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転生したら美少女だったオレ  作者: ウルティ
第三章 自由と支配

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第百六話 穿つもの

今日は更新出来ていなかった四話分更新します!

ぜひ合わせてお読み下さい!

第百六話 穿つもの

 立つ。

 それだけの動作が、思っていたより重かった。

 背中が痛い。

 腕が痺れている。

 呼吸も浅い。

 けれど、双剣は離していない。

 目の前にはリリィがいる。

 その背後には、白金の鎧をまとったソードオブクラウン。

 完全に顕現した剣の悪魔は、やはり笑わない。

 リリィは笑っているのに、その悪魔だけは静かに王剣を構えている。


「立つのね、アイリス」


 リリィが言った。

 その声に油断はなかった。

 さっき俺を吹き飛ばした相手に向ける声ではなく、まだ戦える相手に向ける声だった。


「まだ、私の言葉を聞いてもらってないから」


「なら、聞かせに来なさい」


 短いやり取り。

 それだけで十分だった。

 イザベラの視線が、俺の右肩に向いているのが分かる。

 熱はある。

 ラグナは、そこにいる。

 でも、漏れていない。

 赤黒い魔力圧も出ていない。

 俺はまだ、俺のままだ。

 イザベラは少しだけ目を細め、それから告げた。


「続行だ」


 訓練場の空気が、また張り詰める。

 ニカが何か言いたそうにしていた。

 セシリアも唇を噛んでいる。

 ローゼリアは黙ったまま、こちらを見ている。

 レオスは壁際から動かない。

 ミリアは、手紙を握ったまま目を逸らさなかった。

 さっきまでの俺は、剣群の中に飛び込んだ。

 逃げ道がなかったから、通る場所を作ろうとした。

 それは間違っていない。

 けれど、同じことはもう通じない。

 リリィは一度見ただけで、俺の回転の軌道を読んだ。

 回る場所を奪われれば、あの動きは止まる。

 もう一度同じことをすれば、今度は飛び込む前に潰される。

 広く削るのは駄目だ。

 全部を避けるな。

 全部を削るな。

 一点でいい。

 リリィの剣群の中で、一番薄い一点。

 そこだけを抜く。

 リリィの背後で、ソードオブクラウンが王剣をわずかに傾けた。

 白金の光が再び広がる。

 剣。

 また剣だ。

 数え切れないほどの剣が、リリィの周囲へ整列していく。

 ただ、さっきとは違う。

 今回は前方をまとめて埋めるだけではない。

 足元を縫うように低く並ぶ剣。

 俺の左右に逃げ道を残さない剣。

 双剣で受け流そうとする角度に置かれた剣。

 そして、少し遅れてリリィ本人の木剣が来る位置。

 魔法と剣が別々にあるんじゃない。

 剣群で俺の動きを狭め、リリィ本人の一撃が届く場所へ追い込む。

 強い。

 単純な力だけじゃない。

 判断が早い。

 剣が上手い。

 そして、ソードオブクラウンの魔法が、その全部を支えている。

 白金の剣群が動いた。

 俺は息を吐く。

 足裏に魔力圧を定着させる。

 床を掴む。

 脚へ。

 腰へ。

 腹へ。

 肩へ。

 腕へ。

 手首へ。

 身体の内側へ、魔力圧を通していく。

 強くする。

 固める。

 壊れないように支える。

 双剣を構え直した。

 左右に開くのではない。

 二本の剣の背を合わせる。

 切っ先を、一つに揃える。

 斬る形ではない。

 受ける形でもない。

 穿つ形だ。


「今度は、何をする気かしら」


 リリィの声が聞こえた。

 返事はしない。

 言葉にすれば、遅れる。

 レオスの低い声が、壁際から落ちた。


「今度は、回る場所を探していない」


 イザベラが小さく呟く。


「……一点か」


 ニカが息を呑む。


「さっきと違う」


 セシリアの指が、胸元で強く握られていた。


「アイリス……」


 ローゼリアは静かに目を細める。


「あの子、まだ届かせる気ね」


 白金の剣が迫る。

 俺は一歩踏み込んだ。

 正面。

 逃げない。

 横へずれない。

 上へ跳ばない。

 ただ、前へ。

 魔力圧で強化した脚が床を蹴る。

 踏み込みの力を腰へ通し、腹で支え、肩へ流す。

 腕へ。

 手首へ。

 そして、揃えた双剣の切っ先へ。

 身体の芯を一本にする。

 剣の先まで、一本にする。

 白金の剣が正面から来る。

 一振り目。

 双剣の揃えた切っ先が、剣群の隙間へ突き刺さる。

 弾くのではない。

 押し開く。

 二振り目。

 肩に衝撃が来る。

 魔力圧で固めた腹が軋む。

 腕が悲鳴を上げる。

 それでも、止まらない。

 進む勢いを、今度は横回転ではなく、前へ向かう軸の回転へ変える。

 身体が回る。

 双剣の背を合わせたまま、切っ先をぶらさない。

 右の剣と左の剣を二本ではなく、一つの杭のようにする。

 白金の剣の一点へ、ねじ込む。

 削るのではない。

 広げるのでもない。

 穿つ。

 ガリ、と硬い音がした。

 白金の剣が一本、砕ける。

 続けて二本目。

 三本目。

 全部は破れない。

 そんな力はない。

 でも、一点だけなら。

 一点だけなら、抜ける。

 リリィの目が細くなる。

 彼女は下がらなかった。

 むしろ、前へ出る。

 俺が穿とうとしている一点へ、リリィ本人の木剣が合わせられた。

 白金の魔力をまとった木剣と、背を合わせた双剣の切っ先がぶつかる。

 音が遅れて来た。


「ぐっ……!」


 腕が折れるかと思った。

 重い。

 やっぱり重い。

 でも、さっきのように流されるだけでは終わらない。

 足裏を床に噛ませる。

 膝を固める。

 腰を落とす。

 腹に魔力圧を集める。

 押し込む。

 押し込む。

 リリィの木剣が、ほんのわずかに傾いた。

 ソードオブクラウンの王剣が揺れる。

 ほんの一瞬。

 その隙間に、俺は右手を緩めた。

 二本で一つにしていた双剣を、最後の瞬間だけ分ける。

 左の剣で木剣を押さえ、右の剣を斜めに抜く。

 刃引きされた切っ先が、リリィの頬をかすめた。

 薄い赤い線が走る。

 届いた。

 その事実に、訓練場が静まり返った。

 リリィの頬から、小さな血が一筋だけ滲む。

 リリィは一瞬だけ目を見開いた。

 それから、笑った。


「届いたわね、アイリス」


 息が詰まる。

 届いた。

 でも、終わっていない。

 届かせることと、勝つことは違う。

 リリィの背後で、ソードオブクラウンが王剣を掲げた。

 散っていた白金の剣群が、まるで命令を受けた兵のように動きを変える。

 一本一本がばらばらに走るのではない。

 リリィの剣筋へ集まる。

 白金の圧が、リリィ本人の木剣へ重なっていく。

 リリィが踏み込んだ。

 速い。

 俺は双剣を戻そうとする。

 間に合わない。

 さっき頬に届かせるために右の剣を抜いた。

 その一瞬の形の崩れが、もう戻らない。

 リリィの木剣が、俺の右の双剣を弾いた。

 手から離れる。

 床を滑る音がした。

 左の剣を引き戻す。

 遅い。

 白金の圧をまとった木剣が、胸元へ迫る。

 俺はそれを受けようとして、左の剣を上げた。

 だが、ソードオブクラウンの王剣が重なるように見えた。

 実体ではない。

 けれど、圧だけで分かる。

 受ければ、崩れる。

 それでも受けるしかない。

 左の剣が弾かれた。

 木剣の先が、俺の喉元の手前で止まる。

 動けなかった。

 リリィの白金の魔力圧が、正面から俺を押さえている。

 痛い。

 苦しい。

 悔しい。

 でも、ラグナは出ていない。

 壊さなかった。

 イザベラの声が響いた。


「そこまで」


 訓練場に、静けさが落ちた。

 勝敗は明らかだった。

 リリィの勝ち。

 俺はゆっくり息を吐いた。

 リリィが木剣を下ろす。

 その頬には、俺がつけた薄い傷が残っている。


「大丈夫?」


「……負けた人間に聞く台詞としては、優しいね」


「倒れている相手に手を伸ばすのは当然でしょう?」


 リリィが手を差し出す。

 俺は少しだけ迷って、その手を取った。

 引き起こされる。

 膝がまだ重い。

 腕も痺れている。

 ニカが駆け寄ってきた。


「アイリス、大丈夫!?」


「大丈夫。たぶん」


「たぶんって何!?」


 セシリアも近づいてくる。


「無茶をしすぎよ」


「それは、否定できない」


 ローゼリアは俺の双剣を拾い、こちらへ投げ渡した。


「でも、届いたわね」


「……うん」


 レオスは壁際から動かなかった。

 ただ、静かに言った。


「今のは、剣だった」


 その言葉が、なぜか一番胸に残った。

 前の俺を見て、レオスは言った。

 あれは剣じゃない、と。

 壊すだけの力だった、と。

 でも今は違う。

 届かせるために、剣を振った。

 俺は小さく息を吐く。

 リリィは頬の傷に指で触れた。


「約束だったわね。勝った方が、相手の言葉を一つ聞く」


「うん。リリィが勝った」


「なら、聞いて」


 リリィはミリアの方を見た。

 それから、俺に視線を戻す。


「私は、やっぱり前に立つわ。選べないほど追い詰められた人がいるなら、私は手を伸ばす。言葉が出ないなら、代わりに声を上げることもある」


「……うん」


「けれど、あなたの言うことも少しだけ分かったわ」


 リリィの声は、いつもより静かだった。


「手を伸ばすことと、引っ張り続けることは違う。そこを間違えれば、私の手も檻になる」


 俺はリリィを見た。

 リリィは笑っていた。

 けれど、その笑みはいつもより少しだけ苦く見えた。


「私は、リリィの言う“まず助ける”も分かる」


 俺は言った。


「選べる状態じゃない人に、選べって言うのは酷な時がある。立つ足場が崩れてる人に、立てって言うだけじゃ何も変わらない」


 ミリアの指が、小さく動く。


「でも、やっぱり私は、最後にその人が自分で立てる余白を残したい」


 リリィは頷いた。


「なら、私たちはきっと、またぶつかるわね」


「できれば口で済ませたいけど」


「それは難しいかもしれないわ!」


 リリィが笑う。

 少しだけ、訓練場の空気が緩んだ。

 その時、ミリアが一歩前へ出た。


「あの……」


 全員の視線が向く。

 ミリアは手紙を握りしめたまま、青ざめた顔で、それでも目を伏せなかった。


「私、先生に相談してみます」


 小さな声だった。

 でも、確かに聞こえた。


「まだ、どうしたいのか全部は分かりません。家に逆らえるのかも、学院に残れるのかも分かりません。でも……分からないまま、何もしないのは、もう嫌です」


 リリィが頷く。


「ええ。それがいいわ」


 俺も頷いた。


「怖かったら、途中まで一緒に行くよ」


 リリィが即座に手を上げる。


「私も行くわ!」


 ミリアは少しだけ目を丸くして、それから小さく首を振った。


「……まずは、自分で行ってみます」


 その言葉に、俺とリリィは顔を見合わせた。

 勝ったのはリリィだ。

 負けたのは俺だ。

 でも、ミリアの一歩は、俺たちのどちらの勝ちでもなかった。

 ミリア自身のものだった。

 ニカが大きく息を吐いた。


「よし」


「何がよしなの?」


「難しい話は終わり!」


 ニカは俺とリリィを交互に見た。


「剣であれだけやり合ったんだから、仲直りした方がいいよ」


「別に喧嘩したわけじゃ……」


「それ、床に叩きつけられた人が言う?」


 返す言葉がなかった。

 リリィは楽しそうに笑う。


「では、どうするの?」


 ニカはにっと笑った。


「海、行こうよ」


「海?」


「仲直りの海。アイリスが作った場所でしょ? リリィもまだ見てないし、レオスも誘って、みんなで行こ」


 リリィの目が輝く。


「海! いいわね!」


 セシリアは呆れたようにため息をついた。


「決闘の後に海へ行く流れになるとは思わなかったわ」


 ローゼリアは肩をすくめる。


「でも、悪くないわね」


 レオスは壁際で、明らかに巻き込まれたくなさそうな顔をしていた。

 ニカがすぐに指差す。


「レオスも来るよね?」


「俺は……」


「来るよね?」


 圧が強い。

 レオスは少し沈黙し、やがて諦めたように息を吐いた。


「……邪魔にならないなら」


「ならないならない!」


 俺は痛む腕を押さえながら、空を見上げた。

 負けた痛みは、まだ身体に残っている。

 リリィの剣の重さも、白金の圧も、簡単には消えそうにない。

 でも、壊さずに届いた感触も、確かに残っていた。

 そして俺たちは、なぜか海へ行くことになった。


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