選択の時②
このダンジョンのボスである漆黒の騎士を倒す。
言葉にしてしまうと簡単に聞こえてしまうかもしれない。しかしその難易度は驚くほどに高い。
あの騎士の戦闘能力は、現在の海斗を大きく上回っている。
その実力差はホブと戦った時の非ではない。まともに斬り合えば、どれだけ上手く立ち回ったとしても一分と持たないだろう。
だが絶対に負けるわけにはいかない。
すぐ側で眠る歌恋を視界に収めながら、そう強く思う。
最も勝率を最大化するのであれば、彼女と共に戦うのがベストだ。
とは言え時間の経過により彼女の体調がどう変化するか読めない以上、それは選ぶことの出来ない選択肢。
もし海斗が敗北してしまえば、彼女は一人でヤツと対峙することになる。
漆黒の騎士と歌恋の相性は最悪だ。
あの騎士は高速で飛翔する必殺の矢を簡単に回避することができる。
ゆえに漆黒の騎士を打倒するためには、接近戦で戦う必要あるだろう。
しかし遠距離攻撃をメインとしている歌恋は、近接戦闘の経験が圧倒的に足りない。
いや、例え豊富な経験があったとしても、大剣での戦いを主とする海斗が勝てない相手だ。
どう頑張った所で歌恋に勝機はないだろう。
だからこそ考え得る全ての手段を用いて戦いに挑まなければならない。
海斗は敗北の許されない戦いに気を引き締めながら、勝利を目指して思考を巡らせる。
実力が圧倒的に劣っている以上、それを埋めるための策を考える必要があった。
「何か、何か使える物は……」
思わず独り言を漏らしながら、カフェの中に視線を巡らせる。
いくつか目についた物に近づき、それらを吟味。もっとも有効な利用方法を立案していく。
「……やれるか? いや、やるんだ」
少しでも勝率を上げるため、思考を巡らせながら更に物色を続けた。
可能な限り準備を整えた。今出来る限りのことはやったはずだ。
海斗はそう判断し、漆黒の騎士へと挑む決意を固める。
用意したモノは多少かさばるものの、今の海斗の腕力であれば特に問題なく運搬出来るだろう。
コレがどの程度効果を発揮するのか。それは実戦で試してみるしかない。
不安はある。だが今心配なのは――
海斗の視線の先には歌恋の姿。彼女の面倒を見るため、ティセに残って貰うことも考えた。
しかしそれは色々な意味で難しい。
先程は一時的な別行動、今回はボスとの戦いだ。きっと何も言わずとも、彼女は海斗と共に来ることを選ぶだろう。
視線をティセに向けると、彼女の目からも離れるまいと言う強い意思を感じる。
「マスターがダメだって言っても、今回は絶対一緒に行くからね!」
言葉でも明確に意思を伝えられてしまった。
難しい理由は彼女がそれを望んでいるから、と言うだけではない。
これは先程ティセと別行動したからこそ気付けたこと。
――どうやらティセが側にいると身体能力に補正がかかるようなのだ。
それは物凄いという程の差ではない。だが明確に違和感を感じるくらいの変化がある。
ティセの『広域探索』は非常に有用なスキルだ。しかしURは最高レアリティ。他にも何か能力があってもおかしくはない。
戦いに挑む前に気付くことが出来て良かった。
もし万が一このことを知らずにティセを残していたなら。
――考えたくはないが、ただでさえ低い勝率を更に下げてしまうところだった。
長々と理由を語ってみたところで結論は一つ。
結局の所、漆黒の騎士を倒さなければ未来はないのだ。
ならばティセにはこちらから同行をお願いするべきだろう。
「分かってるよ。よろしくなティセ」
「うん!」
喜びの笑みを浮かべ、海斗の懐に潜り込んでくるティセ。
「歌恋。少しだけ待っててくれ……」
発した言葉に決意を込め、海斗は行動を開始する。
無事ボス部屋の前まで荷物の運搬を完了。
道中で一度だけゴブリンと戦うことになったが、特に問題なく戦闘を終わらせることができた。
やはりモンスターの出現率が異常に低い。
移動中も常に周囲の気配を探っていたティセに目配せする。
「さっきのゴブリン以外。特に気配はないみたい」
彼女はふるふると首を振りながら、周囲に敵の気配がないことを知らせてくれた。
勝率を上げるための一案。それは自身のレベルアップを行うこと。
もしもっとモンスターと遭遇できる状況であれば、真っ先に取っていたであろう手段だ。
しかし今の状況を考えれば時間がかかりすぎて、検討する余地すらない。
もはや戻る道などない。戻ったところで出来ることなど何もないはずだ。
ならば後は作戦を決行し、全力で勝利の可能性を手繰り寄せるしかないだろう。
閉じられていた壁一面に広がる扉を押し開き闘技場の最奥――女神像のあった付近に視線を向ける。
そこには昨日――大剣を大地に突き刺し、柄頭の上で両手組んだ姿勢――のまま、不動の姿勢を取る漆黒の騎士。
互いの視線が交錯し――
『良く来たな。待っていたぞ』
海斗には漆黒の騎士がそう言っているように見えた。
「…………」
強く騎士を睨みつけながら戦闘の開始を告げるため全身に力を込める。
そして左右の手に持ったモノを――連続して投擲した。




