスはさらに赤くなった。


「なぜ赤くなるの?」


 リリィが不思議そうに聞く。

 俺はそっと視線を逸らした。

 リリィ、それは聞かないであげて。

 その後、海に入った。

 冷たい波が足に触れ、ニカとリリィが子どものようにはしゃぐ。

 セシリアは最初こそ上品にしていたが、ニカに水をかけられて本気になった。

 ローゼリアは涼しい顔で避けながら、時々的確に反撃する。

 レオスは巻き込まれない位置にいたはずなのに、最終的には全身濡れていた。


「なぜ俺まで」


「海だから」


「…説明になっていない」


 笑い声が、波の音に混じる。

 しばらく遊んだ後だった。


「いたっ」


 ニカが小さく声を上げた。

 足元にあった貝殻で、少し切ったらしい。

 大きな傷ではないが、血が滲んでいた。


「これくらい大丈夫大丈夫」


 ニカは笑って誤魔化す。

 けれど、レオスがすぐに近づいた。


「足を見せろ」


「え、ほんと大丈夫——」


 言い終わる前に、レオスがニカを抱き上げた。

 お姫様抱っこだった。

 ニカが固まる。


「……え」


「歩くと砂が入る。手当てする」


「え、ちょ、レオス、歩けるって」


「悪化する」


「いや、そうじゃなくて……!」


 ニカの顔が、みるみる赤くなっていく。

 レオスは気づいていない。

 本当に怪我人を運んでいるだけの顔をしている。

 セシリアは口元を押さえ、ローゼリアは楽しそうに目を細めた。

 リリィは感心したように頷く。


「レオスは親切ね!」


 違う。

 いや、親切ではある。

 でも今のはそういう種類の親切じゃない。

 こいつ、女の子の水着姿には赤くなるくせに、こういうことは無自覚にやるのか。

 たぶん一番危ないタイプだ。

 休憩所で、レオスは真面目にニカの足を洗い、清香布で拭いて、持っていた布を巻いた。


「痛むか?」


「……ちょっと」


「我慢しろ」


「うん……」


 普段なら軽口を返すニカが、妙に素直だった。

 レオスは最後まで気づいていなかった。

 夕方。

 海は金色に染まり、波の音も少しだけ穏やかに聞こえた。

 ニカは飲み物を片手に満足そうに笑う。


「ほら、仲直りできたでしょ?」


「だから喧嘩じゃないって」


 俺が言うと、リリィが笑った。


「でも、来てよかったわ」


 リリィは海辺の人々を見ている。


「昨日の答えは、まだ変わらないわ。私はきっと、これからも前に立とうとする」


「私も変わらないよ。誰かに決められるのは嫌だし、誰かの分まで全部決めるのも怖い」


「でも、あなたはただ待つ人ではないのね」


 リリィの声は静かだった。


「選べるように、場所を作る。道具を置く。困ることを減らす。そういう自由もあるのだと、今日少し分かったわ」


「私は、そんな立派なつもりで作ったわけじゃないけどね」


「それでも、人は集まっているわ」


 リリィは笑う。


「きっとあなたの自由の周りには人がたくさん集まるのでしょうね」


 少し離れたところで、レオスが海を見ていた。

 リリィはそちらにも声をかける。


「レオス、あなたの剣は、誰かの後ろに立つだけの剣ではないわね」


「俺には悪魔がいない」


「それは知っているわ。でも、ないことと、立てないことは違うでしょう?」


 レオスは答えなかった。

 ただ、海を見たまま黙っていた。

 その横で、ニカが包帯を巻かれた足を少しだけ揺らし、赤くなった顔を飲み物で隠している。

 誰かの前に立つこと。

 誰かが選べる場所を作ること。

 剣で届かせること。

 手を伸ばすこと。

 どれが正しいのか、まだ分からない。

 でも、少なくとも今日、俺たちは同じ海を見ていた。

 昨日よりは、少しだけ近くなった気がした。


ここまで読んで頂きありがとうございます!

明日からも更新がんばります!

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