第179話 事実と記憶
まだしばらくこのペースでの更新が続きそうです。
読者の皆様をお待たせして申し訳ございません。
今回はのろけ回です。
少しずつですが、結末へ近づいていく回でもありますのでご期待ください。
皆が一室に集められ、大佐が現れた。
空気は引き締まり、何かが始まろうとしていた。
「まず、我々MoRSという組織が極めて機密性の高い組織であることは自明だが。」
「私自身は何かを必死に隠しても、いつかは明るみになると思っている。」
大佐にとって、隠すということは容易なものではなかった。
「例えば、政府などの組織が”機密”というタグで管理した文書でも、誰かが目にできる環境であることは変わらない。断片的にでも会話に使われればいずれ情報は束になる。」
「だからと言って誰にも伝えずに発案者や実行者のみが知っている情報でも、その人物の脳内には存在するだろう。」
要は誰も知らない情報は情報ではないのだ。
情報である以上、それは記憶という概念が付随し、それが機密という要素の弱点になる。
「だが、記憶という概念を弄れるならどうだろうか」
「例えば情報の改ざんだ。一般的には文書やデータの書き換えを意味するが、人間の記憶に影響できたのならば、記憶は機密の弱点になりえないだろう。」
まさしく悪魔の発明だ。
誰もが記憶という概念を重要視し、不変の存在と認識している。
それを変えるということはこの世のあり方すらも変えてしまうに等しい。
「以前から長期間特定の環境であれば断片的に記憶を改ざんする技術は存在している。だが、それが即効性のある薬剤で行えるのであればどうだろう。」
「それは記憶がついに不変でなくなるということだ。そして、その準備が整った。」
衝撃の事実に驚きながら針崎が質問をする。
「いったいどういった用途で使用されるのですか?」
「簡単だ。我々の隠匿に使う。」
「それだけでしょうか?」
「今のところは。これはどうにもならない事実を捻じ曲げてでも維持すべき時に使う。そのようなものは現状我々の存在だけだ。」
「分かりましたわ。」
あまりの事実に戦き、殆どが黙り込む中
氷室が口を開く。
「それで大佐。組織再編について概ね理解したつもりですがまだあるのですよね。」
「ああ、私自身今まで棚上げにしていたことだが」
「というと?」
「あの話の後にするのはいささかおかしな話だが。」
「記憶を補強するものとして記録がある。」
「はい。」
「その記録に残らないのが我々だ。」
「だが、我々にも表の顔がある。」
「ここにいる者たちはすでにそれすらありませんが、大佐と雪乃さん、そして針崎さんあたりはまだ記録がありますね。」
「ああ、だからここで皆に伝えておく。」
とても重苦しい雰囲気で大佐は語り続けた。
そして意を決したように答える。
「私は雪乃と結婚をしようと思う。」
正直今更だと大佐自身思っていた。
だが、記憶が変えられるようになるからこそ、記録としては残したかった。
「はぁ、やっとですわね。」
「ああ、避けていてはいけないのだと思ってな。」
「そういう合理主義的なところがある意味欠点ですわね。」
「面目ない。」
美談ならヒロインと主人公が結ばれるのは自明だ
だが、MoRSである以上、避けるべきものだった。
いつ自分が記録や記憶から消えてもおかしくない。
それなのに、記録があればそれだけで顔ができる。
ならば記録に縛られることは大きなデメリットだ。
だが、それは記憶が仲間たちの中で、そして最愛の人物の中で
永遠に消えない明かりになるから耐えられた。
だが、大佐が提示した記憶改竄薬は自らの首に刃を立てる。
記録もなく、記憶からも消し去られた過去の遺物になれば
もうそこには存在したことすら残らない。
真に死亡する。
どれだけ世のために尽くそうとも。
それが大佐の中で気がかりになった。
だからあえて、表があるのならその記録ではつながりを保ち続けようと決めた。
「追って連絡するが、そのうち正式に記録に残そうと思う。」
「それはいいのですが」
氷室は明るい表情で疑問を投げる。
「式は?」
「あ…」
「式もですが、わたくしが思うにちゃんとプロポーズもしていないのではないかしら?」
針崎も追撃する。
”あらあら”とにやけ顔を帯びた二人はそーっと視線を雪乃へ送る。
「はい。まぁ...事実婚みたいなものでしたので。今更といった感じはあるのですが」
雪乃はあきれ顔でこたえた。
「それはそれで聞きたいですが、なおさらいけません。」
「ええ、このような仕事柄ですからなおさらですわよ。」
2人の視線は続けて大佐へと向かう。
「ま、まぁ...そうだな。改めてちゃんとするよ。だから式は少し待ってくれ」
「まぁ!うらやましいですわ。」
「私たちは何も、聞いていません。どうやら大佐がプロポーズするようなので失礼して。」
「ですわね。あ、それとこの記録用端末をこうして置きますわ。」
氷室と針崎は堂々とライブ用カメラを設置してその場を去った。
「あいつら...」
「後で編集しておきます。ご心配なさらず」
2人っきりになった雪乃と大佐はたどたどしい様子で会話を続けた。
「私は正直なところ、大佐が言う様な価値を記録に見いだせていません。」
「それは雪乃にとっては仕方ないだろう。」
「ですが、記録上大佐と共にあるのは、嬉しいです。」
「そ、そうなのか?」
「ええ、いっそ改竄しましょうか?」
「やめろそれじゃあ…」
「分かっています。」
「あ、ああ…」
暫く沈黙が続く。
そして、ついに大佐が口を開いた。
「そ、それでだな。あまりロマンチックとは言えないのだが」
「構いません。」
「これは個人的に開発した半自動化AIを搭載したマルチプルデバイスなんだが」
「なぜかリング状なんだよな...」
「ですね。エインと接続してハッキングもできますし一番理にかなった形状だと思います。」
「ああ、だから雪乃にとっては必要のないものかもしれないが。」
「これを結婚指輪としてするのは...」
「はい。大佐らしくて良いと思います。」
「いいのか?」
「ええ、私としては”結婚してください”はあるのかと思いましたが。」
「は、恥ずかしいんだよ。案外」
「ですので」
突如と雪乃が大佐を引っ張る。
そして引き寄せられた先には雪乃の唇があった。
初めてではない。
だが、初めてのように甘酸っぱい。
「ふぅ。改めまして、私雪乃は永遠に大佐のそばにおります。」
「今後とも宜しくお願い致します。旦那様。」
「あ、ああ...」
―――しばらくして MoRS指令セクター 廊下
針崎と雪乃は第一指令室へと向かっていた。
「ところで雪乃さん?」
「はい。」
「実際のところ、あなたはどう思ってらっしゃるのですか?」
「というと?」
「大佐の事、記録の事、その他もろもろですわ。」
「当然というべきでしょうか。私自身、既に大佐に対する好感度が最大ですので。」
「は、はぁ...。まあそうでしょうけど」
「記録...ですがそちらはあまり関心がないのです。」
「ではなぜ?」
「少なからず、私自身が大佐を忘れたり、大佐に嫌悪を示すことは今までも、これからも絶対にありえません。なので」
「ある意味すごいですわね。」
「誰になんと言われようと、記録上存在が抹消されようと、私にとって大佐は大佐以外いないのですから。」
「そうですわね。実は誰よりも芯の強い方でしたわね。」
「そうでしょうか?」
「それで?あの後結局どうなりましたの?」
「指輪を戴きました。」
「それだけですの?」
「何が聞きたいのかいまいちわかりませんが、それだけです。」
「え...普通であれば何かイチャイチャしたりするものではなくって?」
「そうなんですか?」
「もしかして雪乃さん。まだ大佐と...」
「その点はご安心ください。」
「どういうことなのですわ?」
案外針崎は俗な風潮に憧れがある。
箱入り娘だったからなのか、そういった要素に惹かれる節がある。
そんな針崎が聞きたいのは”やったのか?””やってないのか?”だった。
「要は繁殖行為をしたのかしてないかということですよね。」
「そんな動物みたいに言われると白けてしまいますが、そうですわね。」
「それなら以前から何度もしていますので。」
「えぇ...身もふたもないですわよ。」
「事実を隠してもあなたなら嗅ぎ分けてしまいますから。」
「ですわよ。だからあえて嗅がずに聞いていましたのに。」
針崎は困惑していた。
正直なところ、ただの女子トークがしたかっただけの針崎だったが
あまりにも無機質な回答をするので困惑していた。
「ま、まあ分かりましたわ。ひとまずはおめでとうございます。」
「はい。ありがとうございます。」
ある意味平和がそこにはあった。
これからも平和だとは限らない。
だが、今はその平和に身を任せるのであった。
――― 秘匿領域 大佐視点
「それで?アバドンは?」
大佐はある秘匿領域にいた。
大佐と一部しか知りえないその領域は細々と複数存在する。
そのすべてを知りえるのは大佐のみである。
「CODE-boot 起動中です。」
「起動モードは?」
「MODE-SAFE」
「よろしい。」
何やら物々しい無機質な会話が続く。
「MoRS統合管理AI アバドンゲート起動しました。」
部屋に響く音声はそう告げた。
「アバドン。久しぶりだな。」
「はい。特務大佐。本日は...ああそうでしたね。」
「すまない。君を起動させるのは不本意だが」
「はい。問題ありません。」
「すでにインプットした情報は確認したと思うが、改めて頼みたい。」
「十六夜少佐ですね。」
「ああ、秘匿情報の中には殉職とあったが、確認の取りようがない。」
「はい。帝国中央サーバーのバックアップにもそのような情報はありません。」
「だが...」
「はい。頂いた情報であれば可能性は32%です。」
「そうか。有難う。では指令通り帝国の情報と一致する施設はあるか調べてくれ。」
「了解。解析完了。」
「それで?」
「条件に一致する施設は日本国内に67か所 国外に445か所です。」
「まだ駄目か。」
「現在の情報ではこれ以上の絞り込みは解析精度の低下が懸念されます。実行しますか?」
「いや。まだ駄目だ。強制シャットダウンを実行。起動コマンド確認まで凍結」
「命令を受理」
電子音の稼働音が消える。
「まだ駄目なのか。」
大佐はそう告げてその場を後にした。
大佐の真の目的は未だ果たせない。
だが、確実に進歩していることは明らかだった。
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