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ノクトゥルン帝国戦記  作者: とろろ


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第1章 敗戦姫-第3話


 星は、流れ続けていた。


 亜光速航行の安定域。外界は細い光の筋となり、時間の感覚は曖昧になる。


 その静寂を、鋭い警告音が切り裂いた。


「長距離センサーに反応! IFF照合——味方、哨戒駆逐戦隊司令部!」


 艦橋の空気が、一瞬で引き締まる。


「内容は」


 沙月の声は変わらない。


「敵艦隊を発見。構成、巡洋艦二、駆逐艦四。現在接触中、支援を要請!」


 表示が切り替わる。


 赤の編成。

 巡洋艦二、駆逐艦四。


 涼羽の指が、わずかに止まった。


(……同じ)


 シミュレーションと、同一条件。


 偶然にしては、出来過ぎている。


「位置は」


「本艦より外縁側。現航路上で交差可能。ナーストロンド艦隊司令部からの増援は——最短でも数日」


 沈黙。


 結論は明白だった。


 「ここで対処するしかないわね」

 

沙月がつぶやく。



「現行速度を維持しましょう」


 雪乃が進言。

 続けて言う。


「交差軌道を取り一撃離脱」


 艦橋の数名が顔を上げる。


 減速しない。


 つまり、戦闘は“通過”で行う。


「迎撃コース、再計算」


 航海士が即座に応じる。


「現在速度を基準に接敵時間を再算出——交差まで、九〇〇秒」


 短い。


 考える時間も、撃つ機会も、極端に限られる。



「状況を整理します」


 涼羽が前に出る。


「敵は強行偵察編成。戦力は同等ですが、弾数制約が厳しい。減速せず接敵した場合——射撃機会は一度に近いものとなります」


 視線を上げる。


「遅滞行動を取り、戦力を温存すべきです」


 正論。


 だが——


「武尊より通信」


 回線が開く。


「武尊艦長、真田だ。状況は把握している」


 低い声。


「減速せずに突っ込むか。……やるなら一撃だな」


 一拍。


「外せば終わりだ。どうする?」


 問いは短い。


 判断を委ねている。


「敵巡洋艦を叩く」


 雪乃が答える。


 即答だった。


「通過時に敵中核の巡洋艦を破壊。離脱」


 それだけ。


 涼羽の視界が狭まる。


 同じだ。


 完全に、同じ構図。


「射撃解が成立しません」


 声がわずかに硬くなる。


「速度が速すぎます。照準時間が——」


「不要よ」


 遮る。


「一瞬でいいわ」


 その言葉が、刺さる。


「主機関、出力維持」


「慣性制御、戦闘域設定へ移行」


 艦が震える。


 だが減速はしない。


 むしろ——速度が、増しているように感じる。


 スクリーン上で、敵編成が急速に拡大する。


 時間が、圧縮されていく。


「接敵まで、六十秒」


 あまりにも短い。


「武尊は敵左舷外縁を横切る」


「敵の注意を引きつける。大物は任せたぞ」


「黒姫了解。聞いての通りよ。できるわね」


 沙月の問いに、雪乃は答礼する。


 武尊の軌道が変わる。


 敵編成の外側へ、切り込むように。


 涼羽の呼吸が浅くなる。


(早すぎる)


 だが。


(……あの時も)


 シミュレーション。


 同じ違和感。


 同じ“早さ”。


 敵駆逐艦が反応する。


 武尊へ向けて動く。


 敵巡洋艦の一隻が、それに引かれるように軌道修正。


 編成が——歪む。


 ほんのわずかに。


 だが、確実に。


(……来た)


 思考が止まる。


 いや、違う。


 追いついた。


 シミュレーションの軌跡が、現実に重なる。


 同じ配置。


 同じ崩れ。


 同じタイミング。


(見えていた)


 否定できない。


 これは偶然ではない。


 予測ですらない。


 ——理解だ。


 雪乃は、戦場の変化を“先に”見ている。


 黒姫が上方へ滑り込む。


 敵の視線の外。


 敵巡洋艦の一隻が、武尊へ意識を向けている。


 その分、こちらへの反応が遅れる。


 角度が変わる。


 装甲の配置が、露出する。


 数値が流れ込む。


 射撃解は不完全。


 角度、不十分。


 照準時間——ほぼゼロ。


 外す。本来なら……。


 だが。


(違う)


 理解する。


(これは——)


 整った状態ではない。


 完成した射撃解でもない。


(崩れた“瞬間”だ)


 その一瞬だけ。


 全てが噛み合う。


(……当たる)


 確信が、生まれる。


 初めて。


 涼羽は、雪乃と同じ前提に立った。


 この速度、この距離、この交差角。

 教範通りなら、撃てる条件ではない。


 涼羽の視界に、数値が流れ込む。


 どれも足りない。


 どれも不完全だ。


 ——撃てば外す。


 本来なら。


 だが。


(……違う)


 思考が静まる。


 焦りが消える。


 目の前の数値が、意味を変える。


 不完全な条件。


 未成熟な射撃解。


 それでも。


(この瞬間だけは)


 敵巡洋艦の姿勢が、わずかに傾く。


 武尊に引き寄せられた進路修正。


 回避機動の初動。


 装甲の継ぎ目。


 上部構造の露出。


 すべてが一瞬、重なる。


(……当たる)


 確信だった。


 初めて、疑いなくそう思えた。


 その時。


「主砲斉射用意」


 雪乃の声が落ちる。


 短く、迷いなく。


 命令。


 だが——


 涼羽は、一瞬だけ止まった。


 指が、コンソールの上で静止する。


 選択が、そこにある。


 待てばいい。


 整うまで。


 それが正しい。


 それが安全だ。


 だが。


(整う頃には、敵も整う)


 雪乃の言葉が、よぎる。


 そして。


(これは——整った後じゃない)


 今だけの形。


 今しか存在しない解。


(この瞬間を——)


 息を吸う。


 決める。


 命令ではない。


 理解に基づいた、選択。


「——撃ちます」


 声が出た。


 自分の意志で。


「主砲、照準固定」


「発射準備、完了」


 全てが一瞬で揃う。


 時間は、もうない。


 敵巡洋艦との交差まで——残り数秒。


 涼羽は引き金に指をかけた。


 震えはない。


 迷いもない。


 ただ、目の前の“瞬間”だけを見る。


(ここだ)


「——発射」


 光が、走る。


 主砲の閃光が艦橋を白く染める。


 衝撃が遅れて伝わる。


 砲弾は一直線に空間を切り裂き、交差する軌道へ滑り込む。


 敵巡洋艦が、回避行動をとる。


 だが遅い。


 すでに姿勢は崩れている。


 露出した上部へ——


 直撃。


 一瞬、何も起きない。


 次の瞬間。


 光が、膨張した。


 内部から弾けるように、巡洋艦の構造が崩壊する。


 爆発ではない。


 崩壊だ。


 貫通した弾頭が内部で破裂し、艦体を内側から引き裂く。


 装甲が裂け、構造が千切れ、光が漏れ出す。


 巨大な質量が、音もなく崩れていく。


 巡洋艦は、その形を保てなかった。


「……撃破確認」


 誰かが呟く。


 それが、現実だった。


 黒姫は減速しない。


 そのまま敵編成をかすめるように通過する。


 残った巡洋艦が反応する。


 だが遅い。


 すでに統制が崩れている。


 駆逐艦の動きも乱れる。


 武尊がその外縁で旋回する。


 光が二つ、閃く。


 駆逐艦が、連続して崩れる。


 ベテランの仕事だった。


 敵編成は、もはや艦隊ではない。


 敵の隊列は乱れ、撤退していく。



 戦闘は、終わった。



 涼羽は、しばらく動けなかった。


 コンソールに手を置いたまま。


 呼吸が、遅れて戻ってくる。


(……当たった)


 違う。


(当てた)


 それも違う。


 ゆっくりと、理解が言葉になる。


(……見えていた)


 自分も。


 そして、あの人は最初から。


 命中率でも、安定でもない。


 条件でもない。


 “いつ撃てば当たるか”。


 それだけを見ていた。


 視線を上げる。


 雪乃は、変わらず前を見ていた。


 何もなかったかのように。


 涼羽は、息を吐く。


 静かに。


(……そういうことか)


 胸の奥に残っていた違和感が、消えていた。


 代わりに残ったのは——


 理解だった。

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