第174話 適度と適当
アリシア再び。
今回は理詰めパートです。
時には、臨機応変さが求められますが、その臨機応変とはどうしたらいいのでしょうか。
―――アリシアCh 配信内
オープンエージェントのアリシアは話す。
MoRSの意図を含めて、自分なりの意見を
「暗黙のルールと言えば、皆さん何を想像するでしょうか?」
問いかけにコメント欄が動く
『エスカレーターで左に立つとか?』
『電車で騒がない』
『列に並ぶことかな?』
「そうですね。分かりやすいのは何人かの視聴者さんが挙げた
エスカレーターですかね。」
「関東では左、関西では右に立って乗る。」
「これは当たり前で、みんな知っていることです。」
コメント欄では、議論が繰り広げられる。
『でもあれじゃない。バラバラで歩けないときあるよね。』
『いや歩くなよ』
『でも急いでるときに両方に立ってるやつ邪魔だよな』
「皆さんが感じる疑問はおおよそこうでしょう。」
「歩くスペースなのに、ふさぐように立つ人がいる。」
コメント欄では肯定する意見が大半だ。
「ですが、エスカレーターを製造する会社が明言しているのは
エスカレーターは止まって乗るものなので、歩いてはいけない」
「なのになぜ多くの人が歩く人のために道を開けるのでしょう?」
アリシアは疑問を呈する。
『常識だから。』
『それがルール』
『歩いても問題ないよね』
概ねそのように述べるコメント欄にアリシアはメスを入れた。
「それが暗黙のルールなのです。」
「ですが、本当に必要でしょうか?」
コメント欄は静かになる。
「はい。答えはありません。」
「ですが、肯定と否定どちらとも意見が出せるでしょう。」
「例えば、肯定
みんなが安心して利用できるために止まりたい人、歩きたい人で別れる。」
「そして、否定
あくまでも暗黙のルールであり、反対に立ったり両側に立っても法律に違反しない
のなら必要ない。」
「どちらも正解だと思います。」
コメント欄は騒然とする。
『じゃあどうしたらいいの?』
『それは勝手すぎる』
アリシアは続けて述べる。
「ですが、その暗黙のルールという概念が、当たり前だと皆さんに植え付けているだけで、本来はどちらの行動も否定されるべきではないのです。」
「ただ、皆さんはその暗黙のルールという概念があるから、自分の意見を実行できないのです。」
「それによって、歩く人がいないにも関わらず、片側だけを利用し渋滞を招いたり、両側をふさぐように立っている人物と歩きたい人物がトラブルを起こしたりします。」
コメント欄はなるほどと考える。
「だったらどうすればいいか?」
「答えは単純です、一人一人が思うように行動すればいいのです。」
「それによって社会が狂うのなら、法が正しいルールを定めるでしょう。」
「ありもしない、暗黙の、いえ、架空のルールに縛られる必要はありません。」
コメント欄にRという人物が現れる。
『それは社会が無秩序であるっても構わないということか?それに事が起きてから法律を定めるのでは、被害は出ているじゃないか。』
アリシアは冷静に答える。
「前者は否、後者は是です。無秩序を許容するわけではなく、適当なルールに縛られる必要はなく、適度にルールを使ってほしいということです。」
「例えば、電車で食事をしない。これは法で定められていませんが、一人が逸脱すれば、多数が困ります。」
「それは、民主主義において、ある意味悪となります。」
「ですが、エスカレーターは否です。余計なルールによって、多数が困ります。少数が得をします。」
「ならば、時には臨機応変に逸脱する必要があるのではないでしょうか?」
Rはされど反論する。
『人によって価値観が違うのに、臨機応変という抽象概念を基軸に行動すれば、摩擦も起きる。それのどこが秩序的だと言えるだろうか。』
またも、アリシアは冷静に答える。
「これはある意味極論で卑怯な答えかもしれません。ですが、あえて述べます。」
「日本には多数のルールが存在します。そして、それに従い続けることが、ある意味良き市民だと認識されます。」
「ですが、その結果出来上がるのは自己が薄れた社会という概念に適した人です。」
「それを社会人と呼んでいるのですよ。」
「非効率的で、融通の利かない、自分の意見すらいえない存在のどこが良いのでしょう。」
Rは三度反論する。
『極論であっても構わないが、それが理想の人物というのは妥当ではないか?』
『そうやって摩擦を減らし、危険から遠ざかるのは安全で、幸せではないか?』
アリシアは結論をたたきつける。
「はい。それも良いと私は思います。ですが...その社会人像も時代と多数の幸福のために、最適化する必要があるでしょう。」
「それが、いわゆる臨機応変な対応なのです。」
「座席が開いているのに座らない。通路が空いているのに並んで通行する。このような非効率で無意味なルールは従わず、臨機応変に行動する。」
「そのように一人一人が行動することで、最適化を社会は行うのです。」
「逸脱を過剰に恐れ、社会自身が摩擦を減らすためにルールという枷を増やし続けた現代では、だれもが最適化を行いません。」
「ならば、一度正しい知識を元に社会全体が行動を改める必要がある。そう思います。」
Rは答える。
『そうだな。それなら理解できる。』
『要は、非効率なルールに皆が不快に感じている。だが誰も矢面に立つことを恐れて行動しない。それは自らルールで首を絞めている。』
『だから皆で改善をしよう。ということだな』
「はい。それで自分以外がマネしないことは、良くないことかもと諦めればいい。」
「ですが、他人が便乗するような行動は多数の共通認識であり、改善できることだと思います。」
「ですので、皆さんも実行してみてはいいかがでしょうか。」
「その先で、たくさんの人のたくさんの個性が認められ、共感され、時には否定され、ぶつかる。でもそれが本来のあるべき人間だと、私は思います。」
アリシアの答えで、配信は終了する。
――ピコ
終了して、すぐに端末の通知が鳴る。
メッセージアプリには、大佐の文字
『よくやった。予想以上に確信にせまる内容だった。』
『これによって社会は大きく影響を受けるだろう』
読み終えたアリシアの胸が熱くなる。
(褒められることがこれほどうれしいなんて。)
アリシアはオープンエージェントという立ち位置がゆえに
MoRSの施設で行う業務は限りなく少ない。
加えて、MoRSの露見を防ぐために、大佐や他の構成員とのデジタル上のやり取りも少ない。
そのような状況だが、この瞬間だけは自分と志を同じくする存在に肯定される。
それが、たまらなくうれしかった。
氷のように固まった社会に、アリシアは春の到来を告げた。
それは、社会に温かみを与えるだろう。
―――MoRS本部 幽世 指令セクター
『現実回帰度:70%』
氷室が坦々と告げる。
「やりましたね。」
「ええ、やはりOAの存在は偉大ですわ。」
「そろそろ詰めですかね。」
「ですわね。さて、わたくしも動きますわよ。」
針崎は席を立つ、指令室の隅にある一般回線用電話をとり、通話を始めた。
次回は明日更新。つづきを追いやすくするため、**ブックマーク(しおり)**で目印していただけると助かります。
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