8話 路地裏の影と、忍びの情報収集
集落の内部は、静けさと独特の生活臭に満ちていた。
湿った石畳を踏み締めながら、俺は建物の壁際に体をすり寄せ、深い影の中を滑るように進んでいく。『息潜め(中級)』の恩恵により、俺の存在感は夜の空気の中に完全に溶け込んでいた。
(まずは情報だ。言葉が通じるか、ここがどういう街なのか、治安や貨幣価値はどうなっているか……)
大人の危機管理能力として、無知のまま行動することほど危険なものはない。
俺は屋根の上や建物の死角を巧みに利用しながら、明かりの漏れる場所を探した。民家はすでに寝静まっているところがほとんどだが、集落の中央付近、一際大きな二階建ての建物からは、がやがやとした騒がしい声と酒の匂いが漂っていた。
木製の看板には、麦の穂とジョッキのような絵が彫られている。
(酒場兼、宿屋といったところか……。情報収集の定番だな)
俺は音もなく酒場の側面に回ると、壁をよじ登って二階の窓枠のすぐ下、屋根の庇の暗がりに身を滑り込ませた。窓は半開きになっており、中の熱気と会話がそのまま外へ漏れ聞こえてくる。
「おいおい、東の森でまたデけぇイノシシが出たって話だぞ」
「勘弁してくれよ。ただでさえ最近は街道の護衛依頼で人手が足りねぇってのに」
「領主様がもっと兵を出してくれりゃ良いんだがなぁ……」
(よし……! 言語は日本語として認識できているな)
前世の知識か、異世界転生の補正かは分からないが、会話の内容が意味として脳に直接入ってくる。この世界で意思疎通が可能なことが判明しただけでも、大きな収穫だ。
俺は息を殺し、さらに中の会話に耳を傾けた。
「それより聞いたか? 隣町の商会が珍しい『魔物の素材』を高値で買い取ってるらしいぜ」
「マジか。角とか牙の類か?」
「ああ、質の良いものなら銀貨数枚にはなるらしい」
(ほう……魔物の牙、か)
ポケットの中に入っている、あのボス巨獣やイノシシから剥ぎ取った牙の感触を確かめる。
(路傍の石ころは俺の武器だが、あの牙はこの世界での『資金源』になるってわけだ。無駄に捨てなくて正解だったな)
路頭に迷うリスクが激減したことに、胸の中で小さくガッツポーズを作る。
だが、浮かれるのはまだ早い。この街で活動するには、まともな着替えと、身分を誤魔化すための設定が必要だ。ボロボロの服を着た14歳の少年が、突然高級な魔物の牙を持って現れたら、間違いなく悪徳商人やならず者に目をつけられる。
(ふふふ……身構える必要はない。こちらには忍びの技がある……!)
闇の中で口元をニヤリと歪める。
ただ情報を探るだけではない。屋根の上を渡り、気配を消して街を俯瞰するこの感覚。まるで夜の街を支配する影の存在になったかのような錯覚に、胸の奥の厨二心が激しく疼いていた。
(まずは明朝、裏通りで服を手に入れる手段と、安全な換金ルートを探る……! 忍びの初陣は、まだまだこれからだ)
俺は庇の影から身を躍らせ、次の暗がりへと静かに飛び移った。




