『竜殺し』と『竜退治』の差。
馬の蹄鉄の音が聞こえる。
私は倒れ伏した竜の巨体の影から起き上がると、その眼窩から愛剣を引き抜いた。
───── ズルッ
愛剣の剣先に、綺麗だと思ったあの眼球が付いてくる。
手に取ると、籠手越しからでも熱のような何かが伝わって来た。
「─── 無事か、アスカ殿!」
竜の眼球の感触を確かめていると、不意に背後から声を掛けられた。
見れば商隊長である騎士爵の男が馬上から こちらを見下ろしていた。
「・・・えぇ、まぁ、何とか。」
私は竜の眼球から視線を外し、倒れ伏した竜の巨体を見た。
小さめの工場くらいはあろうかというその巨体は、記憶にある竜のサイズよりも一回りか二回りほど小さく見える。
もしかすると この個体は、竜の間で縄張り争いに敗れて流れてきた感じだったりするのだろうか?
だとしたら前世のクマくらい質が悪いが・・・。
「やったではないか!
これで貴公は新たな『竜殺し』だ!
皆、新たな伝説の誕生を讃えよ!!」
商隊長の配下達が私の偉業を万歳三唱で讃えてくれる。
ふふふ・・・そうでしょう、凄いでしょう?
でもね ───
「─── 死んでませんよ。」
「・・・何?」
商隊長が正気を疑うような目で見てくるが、私は至極本気で冷静だ。
「ほら、ここを見て下さい。」
私は愛剣で竜の空っぽになった眼窩を示す。
─── そこから流れた竜の血が、重力に逆らって少しずつ逆流し始めていた。
「っ! これは!?」
「竜の不死性ですよ。 ・・・聞いたことはあるでしょう?」
「これが・・・。
伝説は誇張でも何でもなかったのか・・・。」
そう、竜は斬っても焼いても死なないことで有名だ。
あまりに露骨な描写なので英雄譚や叙事詩にあるそれを誰もが強調表現だと思うが、あれはありのままの恐怖を綴った一節だったのだ。
仕留めたと思った強大な獣が、目を離した次の瞬間ケロッとしていたとしたら・・・。
それはきっと、想像を絶する恐怖だろう。
「『竜殺し』と『竜退治』の間には、余人が想像する以上に隔絶した差があります。
前者は歴史上 数えるほどしかない偉業、後者は いつの時代でも一定数は成せる者のいる程度の業です。
流石の私でも・・・まだ前者を成せる域には達していません。」
「・・・。」
商隊長は おどろおどろしい様子で倒れ伏した竜を見つめる。
・・・髭を生やしているので分からなかったが、もしかすると彼は まだ若いのかもしれない。
少し脅かし過ぎただろうか。
「─── じゃ、剥ぎ取りをしましょうか。」
「は?」
ちょっと重苦しい空気になりつつあったので、私はあえて道化になることにした。
「大丈夫ですよ、結構な量の毒を流し込んだので数日は寝込んだままです。
今のうちに毟れるだけ毟っちゃいましょう。」
背嚢から大き目の革袋を取り出すと、その中に抜き取った竜の眼球を放り込む。
そうして少し重くなった革袋を肩に担ぐと そのまま愛剣を竜の方に向けた。
「あ、但し内臓や太い血管なんかには手を出さないようにして下さいね。
下手に ここから致命傷を与えて突然復活でもされたら たまったもんじゃないですから。」
・竜の不死性:
極めて強い不死性。
どのくらい強いかというと、首を落とされても新しい首が生えてくる程度には強い。
・竜殺し:
極めて困難な難行で、竜を完全に滅ぼすという意味。
最低でも極めて強固な竜の骨格を破壊できる程度の火力と、竜の不死性を突破できるだけの理屈が必要。
・竜退治:
竜殺し程ではないが十分な難行で、竜を追い払う、あるいは竜を一度 死の淵に追いやるという意味。
これが出来るのは冒険者の中でも一握りの猛者のみである。
・剥ぎ取り(竜):
毒などで倒れこんだ竜相手にしか出来ない、ナイフなどで竜の身体を切り刻む行為。
このとき下手に内臓や重要な血管を傷つけると、存在の危機と勘違いした竜が突然復活しかねないので注意が必要。
・復活:
竜などの不死性を持った存在が、死亡状態から再起動すること。
緊急でもない限り、数日は時間を掛けて行う。




