発達障害者の日誌106
自分が有能であると感じた事は一度もない。むしろ選択は後悔ばかりだ。だからこそ今出来る全てですりあわせるのだ。今の他者評価は能力はないが行動力はある。なればそれを変革できるくらいの事をすればいい。
障害云々ではなく僕はこうありたいというものが確かにあって、その指針を曲げずに生きていきたい。かつての暴虐とも言える偏見の中で心を折った日々はなんとも悔しく叫びそうな毎日だったが、それはそれで糧になったのかなと思っている。
生きる為にはどんどん無様を晒していい。今出来る事がないなら見つかるまであがけばいい。でも死ぬか死なないかまでは駄目だ。死ぬ気でやれるやつは勝手に産まれてくる。君が君でいる理由が君が生きるだけでいい。
生きる為の今日は必ず前向きな明日にも変わる。でも後ろ向きであるからこそ見えるものもある。固定観念にばかりに束縛されても楽しくはないさ。そんな僕もトラウマで倒れたりもするけれども。悪夢のような過去もあって話した時にネタにされた時は殺そうともおもったけれど、それよりも皆と笑顔でいられるほうがいい。悔しさはやがて笑顔になる。今笑えないなら今は牙を研げる休暇とおもえばいい。
誰にも見られないとは誰にもなれるということだとどっかの人もいってたはずだから。せめて自分は自分を信じてあげようよなんて言わないけども、まずは一歩歩いてごらんは言わせてもらうよ。まだあった事のない君に。




