第33話 −魚に食われた男−
「人が倒れてる!?」
足場の悪い岩場を軽々と乗り越え、何があるのかと来てみれば、岩に囲まれた波打ち際に傷だらけの男が倒れていた。
「これはエサじゃないぞ!どっかいけ!」
リオは群がる海鳥たちを追い払い、怪我人を仰向けにし、傷の状態を確認する。
「ひどい傷...っていうか生きてるのか?コレ」
体中に惨たらしい傷が数多く付けられており、そこから大量の血が流れ出していた。この状態では、普通なら生きられない。
「...生きてる......」
ツンツンと体をつついていると、今にも途切れてしまいそうなほどか細い呼吸音が、微かに聞こえてくる。だが、生きていることがわかったからといって、このまま放って置くわけにはいかない。
「とりあえず病院に連れて行かなきゃ」
リオは男の両脇に腕を入れ、重い体を引き摺り、なんとか浜辺へ上げる。
「さすがにこのまま引き摺って行くわけにもいかないよねぇ...ん?」
目の前の怪我人をどうしようかと悩んでいると、視界の端にキラキラと光る何かが映り込む。最初は変な服を着ているのだと思ったが、どうやら違うらしい。
「なんだろこれ...宝石か...?」
太陽の光を反射し青白く輝くそれはまさに宝石のようであったが、近づいてよく見てみると、魚の鱗のようであり、下半身一帯を覆っていた。脚先は大きな魚の尾鰭のようになっていて、打ち寄せる波にゆらゆらと揺らされているその様は、まるで薄い絹布のようでとても神秘的に見えた。
「下半身が魚で血だらけ...」
リオの頭の中で謎の計算式のようなものが立てられる。"下半身が魚の男が血だらけで打ち上げられている...つまり、この男の人は海で泳いでいるところを大きな魚に襲われ、ここに打ち上げられた!!"という傍から聞けば理由のわからない解を導き出した。
「魚に食べられてる!!?!?」
謎の答えを出し、意味もなく焦ったリオは、男の下半身を喰っている巨大な魚(?)を引っ張り、引き剥がそうとする。
「と、とれないぃぃ」
しかし、いくら引っ張っても取れるどころか男の体がずるずると少しずつ引き摺られるだけである。
「ん、んん...」
「え?」
めげずに脚先を引っ張っていると、上半身の方から小さな声が聞こえた。リオは驚いて声のした方へと目を見やると、先程まで死にかけていたはずの男がのそりと起き上がる。
「うっ...ん...?」
リオは突然のことでどうして良いかわからず、その場で動けずにいると、起き上がった男と目が合う。 ...とても気まずい空気が流れる。
「...何してるの」
暫くの間二人で見つめ合っていると、先に男が口を開く。とても怪訝そうな顔をしており、自分が今怪しまれているのだと理解した。
「あ、えっと、僕は怪しい人じゃないです!!」
リオは身振り手振りを交えて全身で怪しくないことを相手に示すが、期待していた反応はなく、依然として怪しいヤツを見る目は変わらない。
「ただ、下半身の魚を取ろうとしただけで...」
「ん?さかな??」
男の下半身に指を向け、男はその指先を目で追う。そこには陽の光を反射し、キラキラと青白く光る宝石のような魚鱗があった。
「あぁ、これは確かに魚なんだけど...」
「やっぱり食べられてるんだ...!」
「いや、食べられてるわけじゃないよ!?っていうかどうやったらその答えにたどり着くの!?」
あまりの意味のわからなさに男は驚きの声を上げる。そしてはぁ...とため息を吐くと下半身の魚の尾鰭が持ち上がる。
「...俺は、人魚なんだよ」
「にん、ぎょ...?」
絹布のような美しい尾鰭が空中でひらひらと動いており、なぜか男は相手の様子を伺うような顔でこちらを見る。その真意はよくわからないが、これで謎が一つ解けた。
「なるほど、下半身だったのか」
「気付くの遅くない...?見たらわかるよね?」
「とりあえず、食べられてるわけじゃないなら良かった!」
「よかった、のか?」
男は終始納得のいっていないような顔をしていたが、これ以上考えるのが面倒になったのか無理矢理自分を納得させていた。
「そういえば、傷...って、ない!?」
男が傷だらけだったことを思い出し、体を見ると、そこにあるはずの傷が全て綺麗さっぱり消えており、元々傷なんてなかったかのようになっていた。
「あぁ、人魚は傷の治りが早いんだよ」
「なるほど。でも、あれだけのケガをするなんて、なにがあったの?」
男は今までの柔らかく、優しい表情から真剣な表情へと変わる。
「...遠い昔にこの海を支配していた悪魔が復活したんだ。そのままにすれば海に近い国や街が無差別に破壊されてしまう」
「そんな......」
「俺はそれを止めるためにその悪魔と戦ってたんだけれど、情けなく負けてしまった」
男はとても悔しそうに唇を噛み締める。今こうして話している間にも、その悪魔は暴虐の限りを尽くしているのだろう。
「あ、あの!」
「...?」
「そいつともう一度戦おう。僕も協力するから。だから──」
そう言いかけた瞬間、けたたましい轟音と共に地面が激しく揺れる。リオはそれに耐えられず地面に倒れ込む。
「な、なに!?」
「クソッ...もうこんなところにまで...!!」
先程とは比べものにならないほどに海は荒れ、空は地上のものを全て飲み込んでしまうかのように黒く、低く唸っており、風も力強く吹き抜けていく。
「ここは危ない!君は安全なところに逃げろ!」
「待って!!僕も行く!!」
「駄目だ!危なすぎる!!早く行くんだ!!」
男はそう言って岩を乗り越え、暗い海の中に飛び込んでいった。
「どうしよう...どっかに何かないか...?」
広い砂浜を物色するように見回すと、少し離れた場所に、波止場にとまっている中型の船があった。
「あれだ!」
リオは船のもとへ駆け寄り、船に飛び乗ると、鉄杭のようなものに繋がれているロープをナイフで切り離す。
「えーっと、このあとは...」
このままでは船は波に揺られているだけで、どうにも動かない。
「ん?なんだろ、このボタン」
他にメーターのようなものや地図のような機械的なものがあるが、その中でも特に目立つ赤い色をしたボタンが目に入った。リオは、それを押してみたいという好奇心欲に負けボタンを押す。
「うわっ!何!!?」
すると、船からは聞いたこともないような低い音が聞こえ、先程までなにもついていなかった機械的なものたちが動き始めた。
「なんだこれ...すごいな」
見たことのないものたちに目を惹かれ、興味深く見ていると、今そんなことをしている場合ではないと思い、我に返る。
「どうすれば動くんだコレ」
どうすれば良いか分からずに適当にレバーを動かしたり、小さなボタンを押してみたりしていると、突然船体が激しく揺れ、薄暗い海の上を走り始める。
「うわぁぁぁっっ!!!??」
リオは、あまりに突然のことで驚いて叫び声をあげる。その叫びを聞いても船は止まることを知らないものかのように走り続ける。
「はぁ、あの人は、どこに行ったんだ...」
船の中に置いてあった小さな望遠鏡を覗き込み、遠くを見渡すが、平面的な景色ばかりで何も見当たらなかった。
「そういえば、リュコとレイはどこに行ったんだろう......」
勢い余って海に飛び出してしまったが、当初の目的はレイを探すことだったはずだ。それが今では、名前も知らない男を探している。
後ろへ振り返ると、先ほどまで自分が居た砂浜が小さくなって見える。
「二人とも、大丈夫かな...」




