第175話 利益と信頼
―――電話 一般回線
針崎はある企業に電話を掛けていた。
誰もが名前を聞いたことがあるような、元大手財閥
その企業のトップへ
「随分と大きくなりましわね。」
電話の相手は答えた。
「針崎家の助けがあってこそですよ。」
「では、さっそく本題に入りますわ。」
「ええ。どうぞ」
「今の社会はとても閉鎖的で抑圧的なことはご存じかしら。」
「はい。もちろんです。」
電話の相手は続けて
「我々としても、明らかに売り上げが下がる要因として、警戒していますが、社員個人の心理状態を会社一つが向上させることは極めて難しいと言わざるを得ません。」
「そうですわね。でもあなたの会社、その規模であれば社会を導くことはできますわ。」
「というと?」
「意見を出した社員に章詞を与えるのですわ。」
「また難しい言い回しですね。では一度やってみましょう。」
―――MoRS本部 幽世 指令セクター内 廊下
戦闘のあと、雪乃を回収した大佐は、やっと本部へと帰還した。
ところどころ負傷していたのだろう。
手には血が滴っていた。
すると、支援セクターの方角から、声が聞こえる。
「大佐!!早く医療センターへ」
「どうした?いったい何があった?」
「どうした?じゃないですよ。死にますよ。」
「誰が?」
「貴方が!!!!!!」
肩を預けていた雪乃が答える。
「大佐。右腕部に銃創、左大腿部に裂傷が見られます。」
「普通なら歩行すら困難な状態です。」
続けて、小野寺が告げる。
「先ほども言いましたが、死にますよ。端的に言えば致命傷です。」
「あ...そうか。」
大佐はあまり反応を示さない。
「CoLED-Bを使った。だからだろう。」
埋め込み型能力強化装置を用いる際、成人の体は装置についていけない。
未発達の子供に向けて作られている装置がゆえに、極めて高い柔軟性が求められる。
だが、大佐はその装置を使った超高機動戦闘を行うためにあえて子供向けの非人道兵器を大人向けの自壊装置に変えた。
だが、やはり体がついていかないため、使用時には激痛と再起不能レベルの後遺症が残る。
大佐はかろうじて慣れから後遺症は残らなかったが、稼働するたびに激痛に襲われた。
その対策として医療班と技術開発セクターの人員が総出で作り上げたものが
”Carbon on Liquid Enhance Drink with Bone performance”
略して"CoLED-B"
通称、コールドブラッドだ。
小野寺は飽きれる。
「インプリントアクセルを使ったんですね。」
インプリントアクセルは埋め込み型能力強化装置の事だ。
「ああ、単独で武装集団を相手にするなら選択肢はない。」
「とはいえ、毎回の事ですが言います。」
「埋め込み型能力強化装置は寿命の前借のようなもので、健康や生命に著しい悪影響を及ぼします。加えてコールドブラッドは少々の慢性的な疾患を引き起こすことがあります。」
「知っている。」
「だから使用は控えるどころか、避けてください。」
「ああ、知っている。」
「はぁ、仕方ないですね。ある意味コールドブラッドのおかげで生きている節もあるので、今回はここまでにして」
ガシャン
医療班の人員がストレッチャーを広げる。
「さぁ。大佐。行きましょう。」
小野寺は笑顔で”乗れ”と手振りする。
「いや、まずは雪乃をドグマへ」
「ああ、はい。ですがどう考えても大佐の方が重症なので。」
そうして半ば拘束される形で医療班に連れていかれた。
―――MoRS本部 幽世 指令セクター
大佐が連れていかれた後、雪乃は指令セクターへと入室する。
「あら、雪乃さ...どうされたのですか?」
針崎はボロボロの衣服を見て述べた。
「襲撃です。敵に先を越されていたようです。」
「なんと。それは大変でしたわね。」
「はい。ですが、ひとまずは」
「ですわね。大佐はどちらへ?」
「医療センターにいらっしゃるかと」
「ということは確保を?」
「いえ...」
「はて?どういうことでしょう?」
針崎は知らなかった。
未だ居場所を秘匿している状態を解除しておらず、大佐の情報は一時的に秘匿されたままだった。
時々単独で作戦を遂行することもあり、だれもが疑問には思っていない。
だが、それはささいな問題だ。
「大佐は負傷されて運ばれました。」
「いまなんて?」
「大佐は敵の襲撃舞台と戦闘し、銃創を含む負傷を受け帰還しました。
そして先ほど、医療班が拘束し、回収しました。」
「なんと...大佐にも赤い血が流れているのですね。」
「はい。大佐は純然たる人間です。」
「承知しましたわ。ならばわたくしが今しばらく代理指令として役目を果たしますわ。」
「それで、今はどのような。」
「ええ、今ちょうど大手企業に緩和措置を行っていただいていますわ。その上で現地構成員を中心に現地工作中ですわね。」
「なるほど。」
「要するに、しばらく待ちですわ。」
「はい。理解しています。」
「”要するに”雪乃さんも治療や静養をしてくださいな。」
「あ、そういうことですか。」
「ええ、事態に進展があったら報告しますわ。安心して休んでください。」
「それでは、しばらく大佐と同じく医療センターにいます。」
「ええ、では。」
―――支援セクター 医療センター
指令セクターを抜けて、しばらく歩いた先には”支援S”の看板が見える。
そこはMoRSが活動する根幹を支えるセクターだ。
だが、表立って行動する場ではないため、指令セクターの面々はめったに顔を合わさない。
「めずらしいですね。雪乃さん。」
話しかけてきたのは、セクター間の守衛だ。
「ええ、大佐の様子を見に来ました。」
「だろうと思いましたよ。どうぞ、B4ブロックです。」
「有難うございます。」
MoRSの本部は地下に広がる超巨大建造物だが、その規模と出入口の多さは年々拡大している。
何度か発見されそうになるほどに拡大しているが、それは大手通信事業のメンテナンス用通路という形で隠ぺいしている。
だが、稀にたどり着くものがいてもおかしくはない。
そういった事情から各セクターの出入口には、支援セクターに属する警備班の人員が守衛として配置されている。
ゲートを抜けて、支援セクター内を歩く。
周りには、備品を整理する構成員や会話をする者がいる。
だが、雪乃は目もくれず、心なしか早歩きでB4ブロックを目指す。
暫く歩くと、目的地が目に入る。
「ここですね。」
長年、MoRS本部には出入りしているが、受肉体である雪乃にとって
医療センターは初めて訪れる場所だ。
入口を抜けると、病院のような消毒液の香りがする。
受付に視線を合わせると、すぐに待機していた人員が現れる。
「見たところ、随分と派手にやったようですね。けがの治療ですか?」
「いえ、外傷はありません。様子を見に来ました。」
雪乃の回答を聞いた受付は、「はて?」と言いたげな顔をする。
「大佐がここにいると思うのですが。」
「ええ、まあ...」
煮え切らない回答だ。
雪乃は不満げにポケットに手をやる。
そして、MoRSの構成員証明書を取り出し、受付へと提示する。
「あ!!あなたが!!どうぞこちらへ。」
通常、秘匿性の高い組織ではこのように身分を証明するものを持ち歩かない。
だが、MoRSのように巨大かつ、膨大な組織では施設内での所属証明が必要になることがある。
まさしく今のように。
もちろん、ただ”MoRS”と記載しているわけではない。
知らないものが見ればただの社員証のようにデザインされており
組織名も情報研究機構と改められている。
そうして、雪乃は大佐のもとへ向かった。
―――支援セクター 医療センター 第一処置室
雪乃が入出すると手術台の上で処置を受ける大佐が見えた。
だが小野寺の姿は見えない。
代わりに、医療班の人員が処置をしている
「よくこれで生きてますね。」
「ああ、それにこの機械は何だ?」
手足に多数の銃創があり、胴体には鬱血が見られる。
出血も尋常ではなく、処置が必要なのは一目瞭然だ。
だが、処置は進んでいない。
しびれを切らした雪乃が声を上げる。
「まだですか?」
声を聴いた医療班が驚きながら返事をする。
「誰だ?」
「質問を質問で返すのはいかがなものでしょうか。」
「ここは処置室だ。関係ないものは入れないはずだが」
「私が関係ない...と?」
内心、雪乃は頭に来ていた。
EIAだからそれをいつもは抑制しているだけだ。
「医療班でない時点でその可能性が高いだろう。それに今は忙しいんだ。」
ここで雪乃は堪忍袋の緒が切れた。
「黙れ。忙しいだと?我らの長を前に疑問を呈するだけで何もできない分際で」
「普段は知らないが、その人物が死ねば遠からずお前たちも死ぬ。」
「だが安心しろ。お前たちはその瞬間私が葬ってやる。」
怒号と同時に、空気が冷たくなる。
異常なまでに室温が下がり始めた。
―――シュー
ガスが抜けるような音がして、雪乃の腰あたりから蒸気のようなものが漏れ出る。
今にも拳銃を取りだしそうな勢いで、処置している人員を睨みつけた時
「落ち着いてください。大佐の処置には技術班の手がいるのです。」
小野寺だった。
「この強化装置は、旧型なのでニューラルリンクを用いています。そのため神経系と機器の接続を解除しなければなりません。」
説明を続ける小野寺。
「要は、大佐は若いころに人体の2割を機械化しているので通常のオペを行えません。ですが、安心してください。」
「どこに安心する要素があるのでしょうか?」
雪乃は素直に答えた。
「”大佐にとって”この程度は致命傷ではないからです。」
やはり、おかしいとは思っていた。
雪乃にとっては最愛の人物であり、創造主。
AIだった自分にどこからともなく現れた肉体を与えた。
自分は人間だというものの、類まれなる頭脳と戦闘能力を持ち
雪乃をEIAまで昇華させ、MoRSという組織を作った。
そのような存在がただの一般人であるわけがない。
それに大佐には、MoRSや調律活動を何かの過程とみている節がある。
純粋な分析の結果だが、そもそも調律活動だけであれば、MoRSはここまで異常な超技術を必要としないだろう。
だが、数十年先の技術をもち、なおも先を目指している。
AIならわかる。
大佐は世界すら欺く”何か”のために動いていると。
しかし、”何か”は分からない。
考えてもわからないように情報を制限しているのだろう。
そして、そう考えた雪乃は少しほっとした様子で
「ひとまずはそばにいさせてください。」
「ええ、もちろん。そちらでごゆるりと。」
雪乃は席に着き、再び考える。
大佐は一体何者なんだ?と
本当は何者でも構わない。
だが、一番不愉快なのは、最愛の雪乃ですら大半を知らないこと。
それだけが引っかかる。
更に深く、考えようと演算にリソースを振り分けたとき
急に眠気が雪乃を襲った。
そしてそれに抗えずに、目を閉じた。
(オーバーヒートの余波ですか。まだまだ未熟ですね...私も)
意識が遠のき、刻々と秒針だけが進む。
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